2月17日午後6時半から、日比谷図書文化館小ホールにおいて表記の学習会が開催されました。講師には国際人権条約や、平和と人権にかかわる活動に広くかかわってこられた前田朗さんをお迎えし、お話しを聞きました。講演の要旨を編集部の責任でまとめました。
◆ 「日の丸・君が代」強制問題と国連人権勧告(1)
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《撮影:gamou》
こんにちは、前田です。一昨年の10月、皆さんとジュネーブでロビー活動をしました。
一昨年はサバティカルということで大学からお休みをいただいてジュネーブにおりましたので、いっしょに参加させていただいたわけです。皆さん一生懸命頑張って、委員とコンタクトをとって情報提供をしていました。私の任務は、連絡係と終わった時の懇親会の設定係、そんなことしかやってないんですが、情報収集だけは毎回やっています。
日の丸・君が代問題については、直接自分のテーマとして取り組んでいたわけではありません。99年の国旗国歌法から強制が始まるということで、2000年の春に、当時、日本民主法律家協会事務局長だった澤藤統一郎弁護士に日の丸・君が代ホットラインを一緒にやろうと声をかけられて、私も電話番を一生懸命やったのを思い出します。
◆ いろいろなテーマでの国際人権活動
日本政府が国際人権規約や人権条約を批准した時から国際人権活動が取り組まれています。これに最初に取り組んだお一人が戸塚悦朗弁護士。
まず最初に国連に訴えたのは、精神病院における人権侵害。それによって当時の精神衛生法が精神保健法に改正されました。日本政府は、国連人権委員会で問題点を指摘されたときに、それを受け止めて国内法をきちんと改正した。大変よろしいと、そういう話が残っているんですね。
それに続いて80年代後半から戸塚さんが取り組んだのが代用監獄。
日本の刑事法研究者、弁護士さんたちもその廃止のために頑張りましたが、この時は警察庁の猛反発、完全に国際人権を拒否する姿勢が鮮明にでて、それ以後日本政府はさまざまな問題を拒否するということになっていきました。
代用監獄は、一般の警察も使いますが、とりわけ公安警察にとっては一番大事な武器ですから手放したくないと。これはいまだに続いています。
次に1992年の2月に戸塚さんが国連人権委員会で慰安婦問題を訴えて、一躍世界中の最大のテーマになっていったわけです。
歴史を掘り起こす慰安婦問題が浮上した、その時にちょうど、旧ユーゴスラビアの民族浄化が起きた。この二つがセットになって女性に対する暴力とか、戦時組織的強姦や性奴隷の問題が国連で今同に至るまでずっと議論されています。
◆ 国連憲章・世界人権宣言と日本国憲法
国連憲章に「…われらの一生のうち二度まで言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害から将来の世代を救い、基本的人権と人間の尊厳および価値と男女同権…」とあります。
世界人権宣言は「人類社会のすべての構成員の固有の尊厳と平等で譲ることのできない権利とを承認することは、世界における自由、正義及び平和の基礎であるので、人権の無視及び軽侮が、人類の良心を踏みにじった野蛮行為をもたらし、言論及び信仰の自由が受けられ、恐怖及び欠乏のない世界の到来が、一般の人々の最高の願望として宣言されたので、人間が専制と圧迫とに対する最後の手段として反逆に訴えることがないように…」と続いています。
日本国憲法前文と似ている、と気づかれるはずです。
1946年の日本国憲法、1948年の世界人権宣言、同じ流れの中にいた人たちが作った文章であるということです。
そこから我々が考えるべきなのは、日本国憲法を解釈する際の基本原理・基本精神は何なのかということです。
たとえば、表現の自由は人格権に基礎を持ち、民主主義の基本的な要因であるから、非常に重要な権利である、だからヘイトスピーチと言えども処罰は難しい、と言われますね。かつて治安維持法と特高によって弾圧が行われた、表現の自由が奪われた、その歴史に反省をするんだ、というわけです。私もその通りだと思います。
が、半分間違っています。もう一つの面がある。表現の自由を濫用し、または表現の自由を口実に、侵略そして民族差別、植民地支配をあおって、この国はあの戦争への道をころげ落ちて行った、という問題です。
その観点から日本国憲法21条、あるいは国際自由権規約の19条、20条を読まなきゃいけない、ということになります。
国際自由権規約の19条に意見・表現の自由の規定があります。20条1項に戦争宣伝の禁止、2項に人種差別の唱導の禁止、ヘイトスピーチの禁止規定があります。
19条と20条はセットです。表現の自由は勿論大事である、しかしその際に他者の人権を侵害してはいけない、戦争宣伝やヘイトスピーチは犯罪なのだ、ということが書かれているわけです。
これは、国連憲章の前文、世界人権宣言の前文、そして国際人権規約の基本的な考え方、そして日本国憲法の考え方です。あの戦争と植民地支配や、人種差別、民族差別の歴史を教訓として日本国憲法をつくったわけですから、その精神にのっとって憲法21条を解釈しなければいけないということになります。
◆ 国際人権メカニズム
国連憲章の68条に人権の促進に関する委員会を作るという条文があります。これに基づいて60年間、国連人権委員会が活躍をしていました。2006年からは人権理事会に格上げされました。
理事会は、安保理事会、経済社会理事会、人権理事会この3つしかありません。現在は人権理事会の下に諮問委員会やテーマ別の特別報告者がいるという形になります。
わかりやすいところで言うと20年前「女性に対する暴力」特別報告者だったラディカ・クマラスワミさんが日本軍慰安婦問題について報告書を出しました。私が翻訳して明石書店から出ていますが、日本政府が必死になつてつぶそうとしているクマラスワミ報告書ですね。
この人権理事会、諮問委員会、テーマ別特別報告者、これが国連憲章に基づく人権機関ということになります。
さらに、人権高等弁務官がいて、その下にいろんな委員会があります。国連には2人の弁務官がいるんですが、もうおひとりは難民高等弁務官です。緒方貞子さんが以前やっていらしたのが難民高等弁務官です。
◆ 人権理事会の普遍的定期審査
人権理事会には重要な2つの仕事があります。
一つは人権条約とか人権宣言とか人権ガイドライン、こういう文書を作ることです。
もう一つの仕事が普遍的定期審査(UPR)です。
普遍的というのは国連加盟国すべてを対象にします、という意味です。すべての加盟国について順番に人権状況について報告してもらい、各国でお互いにチェックしあい、そして人権状況の改善を目指すというものです。
人権理事会の日程のうち4分の1は、日本を含め各国が順番に取り上げられます。
たとえば、移住労働者の権利条約を批准したらどうですか、とか、女性の権利及び女性に対する暴力とジエンダー平等に関する勧告とか、死刑の廃止、あるいは女性や子どもの人身売買の禁止、ヘイトスピーチ、代用監獄の廃止、婚外子の権利保障、そして慰安婦問題等々、いろんなことが勧告をされるわけです。
ほかの国の審査の時には日本政府も勧告をする側になります。
日本政府はしばしば人権理事会の勧告は拘束力がないとか、勝手なことをいうんですが、だったら自分たちも拘束力のない勧告を何のために出しているのか、ということですね。
特にお隣の朝鮮半島の北の国に対して、次々に日本政府は勧告をしているわけです。確かに直接的に強制するような拘束力はないかもしれませんが、お互いに人権尊重のために国際協力をしましょうと約束をして、勧告し合っているわけです。
特に、多くの国々から同じテーマで次々と勧告が出た時には、それを一定程度配慮し、尊重し、どういうふうに改善できるのか、勧告を全部受け入れるかどうかは別としてその勧告に従って国内の情勢をどう点検し、状況を改善するのか、そういう基本姿勢を持つのが当然のことなわけです。
でなければ日本政府がほかの国に勧告していることも無意味である、ということになってしまいますね。
この人権理事会では先ほど申し上げた、意見・表現の自由の特別報告者もいます。ですから日の丸・君が代問題でも、この特別報告者へのアクセスが、重要になってくるだろうと思います。
(続)
『東京・教育の自由裁判をすすめる会ニュース 第39号』(2015年4月18日)
◆ 「日の丸・君が代」強制問題と国連人権勧告(1)
講師 前田 朗さん(東京造形大学)
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《撮影:gamou》
こんにちは、前田です。一昨年の10月、皆さんとジュネーブでロビー活動をしました。
一昨年はサバティカルということで大学からお休みをいただいてジュネーブにおりましたので、いっしょに参加させていただいたわけです。皆さん一生懸命頑張って、委員とコンタクトをとって情報提供をしていました。私の任務は、連絡係と終わった時の懇親会の設定係、そんなことしかやってないんですが、情報収集だけは毎回やっています。
日の丸・君が代問題については、直接自分のテーマとして取り組んでいたわけではありません。99年の国旗国歌法から強制が始まるということで、2000年の春に、当時、日本民主法律家協会事務局長だった澤藤統一郎弁護士に日の丸・君が代ホットラインを一緒にやろうと声をかけられて、私も電話番を一生懸命やったのを思い出します。
◆ いろいろなテーマでの国際人権活動
日本政府が国際人権規約や人権条約を批准した時から国際人権活動が取り組まれています。これに最初に取り組んだお一人が戸塚悦朗弁護士。
まず最初に国連に訴えたのは、精神病院における人権侵害。それによって当時の精神衛生法が精神保健法に改正されました。日本政府は、国連人権委員会で問題点を指摘されたときに、それを受け止めて国内法をきちんと改正した。大変よろしいと、そういう話が残っているんですね。
それに続いて80年代後半から戸塚さんが取り組んだのが代用監獄。
日本の刑事法研究者、弁護士さんたちもその廃止のために頑張りましたが、この時は警察庁の猛反発、完全に国際人権を拒否する姿勢が鮮明にでて、それ以後日本政府はさまざまな問題を拒否するということになっていきました。
代用監獄は、一般の警察も使いますが、とりわけ公安警察にとっては一番大事な武器ですから手放したくないと。これはいまだに続いています。
次に1992年の2月に戸塚さんが国連人権委員会で慰安婦問題を訴えて、一躍世界中の最大のテーマになっていったわけです。
歴史を掘り起こす慰安婦問題が浮上した、その時にちょうど、旧ユーゴスラビアの民族浄化が起きた。この二つがセットになって女性に対する暴力とか、戦時組織的強姦や性奴隷の問題が国連で今同に至るまでずっと議論されています。
◆ 国連憲章・世界人権宣言と日本国憲法
国連憲章に「…われらの一生のうち二度まで言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害から将来の世代を救い、基本的人権と人間の尊厳および価値と男女同権…」とあります。
世界人権宣言は「人類社会のすべての構成員の固有の尊厳と平等で譲ることのできない権利とを承認することは、世界における自由、正義及び平和の基礎であるので、人権の無視及び軽侮が、人類の良心を踏みにじった野蛮行為をもたらし、言論及び信仰の自由が受けられ、恐怖及び欠乏のない世界の到来が、一般の人々の最高の願望として宣言されたので、人間が専制と圧迫とに対する最後の手段として反逆に訴えることがないように…」と続いています。
日本国憲法前文と似ている、と気づかれるはずです。
1946年の日本国憲法、1948年の世界人権宣言、同じ流れの中にいた人たちが作った文章であるということです。
そこから我々が考えるべきなのは、日本国憲法を解釈する際の基本原理・基本精神は何なのかということです。
たとえば、表現の自由は人格権に基礎を持ち、民主主義の基本的な要因であるから、非常に重要な権利である、だからヘイトスピーチと言えども処罰は難しい、と言われますね。かつて治安維持法と特高によって弾圧が行われた、表現の自由が奪われた、その歴史に反省をするんだ、というわけです。私もその通りだと思います。
が、半分間違っています。もう一つの面がある。表現の自由を濫用し、または表現の自由を口実に、侵略そして民族差別、植民地支配をあおって、この国はあの戦争への道をころげ落ちて行った、という問題です。
その観点から日本国憲法21条、あるいは国際自由権規約の19条、20条を読まなきゃいけない、ということになります。
国際自由権規約の19条に意見・表現の自由の規定があります。20条1項に戦争宣伝の禁止、2項に人種差別の唱導の禁止、ヘイトスピーチの禁止規定があります。
19条と20条はセットです。表現の自由は勿論大事である、しかしその際に他者の人権を侵害してはいけない、戦争宣伝やヘイトスピーチは犯罪なのだ、ということが書かれているわけです。
これは、国連憲章の前文、世界人権宣言の前文、そして国際人権規約の基本的な考え方、そして日本国憲法の考え方です。あの戦争と植民地支配や、人種差別、民族差別の歴史を教訓として日本国憲法をつくったわけですから、その精神にのっとって憲法21条を解釈しなければいけないということになります。
◆ 国際人権メカニズム
国連憲章の68条に人権の促進に関する委員会を作るという条文があります。これに基づいて60年間、国連人権委員会が活躍をしていました。2006年からは人権理事会に格上げされました。
理事会は、安保理事会、経済社会理事会、人権理事会この3つしかありません。現在は人権理事会の下に諮問委員会やテーマ別の特別報告者がいるという形になります。
わかりやすいところで言うと20年前「女性に対する暴力」特別報告者だったラディカ・クマラスワミさんが日本軍慰安婦問題について報告書を出しました。私が翻訳して明石書店から出ていますが、日本政府が必死になつてつぶそうとしているクマラスワミ報告書ですね。
この人権理事会、諮問委員会、テーマ別特別報告者、これが国連憲章に基づく人権機関ということになります。
さらに、人権高等弁務官がいて、その下にいろんな委員会があります。国連には2人の弁務官がいるんですが、もうおひとりは難民高等弁務官です。緒方貞子さんが以前やっていらしたのが難民高等弁務官です。
◆ 人権理事会の普遍的定期審査
人権理事会には重要な2つの仕事があります。
一つは人権条約とか人権宣言とか人権ガイドライン、こういう文書を作ることです。
もう一つの仕事が普遍的定期審査(UPR)です。
普遍的というのは国連加盟国すべてを対象にします、という意味です。すべての加盟国について順番に人権状況について報告してもらい、各国でお互いにチェックしあい、そして人権状況の改善を目指すというものです。
人権理事会の日程のうち4分の1は、日本を含め各国が順番に取り上げられます。
たとえば、移住労働者の権利条約を批准したらどうですか、とか、女性の権利及び女性に対する暴力とジエンダー平等に関する勧告とか、死刑の廃止、あるいは女性や子どもの人身売買の禁止、ヘイトスピーチ、代用監獄の廃止、婚外子の権利保障、そして慰安婦問題等々、いろんなことが勧告をされるわけです。
ほかの国の審査の時には日本政府も勧告をする側になります。
日本政府はしばしば人権理事会の勧告は拘束力がないとか、勝手なことをいうんですが、だったら自分たちも拘束力のない勧告を何のために出しているのか、ということですね。
特にお隣の朝鮮半島の北の国に対して、次々に日本政府は勧告をしているわけです。確かに直接的に強制するような拘束力はないかもしれませんが、お互いに人権尊重のために国際協力をしましょうと約束をして、勧告し合っているわけです。
特に、多くの国々から同じテーマで次々と勧告が出た時には、それを一定程度配慮し、尊重し、どういうふうに改善できるのか、勧告を全部受け入れるかどうかは別としてその勧告に従って国内の情勢をどう点検し、状況を改善するのか、そういう基本姿勢を持つのが当然のことなわけです。
でなければ日本政府がほかの国に勧告していることも無意味である、ということになってしまいますね。
この人権理事会では先ほど申し上げた、意見・表現の自由の特別報告者もいます。ですから日の丸・君が代問題でも、この特別報告者へのアクセスが、重要になってくるだろうと思います。
(続)
『東京・教育の自由裁判をすすめる会ニュース 第39号』(2015年4月18日)
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