◆ 現場の教員が支持しない育鵬社教科書がシェア拡大
道徳の教科化で子どもの良心形成に障害 (週刊新社会)
文科省が「政府統一見解や確定した判例」を必ず書かせるよう改悪した、新検定基準の初適用下で合格した社会科教科書の今夏の採択結果が出た。育鵬社"教科書"は採択増。一方、道徳も文科省が"愛国心"教育強化の新学習指導要領と同解説を出し、教科化に向け学校現場や教科書会社は戦々恐々。どう対抗していくか。
◆ 教科書採択に様々な圧力
育鵬社版は、日本教育再生機構(「つくる会」分裂後、設立。理事長は安倍氏ブレーンの八木秀次氏)のメンバーらが執筆。特に公民教科書は、①日本国憲法に反する"国防の義務"の必要性を強調、②「各国の改憲回数」の表を掲げ「各国は必要に応じ比較的頻繁に憲法改正を行っている」と宣伝。政権政党の広報誌のようだ。
だが今夏、各教育委員会の採択では、歴史が約7万3400冊(シェア6・5%)、公民が約6万7600冊(シェア5・8%)と採択率を伸ばしてしまった。
"愛国心"を調査研究項目に入れた橋下徹氏の大阪市や横浜市など保守系首長下の"大票田"がシェア増の大きな要因。だが、文科省が4月7日出した「教科書採択に際しての調査研究の充実」等を求める通知を、『産経新聞』が「教科書採択、教員推薦の1、2社から教委が選ぶ『絞り込み』禁止」などと報じた影響もある。
教育委員は大半が教育の専門家ではない。文科省が「教育委員が採択権限を持つ」とする現行制度下でも、教育委員は、生徒の実態を熟知する現場教員が調査研究し作成した資料を踏まえ、決定することが多い。小松親次郎初等中等教育局長は前記通知に関し、「調査研究資料は各教科書会社の順位付けも含め、優劣の評定を行うことを禁じていない」と答弁している(4月22日、衆議院文部科学委員会)。
但し実際には、教育委員も教科書に目を通し判断するので、調査研究資料にすべて拘束されるわけではない。良識ある現場教員に育鵬社を推す人が少ないから、『産経』は「絞り込み禁止」などと、歪曲報道したのだ。
高嶋伸欣琉球大名誉教授に育鵬社"教科書"への今後の対抗策を取材すると、①各教委に前記小松局長答弁を広げる、②育鵬社版を採択した教委については採択時の会議録を点検し(公表しない教委には情報公開請求)、違法な手続き等があれば法的手続きを執るなど、を挙げた。
また高嶋さんは、日本教育再生機構が他社の教科書を非難し続け、採択作業が始まる前から育鵬社版の見本本を独占販売している行為を、独占禁止法違反で公取に告発した、と述べた。
◆ 道徳教科化支える政治勢力
育鵬社は唯一、公民教科書の文科省提出用編修主意書に「道徳教育との関連」を謳う。その道徳教科化の弊害は、家永教科書裁判支援を引き継ぐ「子どもと教科書全国ネット」が10月24日、都内で開催した「教科書を考えるシンポジウム」で、世取山洋介新潟大学准教授が「特別な教科『道徳科』の学習指導要領解説を読み解く」とのテーマで講演した。
世取山さんはまず、第1次安倍政権が改定した教育基本法第2条「教育の目標」に規定する約20の徳目("国を愛する態度"を含む)は、1989年改定(卒業式等の"君が代"強制の規定が入った)の学習指導要領道徳編と同じで、「国家が民の上に立つ」という構造だ、と指摘した。
そして、検定教科書使用と評価を強制する道徳教科化で、教員は教育の専門家というより、"国家の意思の伝達者"になってしまう危険性がある、と述べた。
世取山さんは続いて、道徳教科化を支える政治勢力を3分類した。
① 旧文部省の復古的国家主義の末裔=特定の宗派に偏らない形で、国家統合を図る要として、宗教的情操(人間の力を超えたものに対する畏敬の念)を子供に植え付けるべしとする。
② 財界の"グローバル人材"育成派=国際的でありながら日本の利益を最優先。また、外国人と仲良くなりながらも、彼らから搾取することを厭わない。戦前・戦中の満州鉄道のエリートたちもこうだった。
③ 志願兵制度を支える"兵士作り"派=都教委主導で"防災教育"名目に高校生を自衛隊に連れて行き、行進訓練までやる"国防"教育が全国化する恐れあり。
◆ 文科省指導要領解説、人格入れ替え謀む
文科省著作の小学校道徳科の『新学習指導要領解説』(今年7月公表)は、内容の4分類中の「D 主として生命や自然、崇高なものとの関わりに関すること」の中の「よりよく生きる喜び」の徳目で、「人間は決して内在する弱さをそのままにはしておく存在ではなく、弱さを羞恥として受け止め、それを乗り越え誇りを感じることを通して、生きることへの喜びを感じる」と記述。
これについて世取山さんは、道徳的価値を達成できなかった子どもに「君は弱い。恥じろ=人格を入れ替えろ」と指導しろということだ、と分析。
道徳教科化は、子どもの自律的な良心形成にも科学的認識の形成にも、決定的ダメージを与える、と結んだ。
ところで文科省は、今年3月告示した中学校道徳科の新指導要領で、「日本人としての自覚をもって国を愛し」の直後に「国家・・・の形成者として」との文言を加筆。質疑応答時、筆者がこの加筆の意図を問うと、世取山さんは「『形成者』は『適応者』と読むべき」と回答した。
『週刊新社会』(2015年11月17日)
道徳の教科化で子どもの良心形成に障害 (週刊新社会)
永野厚男・教育ジャーナリスト
文科省が「政府統一見解や確定した判例」を必ず書かせるよう改悪した、新検定基準の初適用下で合格した社会科教科書の今夏の採択結果が出た。育鵬社"教科書"は採択増。一方、道徳も文科省が"愛国心"教育強化の新学習指導要領と同解説を出し、教科化に向け学校現場や教科書会社は戦々恐々。どう対抗していくか。
◆ 教科書採択に様々な圧力
育鵬社版は、日本教育再生機構(「つくる会」分裂後、設立。理事長は安倍氏ブレーンの八木秀次氏)のメンバーらが執筆。特に公民教科書は、①日本国憲法に反する"国防の義務"の必要性を強調、②「各国の改憲回数」の表を掲げ「各国は必要に応じ比較的頻繁に憲法改正を行っている」と宣伝。政権政党の広報誌のようだ。
だが今夏、各教育委員会の採択では、歴史が約7万3400冊(シェア6・5%)、公民が約6万7600冊(シェア5・8%)と採択率を伸ばしてしまった。
"愛国心"を調査研究項目に入れた橋下徹氏の大阪市や横浜市など保守系首長下の"大票田"がシェア増の大きな要因。だが、文科省が4月7日出した「教科書採択に際しての調査研究の充実」等を求める通知を、『産経新聞』が「教科書採択、教員推薦の1、2社から教委が選ぶ『絞り込み』禁止」などと報じた影響もある。
教育委員は大半が教育の専門家ではない。文科省が「教育委員が採択権限を持つ」とする現行制度下でも、教育委員は、生徒の実態を熟知する現場教員が調査研究し作成した資料を踏まえ、決定することが多い。小松親次郎初等中等教育局長は前記通知に関し、「調査研究資料は各教科書会社の順位付けも含め、優劣の評定を行うことを禁じていない」と答弁している(4月22日、衆議院文部科学委員会)。
但し実際には、教育委員も教科書に目を通し判断するので、調査研究資料にすべて拘束されるわけではない。良識ある現場教員に育鵬社を推す人が少ないから、『産経』は「絞り込み禁止」などと、歪曲報道したのだ。
高嶋伸欣琉球大名誉教授に育鵬社"教科書"への今後の対抗策を取材すると、①各教委に前記小松局長答弁を広げる、②育鵬社版を採択した教委については採択時の会議録を点検し(公表しない教委には情報公開請求)、違法な手続き等があれば法的手続きを執るなど、を挙げた。
また高嶋さんは、日本教育再生機構が他社の教科書を非難し続け、採択作業が始まる前から育鵬社版の見本本を独占販売している行為を、独占禁止法違反で公取に告発した、と述べた。
◆ 道徳教科化支える政治勢力
育鵬社は唯一、公民教科書の文科省提出用編修主意書に「道徳教育との関連」を謳う。その道徳教科化の弊害は、家永教科書裁判支援を引き継ぐ「子どもと教科書全国ネット」が10月24日、都内で開催した「教科書を考えるシンポジウム」で、世取山洋介新潟大学准教授が「特別な教科『道徳科』の学習指導要領解説を読み解く」とのテーマで講演した。
世取山さんはまず、第1次安倍政権が改定した教育基本法第2条「教育の目標」に規定する約20の徳目("国を愛する態度"を含む)は、1989年改定(卒業式等の"君が代"強制の規定が入った)の学習指導要領道徳編と同じで、「国家が民の上に立つ」という構造だ、と指摘した。
そして、検定教科書使用と評価を強制する道徳教科化で、教員は教育の専門家というより、"国家の意思の伝達者"になってしまう危険性がある、と述べた。
世取山さんは続いて、道徳教科化を支える政治勢力を3分類した。
① 旧文部省の復古的国家主義の末裔=特定の宗派に偏らない形で、国家統合を図る要として、宗教的情操(人間の力を超えたものに対する畏敬の念)を子供に植え付けるべしとする。
② 財界の"グローバル人材"育成派=国際的でありながら日本の利益を最優先。また、外国人と仲良くなりながらも、彼らから搾取することを厭わない。戦前・戦中の満州鉄道のエリートたちもこうだった。
③ 志願兵制度を支える"兵士作り"派=都教委主導で"防災教育"名目に高校生を自衛隊に連れて行き、行進訓練までやる"国防"教育が全国化する恐れあり。
◆ 文科省指導要領解説、人格入れ替え謀む
文科省著作の小学校道徳科の『新学習指導要領解説』(今年7月公表)は、内容の4分類中の「D 主として生命や自然、崇高なものとの関わりに関すること」の中の「よりよく生きる喜び」の徳目で、「人間は決して内在する弱さをそのままにはしておく存在ではなく、弱さを羞恥として受け止め、それを乗り越え誇りを感じることを通して、生きることへの喜びを感じる」と記述。
これについて世取山さんは、道徳的価値を達成できなかった子どもに「君は弱い。恥じろ=人格を入れ替えろ」と指導しろということだ、と分析。
道徳教科化は、子どもの自律的な良心形成にも科学的認識の形成にも、決定的ダメージを与える、と結んだ。
ところで文科省は、今年3月告示した中学校道徳科の新指導要領で、「日本人としての自覚をもって国を愛し」の直後に「国家・・・の形成者として」との文言を加筆。質疑応答時、筆者がこの加筆の意図を問うと、世取山さんは「『形成者』は『適応者』と読むべき」と回答した。
『週刊新社会』(2015年11月17日)
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