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東京都の元「藤田先生を応援する会」有志によるブログ(2004年11月~2022年6月)のアーカイブ+αです。

いま中国のひとたちと一緒に開ける慰霊祭は、平和への誓い

2018年07月05日 | 平和憲法
 ◆ 花岡事件慰霊祭 (東京新聞【本音のコラム】)
鎌田 慧(かまたさとし・ルポライター)

 六月三十日。今年も秋田県北端の大館市。緑の眩(まぶ)しい山中にある「中国殉難烈士慰霊之碑」前の慰霊祭に参加した。
 七十三年前。その日の深夜、飢餓と虐待に耐えきれなくなった中国人労働者たちが絶望的に蜂起した。あと一カ月半で日本は敗戦を迎え、解放される。残念ながらその情報はどこにもなかった。
 「ウサギ狩り」といわれた強制連行の被害者たちだった。海にむかって逃亡した人たちが多かった。そこには遠く故郷に続く海が広がっていた。
 この事件での死者は百人余、捕らえられて広場に繋(つな)がれ、食事も与えられず炎天下に放置された。「死体検索書」に「敗血症兼熱射病」とあるのが、丸太で殴りつけられ、手当てなく野ざらしにされた姿を想像させる。
 小学五年生だった野添憲治は、後ろ手に二人ずつ繋がれた中国人のまわりを「チャンコロのバカヤロウ」と怒鳴りながら唾をかけ砂利を投げつけた。それをみて大人たちが拍手喝采していた。
 野添は後年、自分の負の体験から花岡事件を検証する作品を書くようになる。

 百十年以上前、仙台の医学生だった魯迅が、医者をやめて作家になる決意をするのは、日露戦争当時、広場で虐殺される中国人をみて、見物気分の同胞の意識を変えたかったからだ。
 いま、中国のひとたちと一緒に慰霊祭を開けることが、平和への誓いだ。

『東京新聞』(2018年7月3日【本音のコラム】)

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