のびたとブレイク

生き生きと第三の人生を歩んでいます
うたごえ ウォーキング 川柳 ベランダ栽培など楽しんでいます

超満員!愛されている実感

2016年07月21日 08時28分50秒 | うたごえ

下町のうたごえが始まる時間になっても 次々と参加者の笑顔が増えてくる

用意したホール定員最大限の椅子 126席も座る所が無くなった

どうしよう!嬉しい悲鳴であるが 皆さん楽しみにして来られた方たちだ

 

ちょっと待ってね 事務所に電話して 追加椅子を運んできた

すごいわね あまり多いと消防法の関係があるのよと 笑って事務所の方が言う

毎回では無く 多い時も少ない時もあるからと私が言い訳する

 

 

申し込み制では無く フリー参加 自分の都合に合わせて参加するシステム

それだけに 曜日や天気も関係して 人数にはムラがある

嬉しい悲鳴 これだけの方が ここが楽しい 元気が貰えると集まってくるのだ

 

  

 

2.3年前には こんなに大きなホール 超満員なんて夢のまた夢だった

ピアノも司会進行も 全くの素人 組織では無い個人のうたごえの会場である

他所のうたごえは プロの方が伴奏 リードも別にいて スマートな運営でもある

 

 

新しい方も毎回増える 友人・知人を楽しいよと誘ってくる 

一度参加すれば 大概の方は次回から常連となるだろう

歌ううことも楽しいが 先生のお人柄で集まるのよ

 

こんなことを言って 私を舞いあがらせる人が居る

中には 私の心の恋人なの なんて 冗談とも本音ともつかない言葉で私を戸惑わせる

でも 冗談でも嬉しいこと こんな私に握手を求め笑って帰られる女性たち

 

 

居心地が良ければ そこへ自然と人が集まる

ちゃんと会費も払って貰って参加する 厭なら来ないわけだ

何より そんな楽しいと言われる時間に私も共有すること 幸せの実感でもある

 

  

 

おかげで私も絶好調 舌好調! 思いつくままのトークも溢れ出る

今は都知事選挙だね 私も立候補を考えていたんだよ(大笑)

ただね 供託金が無いんだ ここでまた大笑い 区議でも30万円 都知事なら何100万円

 

折角資金繰りして例え出ても 投票結果は2.3票(笑) これで没収されてしまうんだよ

そんなこと無いわよ ここへ集まる人は 皆さん入れるわよ と突っ込みが入る

嬉しいね こんなことを気楽に言って やり取りできる この雰囲気がたまらない

 

 

外国も今は政情不安で どこも行けないね

テロもあるし 宗教や民族の争いも絶えたことがありませんね

だから どこも行かないんだ 本当はお金が無いからだけれど・・・(笑)

 

どこかへ旅したいね 鉄道に乗って 温泉やお食事もいいなぁ

先生! そんなことよりバスツアーも楽しいのよと声がかかる

そうだ うたごえバスツアーの企画を立案して 秋に皆さんと行かなくっちゃ・・・・

 

 

昨日のリクエスト

 

みかんの花咲く丘 浜千鳥 夏はきぬ 海 うみ 月見草の花 月の沙漠

見上げてごらん夜の星を 翼をください 静かな湖畔 青春時代 明日があるさ

千の風になって 今日の日はさようなら いい日旅立ち 忘れな草をあなたに

 

坊がつる讃歌 夕陽の丘 赤いハンカチ クラリネットをこわしちゃった

サンタルチア 四季の雨 蘇州夜曲 太陽がくれた季節 波浮の港 箱根八里

ローレライ アメージンググレース 菩提樹 真白き富士の根 真夜中のギター

 

お疲れ様は ファミレス・ジョナサンのソフト白玉あんみつ

 

 

  最後までお読みくださいまして有難うございました m(_ _)m

 

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暑さにめげず咲く花が健気 向島百花園

2016年07月20日 08時09分20秒 | ウォーキング

街では百日紅の花が 大きな紅白の彩りを添えている

私のベランダの花は少なくなったが ブーゲンビリアがまた咲きだしてピンクがひと際目だつ

ウォーキングの足を伸ばして 向島百花園に行って見た

 

門をくぐると大きな樹 かしわ 柏餅 この葉で作ったらでっかい

むくげと アメリカフヨウ 芙蓉の区別が難しい

 

江戸時代から文人墨客に愛された庭園 そこには自然のままの姿に近く花が咲く

ここでは雑草でさえ 自分も植物だよと 主張しているように見える

こんなに暑い日が続いても 花たちは それぞれの季節を生きる 健気 そして愛しい

 

 

さすがに萩のトンネルにはまだ早いが 桔梗やオミナエシは咲く

桔梗は秋の七草にあるが 夏の季語だよなんて誰かの記事にあったっけ

半夏生に会えるのも楽しみであったが 少し時期を過ぎていた

 

 

ここでは 秋が深まると すずむしを聴く会や 月見の会なども催され風流でもある

こんな雰囲気の中で 近くにスカイツリーも見える 現代の文人は何と詠むのだろうか

今日は 下町のうたごえ ピアノが弾ける 皆さんの笑顔に会える 私の楽しみな日だ

 

 

 

  最後までお読みくださいまして有難うございました m(_ _)m

 

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男は時に子どもとなる

2016年07月19日 08時23分35秒 | その他

男は失った恋は いつまでも尾を引く 女性は落ち込むがすぐ新しい恋に生きる

これは 何かの本で読んだ覚えがある

男は 本質的にロマンチストなのだろうか

 

趣味の世界でも 好きなことがあると 眼を輝かしてのめり込む

それは 子どもの様でもある

DASH島の無人島生活なども 子どもの冒険心を満たすようで 微笑ましい

 

 

鉄道に乗ったり 写真を撮ったりして 知識を豊富に養っているのも 圧倒的に男性だ

動いている列車の最前部に乗って 景色やレールなどを見て 運転士気分になる

ああ この列車に乗れた この路線に初めて乗るわくわく感も 子どもの様である

 

 

一昨日 私は東武鉄道が運営する 東武博物館に行った

東武線の電車が展示してあったり ジオラマがあったり 歴史を知ることが出来る

子どもたちも シュミレータ~で運転して見たり 展示の電車内に乗って楽しそうだ

 

 

付き添っている大人たちさえ 一緒になって楽しんでいる

時には 子ども目線と同じになって わくわくする世界に入っているのだろう

私も同じ 今は旅も殆ど出来ず こうしたものでも夢の続きに居る

 

 

小学校の時に 朝は納豆売り 学校が終わると 北千住の大踏切で電車を見続けた

常磐線も走っているが まさしく私の見ていたのは 東武線である

浅草行き 日光 宇都宮 大間々 館林など その行き先を見て夢を見た

 

 

中学校も 東武線の線路際にあった

悪戯をして廊下に立たされると そこから良く電車が見え ちっとも辛くない

時には買い出し電車の手入れがあり 窓から証拠になる荷物をみんな放り出していた

 

たまには煙突の長い蒸気機関車が 貨物車をけん引していたこともある

不思議に 中学を出てすぐ定時制高校に入学したが この時の勤務先が線路わきにあった

同じく東武線だ 町工場でプレスをしていたが 指に機械を刺してしまった

 

当時 プレス工場で指が無いのが職人の象徴だと言われていたものである

それでは危ないと先輩が自分の町工場へ誘った

そこも 東武線ではないが 総武線の線路際である

 

 

町工場では結婚生活には苦しく 大企業へ転職した

ここには電車気は走っていないが 越中島貨物線があり ディーゼル機関車が見える

そして現在のマンションからも 玄関側から総武線が見えるのである

 

 

昔の路線図 山手線は丸くなっていない

上野 万世橋(今の秋葉原近く)呉服橋(今の東京駅近く) 両国橋(今の両国)が始終点

東武線は 亀戸゜線が本線で両国橋まで乗り入れていた

 

この図の浅草は 現在のスカイツリー駅 一度は廃線になり やがて復活 業平橋駅となる

その後 隅田川を渡って松屋デパートに浅草駅が出来ると 隅田公園駅ともなった

現在の亀戸線は支線となり JR乗り入れは中止になった

 

 

亀戸線は短い区間だが 現在無い駅が幾つかあるが注意して見るがその面影が見えない

こうして古い地図を見ると 鉄道の変遷や歴史を知ることが出来る

私は バックトゥザ・フィーチャーになって 子どもの時代までさかのぼる

 

 

曳船ー業平橋間に 請地と言う駅がある

曳船ー亀戸間には十間橋通 平井街道 北十間駅がある

現在は無い駅 どこにあったんだろうと以前探したが 何もそれらしいものが無かった

 

 

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今日は海の日 私は恋に溺れたい

2016年07月18日 08時57分30秒 | うたごえ

今日は海の日 各地の海も賑わうだろう

水難事故の報道もあり 楽しく そして万全の知識と危機管理で良い想い出を残して欲しい

私には忘れられない 水難事故と呼べるものが3つもあり いずれも助かり今がある

 

私の姉は一時 東京にも住んだが 義兄の故郷 岡山へ引っ越して行った

50歳前に胃がんで手遅れ 市民病院で亡くなったが その前は渋川海岸で暮らした

岡山では有名な海水浴場があり 日本の渚百選にもなっている白砂が1キロも続く

 

 

はるか遠くに直島や その向こうに四国が霞んで見える

私は中学の終わりから 姉が亡くなる20歳過ぎまで 良く遊びに行った

そして ここを拠点に香川県や倉敷 福山 尾道 高梁市など観光に行ったものである

 

ある都市の夏 渋川の海岸で私も泳いだ 

私はクロールは出来ないが 平泳ぎなどでは何とか100メートルくらいは泳げる

海水浴場には ブイが浮いていて その中が遊泳区域だ

 

ブイを少し出たところで 疲れもあるし 岸へ帰ろうとターンした

ところが どう泳いでも 岸へ近づけず 平行に岬の方へ流されて行く

海に海流があることを後で知った どんどん大勢居る砂浜が遠くなった

 

もう疲れきって溺れそうになった時 近くをカップルが乗った手こぎボートが見えた

私は恥も何も無く 助けて~と大声で叫んだ

ボートに乗せられ 無事に海水浴場へ戻る 必死でぐったり 名前も聴かなかったのである

 

 

中学一年生の頃 葛飾区の鎌倉町と言うところに住んでいた

ここからは京成線の高砂駅の近くまで 田畑が拡がって見えるほどである

所どころに戦時中の爆弾が落としたあとがあり ばくだん池と私たちは呼んでいた

 

ザリガニがいっぱい取れて 当時は食用にして食べた

ある日 近所の5.6歳の女の子と このばくだん池でザリガニを釣っていた

いきなり悲鳴が聴こえ 女の子が池の中に消えてしまった

 

ばくだん池は直径にしたら10メートル内外だろう

すり鉢状になっていて 池のふちは草むらがあるだけである

私は驚いてすぐ飛び込んだ 彼女はすぐ見つかり 私は正面からしがみつかれた

 

そして必死にもがく こうなると私も動けない 池の底で二人でもがき 水を飲んでしまった

次に私は彼女を突き放し 一旦水面に顔を出し もう一度彼女を後ろから抱き水底を蹴った

うまく斜めに浮上して草むらを掴むことが出来た

 

この間 多分1分も無いことだろう

二人とも助かったが その後 彼女の親にも叱られないで済んだことが嬉しい

いのちを助けたのか 助けられたのか 今でも分からない この池辺りは住宅地になった

 

 

そして 数年前のこと ここでも書いたが 夏の暑い日にウェーキングを3時間もした

汗もいっぱいかいたから 近くのスポーツセンターのプールに行った

プールの水の冷たさが 私には心地よく感じるだろう そんな思いである

 

シャワーを浴びて すぐプールに入り 奥の方へ泳ぎ始めた

途端に 両足がいっぺんに吊ったのである 経験者は分かるが激痛である

両足抱えて激痛に耐えると 水底に沈んでいく 何も出来ないのだ

 

底の方でプールの水も飲んでしまったが 全く身動きできない ただ激痛あるのみ

近くで 大きな水音がした そして私を抱えあげ 端の方へ連れて行ってくれた

その時分かったが 30歳代の女性プール監視員だった

 

もし 気がついてくれなかったら 私はプールの底で足を抱えて沈んでいただろう

落ち着いたところで  準備運動もせずに入ってはダメですよと優しく戒められれた

それ以来 恥ずかしくて そのプールには行って居ない

 

若い女性のふくよかな胸に一瞬でも抱かれて良かっただろうと 誰かが言った

とんでもないことだ 必死だったんだよ

こうして 地震のこと 道路工事外壁が倒れてきたこと 全て助かった私が今居る

 

海の似合う有名人 私の世代は 加山雄三さんである

歳で言えば2歳上 今でも全国ツアーをしたり おやじバンドで活躍中である

私も彼を見習い更に活動を続けたいものだ ほんの少し 恋には溺れて見たいと願いつつ

 

 

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月遅れお盆 月遅れ七夕 地方で違う

2016年07月17日 08時42分01秒 | ボランティア

先日も介護施設で 童謡の たなばたさま を皆で歌った

ボランティアの相棒が もう七夕は終わったから遅いのではないかと言う

事実 七夕飾りは どこにも無かった

 

東京は 七夕もお盆も 7月で 8月のは月遅れと言う

しかし 実態は両方があり スーパーでも 7月 8月に お盆の供物などが売られる

私の同じ区内 砂町銀座では 毎年 8月に七夕祭りがあり 多くの人で賑わう

 

江東区・砂町銀座の七夕 例年8月5日~7日 あたりに開催する

 

平塚では7月に七夕 有名な仙台は 8月に豪勢な七夕祭りがある

お盆でも 7月に迎える人と 8月に行う人 帰省する人が多い

どちらでも良いが これは明治から太陽暦を採用したことから旧暦とずれた事による

 

8月15日 近くの旧中川で 東京大空襲の犠牲者の鎮魂の灯篭流し

 

ちょっとウイキにお世話になって調べると面白い

もともと 旧暦ではあるが中国の影響も受けて 重陽(ちょうよう)の節句があった

皇室では伝統行事で 月と日が重なる日 3月3日 5月5日 7月7日などがある

 

子どもの日になった5月5日 旧暦では 梅雨のまっ最中である

江戸時代になると 武士が子どもの出世を願って こいのぼりを上げた

雨中で鯉が天に昇って行く これが発想である 旧暦5月 今の6月であった

 

七夕も 旧暦では 梅雨明け 今の8月に催された

旧暦の7月7日が 現在に生きて居たり 混在しているのである

お盆も同じように旧暦7月 梅雨が明けた現在の8月であった

 

こうして 新暦で行事を行っているところと 昔のままに旧暦で行うところと混在する

何か 月遅れと言うと 遅れの言葉がしっくりこないが こちらが元である

もしかしたら 現在の新暦で行うところは 早七夕とか 早盆が相応しいだろうか

 

皆さんの地方や ふるさとでは どちらで七夕やお盆がありますか?

 

 

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