のびたとブレイク

生き生きと第三の人生を歩んでいます
うたごえ ウォーキング 川柳 ベランダ栽培など楽しんでいます

卯の花が 咲いて夏の 言葉知る 「夏はきぬ」

2024年04月20日 09時31分09秒 | うたごえ

歩いて2.3分のところに小さな公園がある

片隅に咲く「箱根うつぎ」これが咲くと 唱歌の「夏はきぬ」のメロディが浮かぶ

笑い話にするが ♫卯の花が匂う垣根に・・この卯の花は 豆腐のおからじゃないよ

 

 

単に うつぎ で調べてみると・・空木・ユキノシタ科 初夏 白い花が咲く

箱根ウツギ・スイカズラ科 うつぎ・アジサイ科など何だか乱れる

いずれにしても 卯の花 初夏に咲く花で日本の詩情豊かな表現であるとも

 

私には 突き詰めて考えない 日本の四季 二十四節季など 陰暦には豊かさがある

夏至 冬至 春分の日 秋分の日 これで4等分

5月5日からは立夏 夏の区分 3か月ごとに四季 8から10月が秋

 

11月から1月が冬 2月立春から4月まで春 やや日にちはずれているけれど

このところ 気候温暖化で 夏の気温が早くやってくる 東京の今日は25度!

日本は良いなぁ 日本に住んでいて良かったと いつも思う 四季があり自然がある

 

夏は来ぬ

 

コメントは伝言コーナーへもどうぞ!

     (メルアドは入力しなくてもOKです) 

夜のパソコンを控えており コメントは翌日朝必ずお返しします

コメント (10)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

床屋さん ピアノと私 何故と聞く  少しだけど盛り上がる

2024年04月19日 09時55分14秒 | うたごえ

一昨日 下町のうたごえに備えて 床屋さんに行った 正式には理髪店かな

多少 皆さんの前に立ち 音楽や曲の蘊蓄を話したり 旅の話その他

一応 センセイと呼ばれるので 身だしなみも それらしくしなければいけない

 

床屋さんのご主人 気の合う常連さんとは 理髪しながら良く会話している

私はと言うと まだ常連ではない 2年くらいかな(笑)

一度 何かのきっかけで ピアノを弾いて参加者と楽しんでいる旨 話した

 

それから一年は経っているか 一昨日 客が途絶えたので 突然 私に話しかけた

「あの ダンスだっけ まだ先生を続けているの?」いや ピアノなんだけどねと私

毎週本所と亀戸のどちらかで続けているよ 人気の教室になって居ると

 

ところでピアノ弾くきっかけってなんだったの? これが弾きたいとか・・と聞かれる

まぁ40代になる頃 会社の倉庫に眠っていた足踏みオルガンを見た時 閃いたものさ

『遠くへ行きたい』ジェリー藤尾が歌っていたんですよ 私よりはるかに若い店主に言う

 

知っているかなぁと聞くと あの 加藤登紀子が歌っていたやつかい?

えっ 加藤登紀子? もしかしたら歌ったかも知れないがね 知らないと思った

突然一節を歌いだした ~♫ 知らない街を 歩いてみたい どこか遠くへ行きたい♫

 

それそれ それですよ♪ 全く独学だから 右手左手がなかなか合わなくて苦労した

一年近くこの一曲でかかったよ 後は 似ている曲や♭ #を増やしていって・・・

どんなジャンル? 童謡唱歌 昭和歌謡 シャンソン フォークなど何でも

 

上手では無いよ ただ演歌なども入れたら 1000曲は弾けるかなぁ

すごいなぁ YouTubeなども出したら ストリートピアノもいいねと彼は興に乗る

高齢者を中心にうたごえで心身健康 これが社会貢献になって居るのだよ ここは強調!

 

 

昨日も あたたかな雰囲気に包まれて 楽しい時間を過ごす

男性は3名 女性方の活気ある歌声 笑い声と笑顔 みんな大好きだよ

 

そう言えば ピアノなんて夢と思っていたころ 30代の終わり頃かな

出張で降り立った東海道線・小田原 駅近くの楽器屋店頭でエレクトーンを弾いていた

白髪の男性で70歳くらいか 格好良く見えた あの年で弾いている いいなぁと思った

当時は エレクトーンの初期 大きな型 宣伝で店頭で弾いているケースをよく見かけた

 

今 80も半ば ピアノを弾いている私 誰かが格好いいなと思うだろうか(笑)

私のピアノの初期 営業で使っていたスナック そこにエレクトーンが置いてあった

まだカラオケも初期の頃 私が弾いても良いかとママに聴くと大歓迎 早い時間に練習

 

誰にも教わらない これも独学 そのうち早いお客さんが来て私にリクエストして歌った

殆ど演歌だが 何でも受ける弾いてみる これが現在の底流になって居るかも知れない

お客様で店に迷惑かけてはならない 真剣に伴奏したものだ 遠い想い出・・

 

リクエスト30曲

花の街 花かげ 村の船頭さん ないしょばなし 花咲か爺さん 悲しき口笛

夜明けの歌 星影のワルツ 真白き富士の根 東京ブルース 愛ちゃんはお嫁に

星の流れに 見上げてごらん夜の星を 五番街のマリーへ 四つのお願い

 

愛の讃歌 ソーラン渡り鳥 あゝ上野駅 赤いハンカチ 青葉城恋唄

雪椿 真夜中のギター 高原列車は行く 赤いサラファン 山のロザリア

有楽町で逢いましょう アカシアの雨のやむ時 今日でお別れ 喝采 神田川

 

懐かしい うたごえバス 私の企画 添乗 キーボード伴奏など 群馬・わたらせ渓谷

往復のバス車内はうたごえ 星野富弘美術館 童謡ふるさと館 など ご紹介します

 

星野富弘美術館👆 👇は 湖畔の食事処

本所で今も歌っている仲間たち

童謡ふるさと館

亀戸のうたごえメンバー

現地の廃校となった小学校 星野富弘さんの叔父さん?がガイド役

音楽教室のピアノ 私の伴奏で歌う

年に2回ほど うたごえツアーを企画実施して あちこちご案内した 数年前やめた

 

コメントは伝言コーナーへもどうぞ!

     (メルアドは入力しなくてもOKです) 

夜のパソコンを控えており コメントは翌日朝必ずお返しします

コメント (5)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

どれ残そう発芽眺めて 胸痛む

2024年04月18日 08時20分22秒 | うたごえ

暖かくなって ベランダに蒔いた野菜のタネ みんな元気よく発芽した

このうち 勢いのあるものだけ植え替えて 後は可哀そうだが処分する

何と みんな元気で これを正規に植え込む鉢類は絶対足りない どうしよう?

 

一袋50円のタネ いちごの空き地や ちょっと間借りして全部蒔いた結果

金魚草が 増えて一年中咲く 3鉢一つ整理して・・咲いているので諦めた

狭いベランダ見渡して 苗を植える余地を探すが無い 発芽は日々育っていく

 

いちごプランター 昨年ランナー増やして 現在5個だよ

別のいちごプランター 枯れてしまったいちごを抜いた空き地に オクラ👇

間借りしたオクラ👇 もうすぐ引っ越すから

きゅうりのタネ 発泡スチロールの畑 👇 左下の隅っこ 南米産かぼちゃ食べたタネ

ブロッコリーのタネ👇

ミニトマトのタネ

とりあえず4つの 植え替え用鉢は準備して待機中 だが 全部の苗 収容不可能

ゼラニゥムの花は 年に9カ月は咲いている

今日は 下町のうたごえ本所 リーダーはいつも元気に

 

コメントは伝言コーナーへもどうぞ!

     (メルアドは入力しなくてもOKです) 

夜のパソコンを控えており コメントは翌日朝必ずお返しします

コメント (10)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

童心に 返り乗り物 まだ躍る  地下鉄博物館へ

2024年04月17日 09時29分35秒 | うたごえ

地下鉄博物館 乗り物の博物館は多いけれど 地下鉄に絞ったものは少ない

都内に迷路のように張り巡らした 東京メトロ その歴史と 電車 装置などを見る

実際に車両に乗り込んで見ると まだ 子ども時代の血が騒ぐ(笑)

 

家の近くから バス一本で行ける地下鉄東西線の葛西駅 この高架下に博物館がある

葛西までは何度も行くので存在は知っているが入ったことは無い 規模も小さい

入り口には 丸ノ内線と銀座線の車両が眼をひく 現物だから

 

 

余談だが 丸ノ内線の中古車両は東南アジアで活躍しており テレビでも見た

マレーシァ ミャンマー などは 日本各地の車両が走り続けていることも頼もしい

都内初めて開通した時代の銀座線 この場合は浅草ー上野間も私の生まれる前

 

博物館入り口は改札口仕様

古い時代の銀座線

行先標識は 右から左へ読んでね

運転室 ちょっと座ってみた 幼い頃の夢 運転士になって全国へ でも 添乗員になった

鉄道ジオラマ 定時運転 赤い建物は東京タワー

トンネル工事に使うシールドマシン 私の勤めた会社 総合重工業 これも作っていた

開通記念切符 見本 切符代は初乗り運賃だったかな

 

★★ FMさつま川内 こころの川柳 略称「ここせん」 投句募集 ★★

放送日 4月27日(土)10時から 

このブログ下部 伝言コーナーで期間限定投句ボックス受け付け 

締め切りは 4月17日(水)今日まで どなたでもどうぞ

 

お題 『シングル』 

折句お題『さ・く・ら』 『か・す・み』 575のアタマにお題を入れる

各2句 出来なければ1句でも可です

 

コメントは伝言コーナーへもどうぞ!

     (メルアドは入力しなくてもOKです) 

夜のパソコンを控えており コメントは翌日朝必ずお返しします

コメント (8)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

様変わり ふるさと人気 移住の地  私の小学校時代の村がテレビに

2024年04月16日 09時28分05秒 | うたごえ

私がふるさとを語る地 信州の山奥! 

その住んでいた村が 今や人気移住地に(@_@)

テレビには伊那市は観光でも 取り上げることが多い 季節では高遠の桜は有名

 

市でも移住には かなりの優遇策が実施され 移住された方の評価も高い

寂れて行く田舎も多い中 こうして 山や川 自然がいっぱいの地で育つ子どもたち

きっと 素敵な未来が待っているだろう 私も心から応援したい 市長! 頼むよ(笑)

 

笠井アナウンサーと白鳥伊那市長  ここは伊那市新山 昔は上伊那郡新山村

全国移住したい市町村ランキング第一位 なんと小学校時代を過ごした村

 

私の両親の育った地も 今や行政では同じ範囲にある 高遠の美和湖のほとりである

運命もあって 東京・浅草のはずれから 疎開で茨城・荒川沖へ

そこには 予科練があり 空襲など私も見てきた 更に疎開で 信州・伊那の山奥へ

 

村の中心は 普通の生活 ただ両親が開墾した地は 電気も無い ガス 水道も無い

ラジオも無い 飢餓の中で 小学校へ通ったが 幻覚を見るほど飢えた

昆虫も蛇もカエルも 野にある草花は殆ど食べてみた 冬は雪に醤油をかけて・・・

 

学校の身体検査 いつも 栄養失調 出稼ぎの多い父 この子は多分ダメと諦めた

遠足があった 弁当は持てず みんなが河原で食べている時 私は水面を見ていた

優しい男の先生が そっと自分の弁当を分けてくれた その小学校はまだ健在

 

私が20歳頃 一度故郷を訪ねた 火の見櫓が 低く見えた 我が家の地は分からない

2010年12月 妹が故郷を見たいと私に言う 少しは記憶にある兄を誘ってみる

日帰りであるが 55年ぶりに故郷を見た 妹は数年後急死した 行って良かった

 

兄妹と私 3人で55年ぶりに訪れた新山村! テレビの画面 このあたりか?

この小学校 全校生徒 当時36人だった記憶があるが?

伊那市の街に行くと 山猿たちが来た~と街の子たちに冷やかされた

開校100年の石碑があった

 

テレビの画面に出るふるさと! そんな思い出の地も すっかり明るく開発されていた

貧しかったけれど 苦しいとか辛い思い出は無い 教育も東京より進んでいた

我がふるさと 伊那市・新山 両親にも見せたいと思った 自然に恵まれた地・・・

 

わらび きいちご きのこ 沢蟹もとれる

若い頃ハイキングした入笠山も今は市内!

 

★★ FMさつま川内 こころの川柳 略称「ここせん」 投句募集 ★★

放送日 4月27日(土)10時から 

このブログ下部 伝言コーナーで期間限定投句ボックス受け付け 

締め切りは 4月17日(水) どなたでもどうぞ

 

お題 『シングル』 

折句お題『さ・く・ら』 『か・す・み』 575のアタマにお題を入れる

各2句 出来なければ1句でも可です

 

コメントは伝言コーナーへもどうぞ!

     (メルアドは入力しなくてもOKです) 

夜のパソコンを控えており コメントは翌日朝必ずお返しします

コメント (8)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする