《週刊新社会【沈思実行】(157)》
★ 教員支配の行き着く先
鎌田 慧
長時間労働、過労死など、学校現場の悲惨な状況が、最近よく伝えられている。「小学校教員の競争率過去最低」との記事は、全国で「教員不足」となっていることへの警鐘だ。
子どもたちと一緒に過ごす。将来への夢を育てる。小中学校の教員の夢は、これからの社会と関わる大事な仕事だ。
ところが、現在、教員志望者が減りつづけ、せっかくなったにしても、一年以内に退職する新任教諭がふえている。
昔の教員は牧歌的だった。「デモ、シカ教員」といわれ、先生にデモなるか、教員シカない、と就職口のひとつだった。
それにしても、なってしまえば、子どもたちの世界が、教員の人間形成に影響を与えた。
教育が「聖職」とか、「愛国心の涵養(かんよう)」など、政治利用の道具にされると退廃する。
学校現場が窮屈なものになってしまったのは、自民党の支配が強まったからだ。
いまの志望者激減は、民間企業並みの支配と労働強化によっている。
わたしは40年前に『教育工場の子どもたち』(岩波書店)をだした。管理教育のまっさかり。教員たちが校門の前で、登校してくる生徒たちをつかまえて、スカートの丈をはかったり、髪の長さをチェックしたり。非行化は服装からはじまる、と信じられていた。「校則」がきびしかった。
あのころから、学校が「共育」から「管理」の道具にされ、教員たちの余計な仕事がふえた。
教育の憲法というべき理念が掲げられた教育基本法が、教育支配法にかえられたのは、2006年、第一次安倍内閣が成立してからだった。
そして09年、教職員免許法の改悪で、教員免許を10年間の有効期間とした。労働現場とおなじ、非正規化を狙ったのだから、犯罪的だった(昨22年に廃止)。
教育を支配の道具にしたのは1941年。日米戦争を背景に、尋常小学校を「国民学校」に改名し、戦争にむかう「少国民」を育成する教育がはじまった。軍人化教育の徹底だつた。
いま、教員志願者を減らしているのは、自民党と財界による教育支配が、学校現場の自由を奪っているからだ。
『週刊新社会』(2023年8月2日)
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