▼ 部下の対策進言を握りつぶした
東電役員を免罪した無罪判決 (『労働情報』)
9月19日、東電役員の刑事責任を問う裁判で、東京地方裁判所刑事4部(永淵健一裁判長)は、勝俣氏、武黒氏、武藤氏の三名被告人に対して、いずれも無罪とする判決を言い渡した。
事件はとても単純だ。
東電の土木グループは政府の見解に基づいて津波対策を講ずるべきことを、役員に進言した。しかし、役員は最終的に工事のコストが多額に上り、また地元から運転停止を求められることを恐れて対策を先送りにした。
そして、津波計算の結果を、国や県、専門家にも知らせず、国や、自治体、専門家、他会社に対して、疑問の声が広がらないように根回し工作を展開した。
東日本太平洋沖地震が発生し、予測していたのとほぼ同等の津波が福島原発に襲来した。
部下が進言していた対策を講じていれば、事故の発生は食い止められたと考えられる。
このような経過の下で、役員たちの過失責任を問えるかが、この裁判の焦点だった。
この判決には多くの問題点がある。
事故の被害、双葉病院の悲惨な状況に向き合っていないこと、当時の法令上の規制、国の審査基準の在り方は、絶対的安全性の確保までを前提としてはいなかったとし、原発については万が一の事故を防ぐ高い安全性が求められるという伊方最高裁判決の基準すら否定してしまったことが重大である。
▼ 停止以外の回避措置検討せず
そして、最大の問題点は、停止以外の結果回避措置を、検討の対象から外したことだろう。
推本の長期評価を踏まえた津波対策として、指定弁護士は防潮壁の設置、大物搬入口の水密化、主要機器のある部屋の水密化、代替電源などの高台設置などの対策をとるべきであり、それらの対策が取られるまで原子炉の停止をしておくべきだったとしていた。
にもかかわらず、判決は、停止以外の対策は間に合うという立証がないとして、停止が必要であったかだけを判断し、他の対策が可能だったか、これにより結果が回避できたかについては、検討も判断も示さなかった。
これらの点こそが、この裁判の最大の争点だった。
指定弁護士は、この論点の立証のために、東電とほぼ同時期に津波対策の検討を始めて、実際に対策を講じた東海第二原発における、水密化、防潮壁に代わる盛土の設置などの対策が、どのようなスピードで実施できたかを丹念に立証した。
また、防潮壁についても施工が可能であり、地震までに対策が完了できたことを示す証拠を提示した。
被告・弁護側も、仮に防潮壁を築いたとしても、敷地の南側、北側、中間点の3ヵ所に櫛の歯のような防潮堤を築くこととなったはずで、このような対策では、実際の地震の際に東側全面から襲来した津波の敷地への遡上を食い止めることはできなかったと主張し、対策が間に合うことを前提に反論を展開していた。
▼ 否定された「御前会議での了承」
当時の東電本店の原子力部門のナンバー2であった山下和彦中越沖地震対策センター長は、2008年2月16日の御前会議で、推本の長期評価にもとついて津波対策を実施する方針を被告人らに説明し、その方針が了承されたと供述した。
そして、山下氏は、津波高さが10m以下であれば、東電は09年の当初のバックチェック最終報告の時期までに津波対策工事を完了させていたはずであるとまで述べていた。
山下氏は、在宅での取調で複数回にわたって、このような供述を続けており、高い信用性が認められる。
ところが、判決は山下供述の信用性を否定したのである。
この会議で役員宛てに津波対策が説明されたことは社内のメールや議事録などにも残っている。
判決は、もし2月に会社の方針として了承されていたら、もう一度6月に武藤に説明に行くはずがないとしている。
しかし、2~3月の時点では津波の高さは10m以内に収まり、対策は4m盤上で完結すると考えられていた。
ところが最終的には高さが15・7mとなり、10m盤を大きく超えることとなり、必要な工事規模も格段に大きくなった。
10m盤の上の対策をどのように実施するかが6月の会議のテーマであり、武藤への報告と山下調書とは何の矛盾もない。
判決では推本の長期評価については、「直ちに停止を求めるだけの信頼性があったか」という観点で評価がなされているがこの問題設定そのものが誤っていることは前述した。
推本が、国の地震防災対策の基本となる公的な見解であることは判決も認めたが、判決は専門家や中央防災会議の見解を引用して、直ちに原発を停止させるだけの信頼性はなかったと結論付けた。
▼ 長期評価の信頼性を否定
しかし、推本の長期評価については、島崎邦彦長期評価部会長らが、議論を重ね、全員一致で見解をまとめていった過程を証言し、信頼性は高い。
国の安全審査の中核メンバーであった地震学者の阿部勝征氏についても「長期評価を取り入れるべき」という検察官調書があった。
長期評価の信頼性を否定する判決はきわめて強引で恣意的だ。
実は、日本原電の幹部や担当者は、推本津波に対する対策を講じていた。
東電の対策中止を聞いて、幹部から「こんな対策の先送りでいいのか」という疑問の声が上がり、東電の対策を辞めた理由について東電の酒井GMは、日本原電の担当者に「柏崎が止まっているのに、これで福島も止まったら経営的にどうなのかって話でね」と釈明せざるをえなくなっている。
東電は、長期評価を取り入れた津波高さが15・7mとなることについて、国には震災の4日前まで報告していない。
情報を隠していた東電が、国から原子炉を止めろと言われなかったから過失がないなんて、あまりにもひどすぎる。
この判決は司法の歴史に大きな汚点を残すものだ。原発事故を繰り返さないためには、判決をこのまま確定させてはいけない。
指定弁護士は30日に控訴を申し立てた。永淵判決を覆し、正義にかなった高裁判決を勝ち取りたい。ご支援を。
『労働情報』(2019年11月)
東電役員を免罪した無罪判決 (『労働情報』)
海渡雄一(東電刑事裁判 被害者代理人 弁護士)
9月19日、東電役員の刑事責任を問う裁判で、東京地方裁判所刑事4部(永淵健一裁判長)は、勝俣氏、武黒氏、武藤氏の三名被告人に対して、いずれも無罪とする判決を言い渡した。
事件はとても単純だ。
東電の土木グループは政府の見解に基づいて津波対策を講ずるべきことを、役員に進言した。しかし、役員は最終的に工事のコストが多額に上り、また地元から運転停止を求められることを恐れて対策を先送りにした。
そして、津波計算の結果を、国や県、専門家にも知らせず、国や、自治体、専門家、他会社に対して、疑問の声が広がらないように根回し工作を展開した。
東日本太平洋沖地震が発生し、予測していたのとほぼ同等の津波が福島原発に襲来した。
部下が進言していた対策を講じていれば、事故の発生は食い止められたと考えられる。
このような経過の下で、役員たちの過失責任を問えるかが、この裁判の焦点だった。
この判決には多くの問題点がある。
事故の被害、双葉病院の悲惨な状況に向き合っていないこと、当時の法令上の規制、国の審査基準の在り方は、絶対的安全性の確保までを前提としてはいなかったとし、原発については万が一の事故を防ぐ高い安全性が求められるという伊方最高裁判決の基準すら否定してしまったことが重大である。
▼ 停止以外の回避措置検討せず
そして、最大の問題点は、停止以外の結果回避措置を、検討の対象から外したことだろう。
推本の長期評価を踏まえた津波対策として、指定弁護士は防潮壁の設置、大物搬入口の水密化、主要機器のある部屋の水密化、代替電源などの高台設置などの対策をとるべきであり、それらの対策が取られるまで原子炉の停止をしておくべきだったとしていた。
にもかかわらず、判決は、停止以外の対策は間に合うという立証がないとして、停止が必要であったかだけを判断し、他の対策が可能だったか、これにより結果が回避できたかについては、検討も判断も示さなかった。
これらの点こそが、この裁判の最大の争点だった。
指定弁護士は、この論点の立証のために、東電とほぼ同時期に津波対策の検討を始めて、実際に対策を講じた東海第二原発における、水密化、防潮壁に代わる盛土の設置などの対策が、どのようなスピードで実施できたかを丹念に立証した。
また、防潮壁についても施工が可能であり、地震までに対策が完了できたことを示す証拠を提示した。
被告・弁護側も、仮に防潮壁を築いたとしても、敷地の南側、北側、中間点の3ヵ所に櫛の歯のような防潮堤を築くこととなったはずで、このような対策では、実際の地震の際に東側全面から襲来した津波の敷地への遡上を食い止めることはできなかったと主張し、対策が間に合うことを前提に反論を展開していた。
▼ 否定された「御前会議での了承」
当時の東電本店の原子力部門のナンバー2であった山下和彦中越沖地震対策センター長は、2008年2月16日の御前会議で、推本の長期評価にもとついて津波対策を実施する方針を被告人らに説明し、その方針が了承されたと供述した。
そして、山下氏は、津波高さが10m以下であれば、東電は09年の当初のバックチェック最終報告の時期までに津波対策工事を完了させていたはずであるとまで述べていた。
山下氏は、在宅での取調で複数回にわたって、このような供述を続けており、高い信用性が認められる。
ところが、判決は山下供述の信用性を否定したのである。
この会議で役員宛てに津波対策が説明されたことは社内のメールや議事録などにも残っている。
判決は、もし2月に会社の方針として了承されていたら、もう一度6月に武藤に説明に行くはずがないとしている。
しかし、2~3月の時点では津波の高さは10m以内に収まり、対策は4m盤上で完結すると考えられていた。
ところが最終的には高さが15・7mとなり、10m盤を大きく超えることとなり、必要な工事規模も格段に大きくなった。
10m盤の上の対策をどのように実施するかが6月の会議のテーマであり、武藤への報告と山下調書とは何の矛盾もない。
判決では推本の長期評価については、「直ちに停止を求めるだけの信頼性があったか」という観点で評価がなされているがこの問題設定そのものが誤っていることは前述した。
推本が、国の地震防災対策の基本となる公的な見解であることは判決も認めたが、判決は専門家や中央防災会議の見解を引用して、直ちに原発を停止させるだけの信頼性はなかったと結論付けた。
▼ 長期評価の信頼性を否定
しかし、推本の長期評価については、島崎邦彦長期評価部会長らが、議論を重ね、全員一致で見解をまとめていった過程を証言し、信頼性は高い。
国の安全審査の中核メンバーであった地震学者の阿部勝征氏についても「長期評価を取り入れるべき」という検察官調書があった。
長期評価の信頼性を否定する判決はきわめて強引で恣意的だ。
実は、日本原電の幹部や担当者は、推本津波に対する対策を講じていた。
東電の対策中止を聞いて、幹部から「こんな対策の先送りでいいのか」という疑問の声が上がり、東電の対策を辞めた理由について東電の酒井GMは、日本原電の担当者に「柏崎が止まっているのに、これで福島も止まったら経営的にどうなのかって話でね」と釈明せざるをえなくなっている。
東電は、長期評価を取り入れた津波高さが15・7mとなることについて、国には震災の4日前まで報告していない。
情報を隠していた東電が、国から原子炉を止めろと言われなかったから過失がないなんて、あまりにもひどすぎる。
この判決は司法の歴史に大きな汚点を残すものだ。原発事故を繰り返さないためには、判決をこのまま確定させてはいけない。
指定弁護士は30日に控訴を申し立てた。永淵判決を覆し、正義にかなった高裁判決を勝ち取りたい。ご支援を。
『労働情報』(2019年11月)
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