《教科書ネット21ニュースから》
◆ 小学校教科書はどう変わる? ~教科書検討を広げよう
文部科学省は、2020年度から使用する小学校教科書の検定結果を3月26日に公表しました。
今回の検定では、初めて登場した高学年の外国語(英語)や2年前に導入された「特別の教科道徳」を含め11教科164点について2658件の検定意見が付けられましたが、修正表を提出してすべてが合格しています。
この日の新聞各紙は、「小学校教科書、ページ1割増!」「ランドセル、ますます重く」の見出しを掲げました。
これまでも教科書が変わる際にページ数が増えることはありましたが、今回は各教科の平均ページ数の合計が現行の8475ページから9323ページ(英語を除く)と10%も増えて、過去20年で最大となりました。
さらに、AB判やA4判といった「教科書の大型化」も進み、新聞は「ゆとり教育が行われていた時期と比べるとページ数が60%以上増加していて、脱ゆとりがさらに進んでいる」とか「若手教員の増加を反映した親切なつくり」などと報じました。
しかし、本当の原因はもっと違うところにあります。
◆ 「安倍教育再生」を体現した教科書改訂
今回の教科書検定は、教育基本法改定(2006年12月)を具体化した学習指導要領の改定(2017年3月)、教科用図書検定基準の改定(2014年1月)や実施細則の改定(2016年2月)という教科書をめぐる大きな転換後、初めてのものであり、そうした流れを色濃く反映したものとなりました。それが、これまでの改訂とは大きく異なる特徴になっています。
今回の教科書改訂のベースとなった学習指導要領は、教育基本法改定を受けてその性格を一変させました。
これまでの学習指導要領は、まがりなりにも子どもたちが何を学ぶかという学習内容を示すことが中心でしたが、今回は「主体的・対話的で深い学び」などの指導方法、子どもの学び方や身につけるべき態度などがこと細かに書かれるようになりました。
そのため、どの教科書も「学びをつかむ」「自分の考えを書く」「友だちと学ぶ」「ふりかえってまとめる」という学習の手順や話しあいのしかた、ノートのまとめかた、黒板の書きかたといった細かな学習方法に多くのページをさくようになりました。それが今回大幅にページ数が増える大きな要因になったのです。
今回の「学習指導要領改定の方向性」を示した中央教育課程審議会の「審議のまとめ」(2016年)では、従来使われてきた「学力形成」という言葉を「資質・能力の育成」に変え、「個人の尊厳」を「人材育成」という言葉に変えました。
その中で繰り返し使われた「新しい時代に必要となる資質・能力」とは、「社会の変化に目を向け、社会の変化を柔軟に受けとめていく力」であり、これは財界が求めるグローバル社会や情報化社会といった社会変化に貢献できる人材をどう育てるかというものでした。
今回の「最大のページ数になった教科書」は、幼いうちから情報処理能力やコミュニケーション能力を身につけた人材を育てるという「安倍教育再生」を体現したものと言えます。
◆ 「教育の政治利用」では
社会科教科書では、「(竹島は)日本固有の領土ですが、韓国が不法に占領しています」という記述に対して、「我が国の立場を踏まえた現況について誤解するおそれがある」という検定意見が付いて、「韓国が不法に占領しているため、日本は抗議を続けています」という表現に変えた教科書がありました。
尖閣諸島についても「日本固有の領土ですが、中国がその領有を主張しています」という表現に「尖閣諸島の支配の現況について誤解するおそれがある」との検定意見で「領土問題は存在しません」という文を付け加えた教科書もあるなど、「政府見解」を小学校教科書に書き込ませる露骨な検定が行われました。
学習指導要領改定で「竹島や北方領土、尖閣諸島が我が国の固有の領土であることに触れること」「尖閣諸島については、我が国が現に有効に支配する固有の領土であり、領土問題は存在しないことに触れるようにする」(「学習指導要領解説」)という文言が加わり、2014年の中学校教科書検定で「政府見解が存在する場合にはそれに基づいた記述をする」ことを盛り込んだ検定基準の改定を行いましたが、それらを受けた結果でした。
本来、教科書は学問的な見地から妥当性が認められることを基準に書かれるべきですが、時の政権の政治方針を子どもたちに押しつけていくような検定は、「教育の政治利用」とも言うべききわめて異常な事態であると言わなければなりません。
◆ 道徳や英語の教科書は
「特別の教科道徳」の教科書は、2年前と同じ8社が検定申請し、すべて合格しました。前回話題になった「パン屋を和菓子屋」「アスレチックを和楽器店」に変えた教材や「国旗(日の丸)のいみ、国歌(きみがよ)のいみ、国歌や国旗を大切にする気もちのあらわし方」、安倍総理の写真などはいずれも姿を消しました。
子どもたちに特定の考え方を押しつけるなと私たちが批判してきたことが、教科書内容を改善する力になったことを改めて示しました。
その一方で、「かぼちゃのつる」「はしの上のおおかみ」といった定番の教材は全社で残りました。
また、「責任」「法やきまり」などの言葉で集団に奉仕する人間を美化し、法の順守を押しつけるような内容も変わりません・この「特別の教科」がもつ危険な性格は、依然として変わるものではないことを今回の教科書は示しています。
今回初めて登場した英語教科書は、7社から発行されましたが、その内容はどれも「名刺交換をしよう」「誕生日ポスターを作ろう」「プロフィールカードを作ろう」と似かよった内容で、言葉や文化を学ぶよりも、クイズやゲーム、歌が中心の目先の英会話に慣れさせようという学習になっています。
その一方で、アルファベットの大文字・小文字の書き方や書き取り、600~700の単語や連語を覚える、文章を読む、書く、話すことまで要求され、英語嫌いを増やすことが危惧されます。
小学校英語は今回の学習指導要領改定で正式な「教科」になったのですが、財界の意向を受けて早くからコミュニケーション能力を身につけグローバル社会で活躍する人材育成をめざした英語教育は、本当に子どもの学習要求に見あったものなのか、改めて教科書を読んで検討する必要があります。
◆ 教科書を読みながら教育のあり方を話しあう
今回の検定で、裏表紙に「必ずすべてのページを使わなければいけないというものではありません」と書いた教科書に対して「教科書ではないかのように誤解する」との検定意見を付け、事実上削除させた例がありました。
これは「教科書はすべてそのとおり使わなければいけない」と、国が教育に直接介入する動きがますます強まった今回の検定であると言えます。
5月下旬から全国各地で開かれる教科書展示会に足を運んで、実際の教科書内容を検討するとりくみも進められることと思います。
教科書ネット21では、その参考になるように教科書検討資料集を作成し、希望者に配布する活動も始めました。おそらく学習指導要領を読んだことのない先生たち・保護者・市民も、子どもたちが使う教科書を目にする機会は多いはずです。
国が教科書を通して具体的・直接的に教育を変えようとしているいま、教科書を読むことで、いま学校がどう変えられようとしているか、子どもたちにとってどういう学校にしたいかを話しあう場を広げようではありませんか。
『子どもと教科書全国ネット21ニュース 126号』(2019年6月)
◆ 小学校教科書はどう変わる? ~教科書検討を広げよう
小佐野正樹(こさのまさき 子どもと教科書全国ネット21・小学校教科書検討チーム)
文部科学省は、2020年度から使用する小学校教科書の検定結果を3月26日に公表しました。
今回の検定では、初めて登場した高学年の外国語(英語)や2年前に導入された「特別の教科道徳」を含め11教科164点について2658件の検定意見が付けられましたが、修正表を提出してすべてが合格しています。
この日の新聞各紙は、「小学校教科書、ページ1割増!」「ランドセル、ますます重く」の見出しを掲げました。
これまでも教科書が変わる際にページ数が増えることはありましたが、今回は各教科の平均ページ数の合計が現行の8475ページから9323ページ(英語を除く)と10%も増えて、過去20年で最大となりました。
さらに、AB判やA4判といった「教科書の大型化」も進み、新聞は「ゆとり教育が行われていた時期と比べるとページ数が60%以上増加していて、脱ゆとりがさらに進んでいる」とか「若手教員の増加を反映した親切なつくり」などと報じました。
しかし、本当の原因はもっと違うところにあります。
◆ 「安倍教育再生」を体現した教科書改訂
今回の教科書検定は、教育基本法改定(2006年12月)を具体化した学習指導要領の改定(2017年3月)、教科用図書検定基準の改定(2014年1月)や実施細則の改定(2016年2月)という教科書をめぐる大きな転換後、初めてのものであり、そうした流れを色濃く反映したものとなりました。それが、これまでの改訂とは大きく異なる特徴になっています。
今回の教科書改訂のベースとなった学習指導要領は、教育基本法改定を受けてその性格を一変させました。
これまでの学習指導要領は、まがりなりにも子どもたちが何を学ぶかという学習内容を示すことが中心でしたが、今回は「主体的・対話的で深い学び」などの指導方法、子どもの学び方や身につけるべき態度などがこと細かに書かれるようになりました。
そのため、どの教科書も「学びをつかむ」「自分の考えを書く」「友だちと学ぶ」「ふりかえってまとめる」という学習の手順や話しあいのしかた、ノートのまとめかた、黒板の書きかたといった細かな学習方法に多くのページをさくようになりました。それが今回大幅にページ数が増える大きな要因になったのです。
今回の「学習指導要領改定の方向性」を示した中央教育課程審議会の「審議のまとめ」(2016年)では、従来使われてきた「学力形成」という言葉を「資質・能力の育成」に変え、「個人の尊厳」を「人材育成」という言葉に変えました。
その中で繰り返し使われた「新しい時代に必要となる資質・能力」とは、「社会の変化に目を向け、社会の変化を柔軟に受けとめていく力」であり、これは財界が求めるグローバル社会や情報化社会といった社会変化に貢献できる人材をどう育てるかというものでした。
今回の「最大のページ数になった教科書」は、幼いうちから情報処理能力やコミュニケーション能力を身につけた人材を育てるという「安倍教育再生」を体現したものと言えます。
◆ 「教育の政治利用」では
社会科教科書では、「(竹島は)日本固有の領土ですが、韓国が不法に占領しています」という記述に対して、「我が国の立場を踏まえた現況について誤解するおそれがある」という検定意見が付いて、「韓国が不法に占領しているため、日本は抗議を続けています」という表現に変えた教科書がありました。
尖閣諸島についても「日本固有の領土ですが、中国がその領有を主張しています」という表現に「尖閣諸島の支配の現況について誤解するおそれがある」との検定意見で「領土問題は存在しません」という文を付け加えた教科書もあるなど、「政府見解」を小学校教科書に書き込ませる露骨な検定が行われました。
学習指導要領改定で「竹島や北方領土、尖閣諸島が我が国の固有の領土であることに触れること」「尖閣諸島については、我が国が現に有効に支配する固有の領土であり、領土問題は存在しないことに触れるようにする」(「学習指導要領解説」)という文言が加わり、2014年の中学校教科書検定で「政府見解が存在する場合にはそれに基づいた記述をする」ことを盛り込んだ検定基準の改定を行いましたが、それらを受けた結果でした。
本来、教科書は学問的な見地から妥当性が認められることを基準に書かれるべきですが、時の政権の政治方針を子どもたちに押しつけていくような検定は、「教育の政治利用」とも言うべききわめて異常な事態であると言わなければなりません。
◆ 道徳や英語の教科書は
「特別の教科道徳」の教科書は、2年前と同じ8社が検定申請し、すべて合格しました。前回話題になった「パン屋を和菓子屋」「アスレチックを和楽器店」に変えた教材や「国旗(日の丸)のいみ、国歌(きみがよ)のいみ、国歌や国旗を大切にする気もちのあらわし方」、安倍総理の写真などはいずれも姿を消しました。
子どもたちに特定の考え方を押しつけるなと私たちが批判してきたことが、教科書内容を改善する力になったことを改めて示しました。
その一方で、「かぼちゃのつる」「はしの上のおおかみ」といった定番の教材は全社で残りました。
また、「責任」「法やきまり」などの言葉で集団に奉仕する人間を美化し、法の順守を押しつけるような内容も変わりません・この「特別の教科」がもつ危険な性格は、依然として変わるものではないことを今回の教科書は示しています。
今回初めて登場した英語教科書は、7社から発行されましたが、その内容はどれも「名刺交換をしよう」「誕生日ポスターを作ろう」「プロフィールカードを作ろう」と似かよった内容で、言葉や文化を学ぶよりも、クイズやゲーム、歌が中心の目先の英会話に慣れさせようという学習になっています。
その一方で、アルファベットの大文字・小文字の書き方や書き取り、600~700の単語や連語を覚える、文章を読む、書く、話すことまで要求され、英語嫌いを増やすことが危惧されます。
小学校英語は今回の学習指導要領改定で正式な「教科」になったのですが、財界の意向を受けて早くからコミュニケーション能力を身につけグローバル社会で活躍する人材育成をめざした英語教育は、本当に子どもの学習要求に見あったものなのか、改めて教科書を読んで検討する必要があります。
◆ 教科書を読みながら教育のあり方を話しあう
今回の検定で、裏表紙に「必ずすべてのページを使わなければいけないというものではありません」と書いた教科書に対して「教科書ではないかのように誤解する」との検定意見を付け、事実上削除させた例がありました。
これは「教科書はすべてそのとおり使わなければいけない」と、国が教育に直接介入する動きがますます強まった今回の検定であると言えます。
5月下旬から全国各地で開かれる教科書展示会に足を運んで、実際の教科書内容を検討するとりくみも進められることと思います。
教科書ネット21では、その参考になるように教科書検討資料集を作成し、希望者に配布する活動も始めました。おそらく学習指導要領を読んだことのない先生たち・保護者・市民も、子どもたちが使う教科書を目にする機会は多いはずです。
国が教科書を通して具体的・直接的に教育を変えようとしているいま、教科書を読むことで、いま学校がどう変えられようとしているか、子どもたちにとってどういう学校にしたいかを話しあう場を広げようではありませんか。
『子どもと教科書全国ネット21ニュース 126号』(2019年6月)
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