今朝の5時半、今日は晴天間違いなし。朝は肌寒いけど日中は暑いくらい、なのにまだコタツが…、エヘッ!🤩
「老後2000万円問題」で大騒ぎしたのはいつだったかしら? 今ではほとんど話題に上ることもなくなった。「老後2000万円問題」の発端は、令和元年6月3日に開示された金融審議会・市場ワーキンググループによる「高齢社会における資産形成・管理」という報告書だとか。
この報告書の中に「仮に老後に高齢者夫婦が平均的な生活費である月26万円で生活するとしたら、月21万円の年金収入では月5万円赤字」とある。月5万円の赤字が30年続くと、だいたい2000万円足りないということになるが、これは「もしもの話」を試算しただけだという。
定年後にどれくらい生きるかはだれにも分からない。老後にもらう年金額や生活費だって人それぞれ、「どういう暮らしを送るか?」で全く異なるから、分からないというのが正解だろう。
そもそも年金は「社会保険」という名のとおり、年金があれば老後は大丈夫と、未来を保証するものではない。年金の役割は必要最低限の貯蓄を促すセーフティネット的な役割で行われているのであり、年金だけでぜいたくすることは想定していないという。
「年金だけを頼ると危ない」と自前でも備えているし、年金でも備える。そして、老後は備えの範囲で身の丈にあった暮らしをする。もっともな意見だが「言うは易く行うは難し」だ。日々の暮らしで精一杯なのに、将来のために蓄えるなんて、したくてもできないのが実情だ。
しかも今は世の中全体が「自分さえよければいい」という考えが当たり前になってしまって、だれも助けてはくれない。結局、「自分のことは自分で」という自己責任論とされてしまうのだ。厳しいなあ!
私も年金生活者だ。国民年金と、40歳のときに加入した個人終身年金のおかげで何とかやっている。加齢とともにほとんど外出しなくなって、洋服やアクセサリー、化粧品を買わなくなった。旅行などの遊興費、外食の数も減って、70歳代になってからは支出費がだいぶ減った。
心配なのは医療費だが、今の状態を維持し、医療費が増えなくようにする。「身の丈にあった暮らし」とは、まず支払うべきものを支払って、残ったお金で生活すること。これから先もすべて自己責任で生きると決めた。それが私の意地であり、プライドである!
今年度から年金が2.7%引き上げられるが、実質は目減りするらしい。私はあと何年生きるか分からない。まあ贅沢をせず、「身の丈にあった暮らし」をすれば2000万円もの大金は必要ない、と断言できる。
ますます複雑化する社会情勢の昨今、年金だけでは当然赤字?
いやいやそうでも有りません。
高齢者の、衣食住に医療!慎ましく工夫をこらして楽しく生きる達人がこの世の中には沢山います。
手引書❓も毎日のごとく新聞広告に載っていますよ。
社会保障と自己責任で身は慎ましく心は誇りを持って生きてゆきましょう
(身体はヨタヨタで満身創痍ですが)
生涯支出約3万円、大谷くんは24億円消えても気が付かない。3億円なんて「ほんの小遣いさッ!」でしょうね。
昔の人は意地がありました。すべてをお国に頼ろうとするのは間違いで、汗して働いてなお苦しければ、最後の手段として生活保護も止む得ません。低所得の若者で年金を掛けられない人は自分の老後をどうするのか、一度よく考える必要がありますね。自分のことなのですから。
まぁ私の生涯は「お金に縁」がなかったけれど半面それが「工夫」や「節約」を教えてくれたし・・、これで良しと納得しています。
ヤセガマンかなぁ
戦後の私たちは汗水流して働くのは当たり前のこと、貧しい生活には慣れています。今の若い人たちには信じられないような時代でしたよね。
老後を安泰に暮らそうと思ったら若いうちに苦労するのは当たり前、でも今の若い人たちは今が良ければ幸せなのかも。老婆心ながら年を取った時に後悔しても後の祭りですよ、言ってあげたい。