List of Issues para23に関するNGOレポート
◎ 人権制約概念として「公共の福祉」を用いることの特異性
◎ 人権制約概念として「公共の福祉」を用いることの特異性
A.論点
1.日本政府は、自由権規約委員会からの度重なる懸念と勧告に耳を傾けることなく、この6年間「公共の福祉」概念を検討する所管すら決めずに、対策を講じるどころか一切何もせずに放置してきた。
2.わが国では「公共の福祉」は、しばしば「他人の迷惑にならない」とか「社会通念」のような「権利」とは相容れない概念と同義に使われ、「権利への一般的留保」(『一般的意見34』para6)として機能し、表現の自由のような正当な権利の方をあたかも個人の身勝手のようにみなして制限するという、権利と制限との逆転現象(『一般的意見34』para21)をもたらしている、その実態は何ら改善されていない。
B.自由権規約委員会の勧告・懸念
3.「公共の福祉」を理由とした基本的自由の制約に関する過去の総括所見
① 1993/11/5 第3回(CCPR/C/79/Add.28) para8
② 1998/11/19 第4回(CCPR/C/79/Add.102) para8
③ 2008/12/18第5回(CCPR/C/JPN/CO/5) para10
④ 2014/8/19 第6回(CCPR/C/JPN/CO/6) para22
4.第7回審査での経過
① 2017年12月11日、 List of Issues(CCPR/C/JP /QPR/7)パラ23
② 2020年4月28日 日本政府回答(CCPR/C/JPN/7)パラ201
C.現状
5.「公共の福祉」概念について検討する所管部署を決めていない。【注1】
【注1】 NGOとの対話(2019.12.6)の中で、法務省の担当者は「法務省の事項ではありませんで、お答えする立場にありません」、また外務省の担当者は「外務省は取りまとめをしますが、担当はどこですという明快な回答は出来ません」と答え、どの省庁も自らの所管であることを認めず、責任の所在が曖昧である。
6.List of Issuesパラ23で求められている「対策」を何ら講じていない。【注2】
【注2】 NGOとの対話(2019.12.6)の中で、NGOから「どのような対策を講じていますか」と質問したのに対し、法務省は「法務省の取扱い事項ではありませんのでお答えする立場にありません」と答え、さらに「日本側の制度ですとかそういったこともよく理解してもらわないといけないと思っている」と、勧告を受け入れる努力よりも、逆に国際機関を説得する努力に力を注ぐ方針を表明した。7.政府はNGOが諸外国の憲法での人権制約の規定の仕方や「公共の福祉」のなどについて前もって提出した質問に関しても回答せず、誠実な対話を拒んでいる。【注3】
【注3】 NGOとの対話(2019.12.6)の時に、NGOが予め法務省に「日本以外に『公共の福祉』概念を憲法に用いている外国があるかどうか」と質問しておいたが、法務省は「法務省の管轄事項ではないのでお答えする立場にありません」と回答を回避した。D.意見
日本政府は「公共の福祉」概念が人権制約要件として不適切であるとの規約委員会からの度重なる指摘にも関わらず、人権制約要件の国際標準や、世界各国の憲法では人権制約要件がどのように規定されているか、世界各国の憲法で「公共の福祉」概念が用いられている場合に日本のように包括的で曖昧な使い方をしている例があるかどうかなど、客観的な情報収集や調査研究を怠ったまま、勧告に背を向け独自の見解を押し通そうとしている。
8.日本政府は第3回審査以来、日本国憲法12条及び13条の「公共の福祉」による人権制限は認められるという主張を繰り返し、その根拠として裁判所の判例を例示するが、日本の裁判所もまた人権より秩序を重んじる傾向が強く、公的機関による人権制約をやむなしとする判決は多い。以下いくつか例を挙げる。
9.1992年第3回政府報告(CCPR/C/JPN/3/別添1)で、「公共の福祉」概念で死刑制度を容認した『最高裁判所昭和23・3・12大法廷判決』を例示した。【注4】「公共の福祉」は、死刑という、生命に対する市民の権利の究極の制限にまで及んでいる。政府報告に言うように、「日本の人権制限の内容は自由権規約とほぼ同様のもの」(CCPR/C/JPN/6, para5)とは、到底言い難い。
今日、死刑制度はすでに世界の100ヶ国以上で廃止され、日本も自由権規約委員会から廃止の勧告を受けている(CCPR /C/JPN/CO/6, para13)が、独自の法解釈で未だに勧告に従おうとしていない。
【注4】 「公共の福祉という基本的原則に反する場合には、生命に対する国民の権利といえども立法上制限ないし剥奪されることを当然予想している(最高裁判所昭和23・3・12大法廷判決)」(CCPR/C/70/Add.1,別添1)10.1997年第4回政府報告(CCPR/C/115/Add.3, 一般的コメント、パラ4)では、わが国で「公共の福祉」で制約出来ない人権の例として「思想良心の自由」をあげた。【注5】
【注5】 「他人の人権との衝突の可能性のない人権については、『公共の福祉』による制限の余地はないと考えられている。例えば、思想・良心の自由(憲法第19条)については、それが内心にとどまる限り、その保障は絶対的であり一切の制約は許されないものと解されている。」(CCPR/C/115/Add.3,一般的コメント)ところが、日本の裁判所は、自らの思想良心に基づいて卒業式で君が代斉唱の伴奏を拒んで懲戒処分を受けた音楽教員が提訴した裁判において、「思想良心の自由」を「公共の福祉」概念で制限できるという判決を下した。【注6】 この判決は最高裁で確定している。政府報告は矛盾し、破綻している。
【注6】 『ピアノ裁判東京地裁判決』(2003/12/3) 「思想・良心の自由も、公共の福祉の見地から、公務員の職務の公共性に由来する内在的制約を受けると解するのが相当である。」11.2012年第6回政府報告(CCPR/C/JPN/6, para6)では、「公共の福祉」で「表現の自由」を制約することを正当化した典型的な最高裁判例として「板橋高校卒業式事件」を引用した。これに対しNGOから、この事例は曖昧な「公共の福祉」概念により「表現の自由」を刑事罰で弾圧した典型的な事例であると反論したレポートが出された(2014「IFEレポート」)【注7】。
『同 東京高裁判決』(2004/7/7) 「思想・良心の自由の制約は、公共の福祉にかなうものとしてやむを得ないものであって、公教育に携わる公務員として受忍せざるを得ず、このような受忍を強いられたからといって憲法19条に違反するとは言えない。」
NGOレポートは、この最高裁判決は規約19条3項の「厳しい条件」を満たしておらず、刑事罰は規約違反にあたると指摘した。
【注7】 板橋高校卒業式事件から「言論の自由」をめざす会(IFE) NGOレポートE.勧告として望むこと
Japan, CCPR VI, 109 (2013), Info from Civil Society Organizations (for the session), Support Group for the Case of Itabashi High School Graduation and Freedom of Expression (IFE), https://tbinternet.ohchr.org/_layouts/15/TreatyBodyExternal/Countries.aspx?CountryCode=JPN&Lang=EN
12.規約委員会からの懸念に答えるために、人権制約概念として「公共の福祉」を用いることについて、検討し成案を得る責任部局を決めるか、もしくは審議機関を設置することなどの方法により、期限を定めて、講じるべき対策を策定すること。
13.また、裁判所において規約を直接適用する判例が増えるような具体的な方策を講じると同時に、思想、良心及び宗教の自由や表現の自由の権利に制約を課す場合には、かならず自由権規約18条3項および9条3項の規定する「厳しい条件」を満たさなければならないことを確保するために、積極的な対策を講じること。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
≪参考資料≫
○List of Issues(和文)
https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/kokusai/humanrights_library/treaty/data/Alt_Rep_JPRep7_ICCPR_ja171211.pdf
○List of Issuesに対する日本政府回答(和文)
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100045760.pdf
※ 正規英文レポートが掲載されている場所は、
「国連条約機関データベース」“United Nations HumanRights Treaty Bosy Database”
https://tbinternet.ohchr.org/_layouts/15/treatybodyexternal/SessionDetails1.aspx?SessionID=804&Lang=en
「日本」のレポート欄の、30番目JWCHR(国際人権活動日本委員会)のレポートの第2章
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます