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芥川賞受賞作『コンビニ人間』書評

2016年09月19日 | 格差社会
  《書評》芥川賞受賞作『コンビニ人間』村田沙耶香
 ◆ マニュアル通りに動く-疎外の極限 (週刊新社会)
綾目広治(ノートルダム清心女子大学教授)

 第155回芥川賞の受賞作である、村田沙耶香の『コンビニ人間』(文芸春秋、2016年7月号)は、現代人や現代社会に対して重く鋭い問題を提起している小説である。
 と言っても、芥川賞の選評で川上弘美山田詠美が指摘しているように、この小説には〈笑い〉の要素もけっこうあって、物語は軽やかに展開していく。
 主人公の古倉恵子は現在36歳で、コンビニのバイトで生活している。恵子は幼い時から人との常識的な対応ができず、いろいろとトラブルを起こすことがあった。彼女には「普通」の感覚、対応ということが分からなかったからである。
 ところが、大学に入学しコンビニでバイトをし始めてからは、コンビニの世界の中だけでは「普通の人間になれる」のであった
 彼女の言葉で言えば、「世界の正常な部品としての私」になれるのである。それはコンビ二には「完壁なマニュアル」があり、そのマニュアル通りに動けばいいからであった。もっとも、コンビニに勤めるようになっても、恵子の中に言わば常識の規格外の要素があることに変わりはなかった。しかし、その要素を抑えていることに恵子は不満を感じていないのである。
 恵子は言う、「つまり、皆の中にあるへ『普通の人間』という架空の生き物を演じるんです」、と。さらにこうも言う、「正常な世界はとても強引だから、異物は静かに削除される」、と。しかし恵子は、「架空の生き物を演じる」ことによって、「削除」されないようにしているわけである。
 ここまでの話でも、この小説はすでに重要な問題を語っている。そもそも、「普通」や「正常」とは何だろうか、マニュアル通りに動いていさえすれば、「普通」「正常」と認められるのならば、思考や懐疑などは一切せずに時代社会の規範に唯々諾々と従うことが「正常」ということなのか、「普通」や「正常」というのは、実は「異物」を「削除」することで成り立っているものではないのか、というような問題である。
 ◆ 「普通の人間」という架空の生き物演じる
 物語は、コンビニのバイト店員として白羽という男性が加わってきたところから新たな展開がある。
 やがて恵子と白羽は、恋愛感情も性的関係も一切抜きにした同棲生活をし始めるのだが、興昧深いのは「異物」を排除する社会のあり方に白羽は憤っていて、彼によればそのあり方は「縄文時代」から変わっていなく、白羽自身は排除される側にいると言う。
 恵子と白羽とでは、2人が置かれている状況にほとんど変わりはないのだが、白羽はそれに怒りを持っているのに対して、恵子の方はその状況をむしろ嬉々として受け入れているのである。
 物語の終盤で、2人は喧曄をすることになる。白羽はそういう恵子のことを、「気持ちが悪い。お前なんか、人間じゃない」と詰るのだが、その難詰に何の痛痒も感じない恵子は、「私は人間である以上にコンビニ店員なんです。(略)私の細胞全部が、コンビニのために存在しているんです」と言い、「私はコンビニ店員という動物なんです」とも言う。
 こうして見てくると、この小説は吉村萬壱「「普通」という化けもの」(『文学界』2016年9月号)で指摘しているように、「叫び出したくなるほどの問題意識に満ちた、恐ろしい作品」に思われてくる。
 物語の中で恵子は、自分を「形成」しているのは自分の周囲の人たちであり、自分には固有の「私」など無いのだと思うが、ただ周りの人たちも服装や話し方を含めて、やはり他の周囲の人たちから「伝染」されたものを受け入れているだけではないかと思う。恵子だけでなく他の人たちも、本当は固有の「私」などは無いらしいのである。
 「正常」や「普通」に慣れ親しんでいくことに生き甲斐さえ感じている、「コンビニ店員という動物」の恵子を中心に、周囲からの「伝染」にも気づいていない人たちのあり方なども描いた『コンビニ人間』の世界は、以前流行した言葉で言うならば、〈人間疎外〉の極限を描いたものということになるかもしれない。
 極限なのは、恵子が疎外を喜んで受け入れているからだが、その恵子には、「コンビニの『声』」さえ聞こえてくるのである。これはほとんど宗教的な洗脳の世界とも言えよう。
 この小説は、〈笑い〉の要素もあって明るい筆致で進むが、実は現代社会と現代人の、その恐ろしい実相が描かれている小説として読める。
 (文藝春秋1300円+税)

『週刊新社会』(2016年9月20日)

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