山口県周防大島物語

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昭和四年大島郡の風景 瀬戸の大多麻根神社と古図

2022年09月18日 12時47分27秒 | 昭和四年(1929年)の山口県大島郡の風景
瀬戸の大多麻根神社 海辺

現在の大島大橋の傍にある古来からの由緒ある大多麻根神社の瀬戸の海辺にある鳥居群
です。現在この場所は整備され、鳥居の位置も変わっています。
瀬戸を通過する船はこの鳥居に向かって手を合わせるのが習いでした。
本社はこれよりずっと上の飯山の裾野にあります。古図を参照してください。
遠くかすむ山は琴石山です。




大多麻根神社 古図

海岸から本社まで相当高低差があります。
現在は桜の名所になりつつあります。「のんたの会」や「三蒲の有志の方」たちの
努力で苗木が植えられました。宇宙まで行って帰ってきた種子をから育った
「宇宙桜」も育っています。本社の隣にはこの瀬戸に身を投げて死んだとされる
般若姫の慰霊塔もあります。
旧暦の大晦の夜に瀬戸の海中から般若姫は火の玉となり、大多麻根神社の松に腰を
かけて一休みしたのち、本土の般若寺に飛び去ります。郡内の古典には三蒲の松尾寺
にも飛んでいくと書いてありますが、大畠の般若姫を祀る神社由緒にはそれがありません。

古図に今の橋の下に数十の岩礁が見えますが、これは軍艦通行の邪魔とばかりに
海軍が爆破して今は海上に出てくることはありませんが、根は残っていますので
下手な操船すると、衝突します。昔の機帆船(エンジンと帆と両用)時代は
よく衝突して難破していましたね。
大島大橋を壊したドイツの大型船が衝突しなかったことは中央部分には根が無かった
のでしょう。当たっていたら大惨事になっていたでしょう。




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