私の父母の育ったところは 信州の桜で有名な高遠である
母方は 徳川家にも縁がある松平の血統であると 昔 親戚の家系図で示された
戦後は落ちぶれて 更に山奥へ私の小学校時代は 極貧の生活だった
高遠には 童謡唱歌の父と言われる 伊沢修二の銅像がある
明治の黎明期に子供たちへ 学校で歌える歌を作る この気概が現在の唱歌にも伝えられている
この高遠から天竜川を南下した伊那谷に喬木村がある ここで生まれた方が 椋鳩十(むくはとじゅう)である
子どもの歌の父が 伊那谷の北に生まれ 子どもの童話なと゛の作家が 同じ伊那谷の南に生まれた
私の父母の生まれたころと同じである 今年で没後30年近くになるから これも同じである
大学は東京の法政大学 卒業後 縁があって姉の嫁ぎ先の鹿児島県・加治木の高女の教師となった
童話作家 自然作家として多くの作品を残しており 「大造じいさんとガン」は 現在でも国語教科書に載る
教師の傍ら小説を書いたり していたが 戦後は少年倶楽部の編集長にも懇願され 数多くの作品を残した
また 鹿児島の県立図書館長にもなったが 戦後すぐには図書を揃えるには財政難である
そんな中で 県内各地に図書館を作ろうと 各地を回り公民館などが図書館になって行った
ここでも蔵書は少なく 県立が各地を支援する 鹿児島方式が成功を生し 日本各地の模範ともなった
農業促進等にも力を入れ 北の宮沢賢二 南の椋鳩十とも称されるほどである
昨日の 鹿児島FM銀河 てんがらもんラジオのゲストは その椋先生を慕う方たちで作った松風会事務局長である
お名前が 畠野洋子(ひろこ)さん 大学で椋鳩十の論文を書くほどの敬愛者だった
記念の行事があるが 児童文学賞で受賞した作品が 『ゆずの葉ゆれて』 映画になって今年夏 公開された
私も今月観に行ったが 喜入と言う地区で 美しい自然とそこに暮らす人々の素朴な愛が描かれていた
母と子の20分間読書運動も 椋鳩十先生の提唱したもので これは全国にも広がって行った
忙しい母を子どもの心へ取り戻す 培われた情愛は きっと大人になって 良い未来を創造してくれるだろう
畠野洋子さんは てんがらもんラジオ3度目の出演と聞く
因みに私は2年前の てんがらもんラジオ 奇しくも8月放送の録画を事前に見た
その畠野さんが出演であり 当時の放送も楽しからずやであった
現在のようにリスナーさんのコメントは 前週の焼酎論議が楽しく紹介されていた
この放送局のあるあたり ぎんがロードと呼ばれ西伊敷の町おこしで 24番線 と言う銘柄の焼酎を売り出した
この焼酎 今はどうなっているかネットで調べたが出てこない 幻の焼酎となってしまったのだろうか(笑)
この時も ひげ爺さん ワイコマさん ひまわりさん カエルさん など耳慣れた名前が出てくる
もう永い てんがらもんファン リスナーでもあろう それだけ楽しませてくれる内容もあるのだ
私も 最近仲間に入れて貰い 今回も 恥ずかしながらブログが後半に読まれていた
てんがらもんラジオ 録画 約2時間 クリックして聴いてください
http://www.ustream.tv/recorded/91546826
最後までお読みくだ-さいまして有難うございました m(_ _)m
絵本を読み聞かせるのは 昔は寝る前が多かったでしょうね
子どもたちは 一つを読み終わると もう一つとねだる
素敵な母と子の読書の時間でしたね
息子さんのこと 素晴らしいの一語に尽きます
てんがらもんのゲスト 畠野さんが聴いたら感激するでしょう
共働きで昼間は保育所育ちでしたから
寝る前の時間はおしゃべりの時間です
福音館の「こどものとも」って絵本の月刊誌があって
「ぐりとぐら」とか「おおきなかぶ」とか「がらがらどん」とか楽しいお話に
眠気がくるよりかえって目が輝いて何冊も読む羽目になっていましたが
その息子はITの大学を卒業した後、図書館の大学に行き直して司書になりました。
本は古代から人の学びのために欠かすことのできないものでしたね
中国では 石碑がそのまま教科書でした
伊那谷は見るところがいっぱいです
昼神温泉でも泊って楽しんでください
小学生のころに文学本を一晩で読み切る すごいですね
文学少女の片鱗が見えたのかな
病院に入ったら 有り余る時間がありましたね
本を読んで有意義に過ごす 同じ入院でも貴重な体験でしたね
大きく影響しますね
椋鳩十 伊那の出身とは知りませんでした
今度長野を旅する時には 必ず立ち寄ってみたいと思います
一冊の文学本を一夜で読み上げていました。
中学生になってからは薄い単行本に変わりました。
けど高校生になると勉強が難しくなり本を読む機会は
少なくなりました。
私が住んでいる街にも市立図書館はありますが
古い本が多くとても借りることはできないです。
それで数年前に本屋さんで久しぶりに本を買って
病院に入院し、退院するまでの期間一冊の本を
読み上げてしまいました。
絵本図書館は夢がありますね
信州 安曇野には いわさきちひろ絵本美術館があります
おばあちゃんと孫の読書運動 素敵ですよ
小さなうちから 本に馴染む 教訓を学ぶ 優しさを身につける 絵本の役割は大きいです
cihidoriさんの娘さんは 信州在ですね
縁が深くなってきましたね(笑)
休む間もなく研修会 ご苦労様です
少しはお身体 休ませて下さい
ブログへお邪魔して 早速登録させて頂きました
高遠の桜に行かれましたか?
そうです 渋滞がすごいですね
それでも現在の道はかなり整備されていますが 昔の道路はがけから車が落ちることもたびたびでした
そこでバイパスが出来たのです
ソメイヨシノと違う美しさは抜群ですね
高遠の桜はコヒガンサクラ ソメイヨシノより花弁は幾分小さく ピンクが濃いので素敵ですよ
江島生島の話もあります
遠くに南アルプスを望み 素敵なロケーションです
信州は文学も音楽も有名人がたくさん出ています
ふるさと の歌は高野達之文学博士 テルテル坊主 も文学博士? 中田章さんの 早春賦 みかんの花咲く丘 の海沼実さん その他多数います
両親とも高遠の育ちです
母は姫の血統でした(笑)その昔は由緒あったのですが
私は小学校時代だけ 高遠より更に南アルプスの麓近くの開拓村にいました かなりの貧困と食糧難でしたね
高遠の桜は コヒガンザクラ ピンクの濃い色が素敵ですね
添乗員でもご案内しました 父母の故郷へ・・・(笑)
私は最近まで知りませんでした(笑)
中学の頃 夢中になった本 講談の本です(笑)
難しい感じに必ずルビがあって面白かったのです
でも たまたま 椋鳩十さんの話題が てんがらもんラジオに紹介されて 好きだった方が居るのは嬉しいです
ブログを拝見して 登録させて頂きました
童謡 赤とんぼ や唱歌 ふるさと これが21世紀に残したい歌日本人のダントツの名歌です
これからも よろしくお願いいたします
高遠 私のルーツにもなります
徳川家はもとは松平姓になりますね
家光の腹違い弟は 高遠城主の保科正光 その縁で高遠は内藤家として随分恩恵を受けています
今 城内に伊沢修二の銅像があります
明治になって唱歌を作るため 音楽取調掛が設置され 外国曲を導入して 古風な日本の詩を当てはめました
杖突峠から見る諏訪湖と岡谷から茅野までの風景が好きです
伊那の勘太郎は架空の人物ですが 伊那に歌碑がありますね
水色のワルツ 髙木東六先生も伊那に縁があります
たくさんおしゃべりしたいのですが、図書館のことを♪
先日、絵本図書館に娘と孫と出かけて図書カードを作りました。
孫の名前で作りたかったのですが、本の管理はどちらでされますか?って
おばあちゃまのお家でしたら、おばあちゃまの名前でお願いします。ということで
お恥ずかしながら私の名前で作りました。絵本貸出カード(笑)
「ばぁばと孫の読書運動」になるでしょうか・・・
またまたご縁の深い方でしたね。ありがとうございます。
少々強行軍の旅でしばらく休んで再登場いたします。まずはお礼だけですが…有難うございます。
読者登録ありがとうございました。
高遠は2回 さくらの季節にお邪魔しています。
行くまでの道程が...さくらを見るより車に乗って
いる時間の方が長くて。でもさくらは素敵です♪
信州の素朴な姿がブログから伝わってきます。
また、覗かせていただきます。宜しくお願い致します。
あります。一度行きたいと思っています。
椋鳩十さんは児童文学者として私も名前は知っていますが
そうですか 今は教科書にも載っているのですね。
信州は才能あふれる作家さんをたくさん輩出していますね。
素敵な街ですね?
お花見やなんかで・・・3回ほど行きましたよ~~~!
小学校のころ夢中になってよみました。
御縁が。・。・おありだったのですね^^
なんだかうれしいですね(^^♪
今日は寒いしのびたさんもお体
おきをつけてくださいませね・・。
童謡と言えば「まどみちお」しか知りませんが
(^_^;)
日本は広いですね。
よろしくお願いいたします。
飯田や駒ヶ根伊那に仕事のあと茅野や諏訪に
出るのに高遠と杖突峠を越えて・・・信州の文化
のふるさと、と同時に戦国時代からのこの城は
多くの歴史のなかに登場します。
私の好きな画家 中村不折〔フセツ〕など
当然椋文学も・・喬木村に記念館を訪ねて
天竜の東に文化人が多い・・たぶんのびた
さまもその中のお一人・・納得します。