長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『女王陛下のお気に入り』

2019-02-27 | 映画レビュー(し)

今年のアカデミー賞で最多9部門10候補に挙がった歴史劇。18世紀イングランド、アン女王は乱心状態にあり、幼馴染であるレディ・サラの傀儡と成り下がっていた。そこへ没落貴族の娘アビゲイルが小間使いとしてやって来る。女王とサラの間の“ある秘密”を知った彼女はそれを利用し、女王の寵愛を得ようと画策していく…。

ギリシャ出身の鬼才ヨルゴス・ランティモス監督はこの歴史的事件を彼らしい捻くれたユーモアでブラックコメディに仕立てている。サンディ・パウエルによる時代考証を無視した衣装で貴族達がディスコダンスを踊り、ローアングルの魚眼レンズ撮影が歴史劇特有の格調を奪って画面に異質さをもたらす。唯一の米国人となるアビゲイル役エマ・ストーンのコスチュームプレイが全く似合わない現代性は既存の史劇を破壊するには最適なキャスティングだ。
 ストーンは『ラ・ラ・ランド』でオスカー受賞後も『バトル・オブ・セクシーズ』『マニアック』そして本作と怖れを知らない充実の作品選択眼である。そんな彼女を手籠めにしようとする男達は白塗り、カツラと吃驚な出で立ちで政争に明け暮れており、宮廷から一歩も出ない作劇が東西問わず停滞しきった現代の政治を揶揄するのは言うまでもないだろう。

本作のもう1つの見どころは女優陣の演技合戦だ。本作でアカデミー主演女優賞に輝いた英国のベテラン、オリヴィア・コールマンがアン女王に扮している。痛風のためロクに歩く事もできず、我がままと贅沢の限りを尽くす肥満体の裏には17人の子供を産みながらも先立たれ、“世継ぎを残す”という役割に圧し潰された女性の悲哀がある。まるで糸の切れた凧のように宮廷を彷徨う狂気には圧倒されてしまった。

そんな女王を操るレディ・サラに扮するのがレイチェル・ワイズ。初めこそ冷酷な憎まれ役として登場するが、パンツルックで銃も馬も使いこなすマニッシュさは惚れ惚れするような麗しさだ。映画の終盤には『山猫』のアラン・ドロンよろしく眼帯姿まで披露する。アカデミー賞では助演女優賞にノミネートされたが、実質はエマ・ストーンとのW主演と言っていいだろう。

 物語の結末はともかく、ワイズ扮するこのレディ・サラが後の英国首相チャーチルの祖先という事実は知っておいても損はないハズ。僕たちは度々、負の歴史を繰り返してきたが、同時にそんな間違いを自浄する力も備わっているのでは…と信じたくなった。映画館を後にする時はぜひそんなエピローグを思い出してもらいたい。


『女王陛下のお気に入り』18・英、米、アイルランド
監督 ヨルゴス・ランティモス
出演 オリヴィア・コールマン、エマ・ストーン、レイチェル・ワイズ、ニコラス・ホルト、ジョー・アルウィン
 

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