パワー・トゥ・ザ・ピープル!!アーカイブ

東京都の元「藤田先生を応援する会」有志によるブログ(2004年11月~2022年6月)のアーカイブ+αです。

日の丸・君が代の強制は国家神道の根本にかかわる問題だ

2018年03月28日 | 日の丸・君が代関連ニュース
  《リベルテ(東京・教育の自由裁判をすすめる会ニュース)から》
 ◆ 国家神道と「日の丸・君が代」の強調
   ―教育の儀礼システムと国民―

島薗 進(上智大学・教授)

 11月25日の第13回総会では、宗教学が専門の島薗進先生のご講演をいただきました。講演に際して、学術的な論考を用意されていましたが、講演自体はユーモアにあふれるものでした。その一部を紹介します。小見出し・文責は編集担当にあります。
 ◆ 宗教の視点で、日の丸・君が代問題を考える
 私は大学で宗教学をやって、国家神道の研究というと、神社本庁系に都合がいい解釈になっている、国家神道はそんなに悪いものではなかつたという方向に流れて行く。
 それは違うと、国家神道の、宗教社会学的な、世界の宗教との比較で、日本の宗教を押さえる中で、日本の近代は国家神道中心に動いていたという見方を示したわけです。
 一人一人の命が大切にされることが崩されてしまった近代以降、命を軽くするシステムを作って来た近代日本、その柱として国家神道があるという理解に至りました。
 その観点から、日の丸・君が代の強制を捉えかえすと、従来の裁判などで論じられたこととは違う視点が出てくる。実は日の丸・君が代の強制は国家神道の根本にかかわる問題だという理解に至りました。
 個々人の自由を考えるときに、個々人の信念がどう抑圧され自由を奪われるかを捉える上では、宗教は鋭い観点になると思う。憲法19条20条の関係で言うと、19条で議論をしていくときに20条の観点をもう少し入れられるんじゃないか。
 ◆ 宗教(国家神道)の根本に関わる儀礼・儀式
 もう一つは日の丸・君が代の議論も見ていると、世界の中で日の丸・君が代がどう扱われているか、その観点から日本の学校も、という話になってますが、歴史的観点が非常に弱い。
 私の理解は国家神道は一つは皇室であり、もう一つは学校、軍隊が宗教の主要な場所になったという見方です。
 つまり学校は、国家神道という教えを広める場所であり、そこで単に教えだけじゃなくて規律訓練の場所として非常に強力に作用した。
 であるがゆえに戦後になって、もう一つ重要な点は1945年をもって国家神道は解体されたということになっている。ですが、それを占領期に払拭したわけではない中で、日の丸・君が代が戦後、占領以降も機能してくると見なくちゃいけない。
 総論ですけれども、20条ですね、「何人も宗教上の行為、祝典、儀式または行事に参加することを強制されない」と、信教の自由の条項で出てきますが、これ、思想及び良心の自由の条項として出てきても何らおかしいものでない。ある信念体系と結びつくような儀式に参加することを強制されないことが日の丸・君が代裁判であるとすれば、19条で勝負するとしても20条に関わってくると、そういう捉え方でいいんじやないか。
 戦前の学校自身はまさに宗教的で、国家神道を守っている。戦後にそれは完全に払拭されていないわけですから、20条19条を重ね合わせて見直していくことは十分できるはずだ。
 裁判所は儀礼とか儀式を、慣例上のものだと捉えるけれど、儀礼とか儀式は宗教学的に言えば宗教の根本にかかわるものです。こういったことが日本の近代に、教育に起こった。戦前の学校儀式御真影や教育勅語、これは明らかに宗教的なものです
 そこには神聖な天皇ということが非常に濃厚に出できている。勅語がそもそも神の子孫である天皇の言葉にしたがって生きていかなければならない。それを基本的な人間の生き方の教えとして生きていくという文書ですから。そういうものを国民に強制することは大いに問題がある。こういう理解が必要です。
 戦前の、「天照大神を中心とする神道の神々や天照大神を祖とする天皇や神聖な万世一系の国体をめぐる信仰と実践のシステム」が国家神道である。
 これが強烈に教え込まれたのが学校であり軍隊です。そういうのが日本の近代学校教育の重要なポイントです。
 国家神道は、「論」はありますけれども、そういう生き方を人々に植え付ける、身体性を持った実践体系を作っていくという。これは国家神道という言葉でいうのが一番わかりやすい。
 そして儀礼、身体的所作というのは大変重要な要素です。宗教的な信念を学校で教え込むという体制があった。もう一つそこでは全体主義的になってくることが重要な要素です。
 君が代・日の丸は、特に日の丸は、ある時期まではそれほど大きな役割は果たしていない。学校行事ではむしろ御真影と教育勅語だった。思想及び良心の自由を制約するものとして、ある宗教的なものを押し付けられていることと、それがまた全体主義的な体制の下で、したがって徹底した集団規律と結びついて教え込まれたものであると。こういう歴史も見ていく必要がある。
 ◆ 戦後も継続している国家神道
 こんどは戦後です。戦後は、国家神道が解体したんだと、私も90年代くらいまでそう思っていた。ですがそうじゃないことに気が付いた。これが一つ重要な認識です。
 私は2002年から国家神道の研究をしていたんですが、こんなに国家神道をあちこちで言うとは思っていませんでした。安倍首相のおかげです。
 私が国家神道は継続してますと言ったら、宗教学者は賛成しませんでした。しかし、天皇はあんなに熱心に神道行事やってる、日本会議所属の議員がこんなにいる、ということが見えてくるとみんな反対しなくなる。
 学習指導要領で学校儀式を位置づけるときも、問題ないように見えるけれど、これを戦前の国家神道的な学校儀式と照らし合わせて、なぜ日の丸・君が代が強烈に強制されるのかを見ると、これは憲法19条に違反しますよという議論をしたい。
 これまでの判決を見ますと、歴史観とか世界観が、日の丸・君が代の強制において、どうして耐えられないかを裁判官は理解していない。
 学校行事、学校儀式における日の丸・君が代が強制的だとなるのは、戦前の学校儀式のあり方が国家神道といかに深く結びついていたか、そレてそれが払拭されないでいることと結びつけることで、よく理解できるようになる。
 御真影や教育勅語と比べると日の丸・君が代は、戦前の体制の中では少し地位が低かった。戦後になってそれに代わるものという議論をした方がいい。
 しかし、日の丸・君が代というものにそういう国家神道や全体主義の時代の日本の社会体制というものを思い浮かべ、こうあってはならないと言うことには現実的な根拠が十分にある。
 ◆ まとめ
 学校行事での儀式で、日の丸・君が代が集団的な規律の強化を伴って、画一的に強制されるときには憲法19条に違反します。そしてそれは憲法20条の2の「何人も宗教上の行為、祝典、儀式または行事に参加することを強制されない」、これも19条と結構密接にかかわっているという認識のもとで言えるはずです。
 それを補強する議論として、戦前においていかに学校儀式というものが国家神道や宗教的天皇崇敬と結びついており、むしろ一番大事な機関になっていたか、そういう過去を持っているということ。さらに1930年代以降はそれが全体主義化していくことによって国民生活の全体にまで行きわたることになった。
 それが戦後にまったくきれいになくなりましたとは言えない。戦後においてもそういう方向に向かっていると。
 特に集団規律として強制されることによつてその性格が強まる、そういうふうに理解します。
 ですので、裁判で儀礼的行事における儀式的所作だから、これは特別の信念を強調するものではないという議論、あるいは直接的制約ではないという議論に対しては、歴史的認識足りないでしょうと。そして現状からみてもおかしいでしょうと、こういう議論をしていけないだろうかと思っています。
『リベルテ(東京・教育の自由裁判をすすめる会ニュース)』第50号(2018年1月27日)
コメント    この記事についてブログを書く
« アベを倒そう!(376)<大阪... | トップ | 日本の教師は残業代がつかな... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

日の丸・君が代関連ニュース」カテゴリの最新記事