長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ライフ・ゴーズ・オン 彼女たちの選択』

2023-10-24 | 映画レビュー(ら)

 ハリウッドが#Me tooを唱え始めるずっと以前から、インデペンデントの知性派ケリー・ライカートは辺境からアメリカの現在(いま)を生きる女性の姿を描いてきた。2016年の『ライフ・ゴーズ・オン』(原題はもっと素っ気ない“Certain Woman”)はマイリー・メロイの短編小説を原作に、モンタナの田舎町に暮らす3人の女性をスケッチしていく。

 ローラ・ダーン演じる弁護士(役名もローラである)は、労災認定を求めるクライアント(ジャレッド・ハリス)に悩まされている。彼は1度、会社との示談に応じたため訴権がないという法律判断なのだが、どうにも聞く耳を持ってくれない。仕方なく隣町の男性弁護士にセカンドオピニオンを求めれば、考えはローラとまったく同じ。クライアントはあっさり「わかった」と納得した。「私が男だったら良かったのに!」2010年代後半のローラ・ダーンは怒り続けてきた。一方で、男にも居場所がなくなりつつある。クライアントはやり場のない感情に癇癪を起こし、妻には逃げられ、ついにはある行動に出る。ライカートは来る時代で盛んに描かれる“男の弱さ”もアメリカの辺境に既に見出していた。

 奇をてらわないライカートは、ミシェル・ウィリアムズ演じるジーナの物語へとシームレスに移行する。ジーナはモンタナの荒野に家を建てようとしている。伝統的な石造りで、素材は地元由来の天然岩だ。だが張り切っているのは彼女ばかりで、夫も娘も気がない。反抗期の娘はろくろく口も効いてくれず、夫は娘の機嫌を伺うばかりで、ジーナの疎外感はますます強まる。夫はジーナを「オレのボスだ」と言う。金銭関係の主導権がジーナにある様子を見ると、おそらく自営業者であろう会社の経営を担っているのは彼女なのだろう。ミシェル・ウィリアムズは『テイク・ディス・ワルツ』『ブルー・バレンタイン』に並び、ここでも女性が陥った底なしのブラックホールを体現している。

 『ライフ・ゴーズ・オン』において大女優たちの名演は前座に過ぎず、真の“Certain Woman”は本作で脚光を浴びたリリー・グラッドストーンだ。彼女演じるジェイミーは牧場に住み込みで働く少女。辺境の牧場には彼女以外に働き手はいない。言葉を発するのはせいぜい馬に語りかける時くらいだろう。彼女は家出をしてからというもの、他に行き先がなかったのだ。そんな彼女がひょんなことから夜学の講師に心惹かれる。この感情が何を意味するのかもわかっていないかもしれない。講師役にクリステン・スチュワートが配されていることからも、2人の関係が意味するところは明らかだろう。2010年代後半は女性の自由と並んで性的アイデンティティも大きくさけばれるが、ライカートは名前も定義もない存在として辺境に見出す。複雑で、詩情すら感じさせるグラッドストーンの寡黙な佇まいは本作の宝だ。『ライフ・ゴーズ・オン』での好演をきっかけにマーティン・スコセッシ監督の大作『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』に抜擢。自らのアイデンティティであるネイティブアメリカン役に扮し、今年のアカデミー主演女優賞レースの有力候補と見なされている。

 ライカートは近年に入ってようやく日本でも紹介され(以前は“ライヒャルト”と表記されていた)、認知されることとなった。不作が続いた2016年のアメリカ映画で数少ない先見性を持った重要作である。


『ライフ・ゴーズ・オン 彼女たちの選択』16・米
監督 ケリー・ライカート
出演 ローラ・ダーン、ミシェル・ウィリアムズ、クリステン・スチュワート、リリー・グラッドストーン、ジャレッド・ハリス
 

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