《労働情報》 =アジア@世界 スペシャル=
◆ トランプの雇用拡大策は企業減税・補助金と労働規制の廃止
トランプ次期大統領は選挙キャンペーンの中で差別的な憎悪発言を繰り返す一方で、国内産業の保護と雇用の確保を打ち出すことで「労働者の味方」というイメージを作り上げた。
当選後の12月1日にはインディアナ州を訪問し、同州の空調設備メーカーのキャリア社がメキシコへの工場移転計画の一部を中止したことを自らの成果として演出した。
同社は2月にインディアナ州のインディアナポリス工場(従業員1700人、研究員を含む)とハンテイントン工場(700人)の閉鎖とメキシコへの移転を発表した。トランプはこの機会をとらえて、3月7日のニューハンプシャー州での演説で、「(大統領になったら)この問題に介入し、キャリアのCEOに電話をかけてやる」と発言した。彼はまた、工場を国外に移転する企業の製品には米国への輸入に際して高率の関税を課すと宣言した。
3月以降、同州のマイク・ペンス知事(次期副大統領に選出された)の下でキャリア社の経営陣との交渉が繰り返されたが、同社は工場移転に固執した。7月の時点ではトランプの勝利は予想されていなかったため、労働組合も移転を前提として退職金等の交渉に備えていた。
トランプは当選後に、ヘイエスCEOに電話をかけ、移転計画の中止を求めた。その後2週間にわたってマイク・ペンス知事とユナイテッド・テクノロジーズ社経営陣の間で集中的な交渉が行われ、州が10年間にわたって計700万ドルの税控除を提供することを条件に同社は移転計画の一部を中止するという合意に達した。
この発表について、バーニー・サンダース上院議員は次のように指摘している。
「トランプは全員の雇用を守ると約束したが、発表では雇用が確保されるのは千人弱である。依然として千人以上の雇用が失われるにもかかわらずトランプは同社に税の優遇や規制の除外を約束した。…ユナイテッド・テクノロジーズ社はトランプの公約を人質に取って、思い通りの条件を勝ち取ったのだ」(「ワシントン・ポスト」紙12月1日付)。
同議員によると、同社の例に倣って他の企業も、工場移転をちらつかせることによって税控除や規制の除外を得ようとする可能性がある。ユナイテッド・テクノロジーズ社(従業員総数約20万人)は昨年度に76億ドルの利益を上げており、連邦政府や軍から60億ドルの受注を確保している。経営者の報酬は5千万ドル以上である。しかもすでに多額の補助金を得ている。
「こんな企業が政府による支援に値するのだろうか?トランプの場当たり的な雇用対策はこの国の貧富の格差を一層悪化させるだけである」(同)
サンダース議員は雇用を国外へ移転する企業には、それによる労務費削減額に相当する雇用移転税を課すこと、政府調達から外すこと、政府から受けてきた税控除や補助金を返還させることを提案しており、そのような内容の「雇用移転防止法」を準備している。
◆ 組合リーダーを名指し攻撃
キャリア社の労働者が加盟している全米鉄鋼労組(USW)第1999支部のチャック・ジョーンズ委員長は「1千人の雇用を守った」というトランプの発表に対して、次のように指摘し、非難した。
インディアナポリス工場の移転は中止されるが人員は700人に削減され、ハンティントン工場の移転は中止されていない。トランプが言う「1千人の雇用」にはもともと移転計画に含まれていない研究施設の従業員謝人が含まれている。
ジョーンズ委員長の批判に対してトランプはツイッターで「チャック・ジョーンズは労働者の代表として役に立たなかった。会社が逃げ出したくなるのも無理はない」、「組合が役に立つものだったらインディアナポリスの雇用を守れていただろう。おしゃべりを減らして、もっと仕事に時間を使え」と反撃した。
この応酬は全国の注目を集めた。雇用の移転が組合のせいであるかのような論理のスリカエ、そして(次期)大統領が労働組合の一支部のリーダーを名指しで攻撃するという異様な展開に、トランプを支持した労働者の間でも批判が上がっている。
バーニー・サンダースはジョーンズとの対談で、「ジョーンズは米国で一番有名な組合リーダーになった」と述べ、ジョーンズに連帯してトランプに約束を守らせようと呼びかけた(「CBSニュース」同8日付)。
ニューヨーク市長のビル・デ・ブラシオはトランプに反論して、「鉄鋼労組のような組合、ジョーンズのような委員長こそがあなたの反労働者的な政策からこの国を救おうとしているのだ」と述べた(「ザ・ネーション」誌同8日付)。
◆ 労働長官にはレストランチェーンの強欲経営者
トランプは労働長官にCKEレストランのCEO、アンドリュー・バズダーを任命する意向を発表した。
CKEグループはハーディーズ、カールズJRなどのレストラン・チェーンを保有している。
「ザ・ネーション」誌同9日付は「アンドリュー・バズダーを選ぶことによってトランプは19世紀後半、泥棒貴族の時代まで戻ろうとしている」と述べている。
彼はオバマ政権が導入した残業手当の適用範囲拡大や最低賃金引き上げ、有給の病休に反対しており、低賃金労働者が依存しているメディケードやフードスタンプにも反対している。
彼が経営する店舗はJRはカリフォルニア州だけでも最低賃金法や労働法違反で2千万ドルの罰金を課されている。
バズダーはまた、性差別主義者として批判されている。
カールズJRの広告はビキニ水着の女性がハンバーガーを食べている写真を使っており、彼は「私はこの広告が気に入っている。私は美しい女性がビキニ姿でハンバーガーを食べているのが好きだ。それは非常にアメリカ的だ」と語っている。
民主党のエリザベス・ウォレン上院議員は「労働者の保護に責任を負う連邦機関の責任者にバズダーを任命することはすべての勤労家族の顔を平手打ちするようなものだ」と非難した。
AFL・CIOは「(バズダーは)労働者と闘うことを名刺代わりにしているような男だ」と非難した。
バズダーの任命は、ファーストフード産業の労働者を中心に全国に広がった最賃15ドルの運動にも敵対している。
◆ 組合の存亡に関わる闘い
組合活動家の間では、トランプ政権の下で予想される労働政策は労働組合の存立そのものを脅かすという危機感が高まっている。
今日では労働組合の組織率は民間では7%まで下がっており、組合の交渉力は弱まっている。労働組合が強かった中西部のインディアナ、ミシガン、ウイスコンシンの各州でも、10年の選挙で共和党の知事が選出されて以降、労働組合の団交権の制限や、解雇を容易にするための「働く権利法」が次々と導入された。労働組合がほぼ解体されている南部の状況が全国化しつつある。
2つの教員組合やAFSCME(公務員労組)、SEIU(サービス従業員組合)など100万人規模の組合が健在である公共部門では組織率は30%余を維持している。
しかし、共和党が最高裁判事の任命権を握ったことにより、最高裁判事の構成が共和党に有利になることが予想される。
そのため、たとえばカリフォルニア教員組合に対して、非組合員の教員が起こしている訴訟で組合が敗訴し、同様の訴訟が広がった場合、組合組織は大きな打撃を受ける。
現在は州法によって、非組合員が組合の団体協約の適用を受けるには組合費の一定割合にあたる金額を納付しなければならない。この制度が違法とされた場合、労働者の団結が切り崩される可能性が大きい。
「アメリカン・プロスペクト」誌の編集長のハロルド・メイヤーソンは次のように述べている。
「労働組合の未来は明るいとは言えないが……労働組合は依然としてこの国のほとんどの大都市を統治しているリベラル連合の中軸であり、多くの州や市で最賃引上げを実現した運動を支えてきた。……民主党の中間派で、これまで労働組合の苦境に無関心だった人々の間でも経済格差の拡大についての認識と共に、強力な労働組合の必要についての新たな理解が広がっている。トランプの勝利はこの人々に、多民族で構成される唯一の巨大な大衆団体である労働組合の重要性を理解させるだろう」
世論調査によると大多数の米国人は組合の役割を認めており、特に「ミレニアム世代」の若者の間で組合への支持が最も強い。
「トランプの勝利は労働運動にとって存亡に関わる出来事であるが、歴史上どの国も、活気のある労働運動なしに労働者のまともな生活水準や社会的・政治的安定を実現したことはない」とメイヤーソンは述べている(「ワシントン.ポスト」紙11月23日付より)。
『労働情報 950・1号』(2017/1/1・15)
◆ トランプの雇用拡大策は企業減税・補助金と労働規制の廃止
喜多幡佳秀(APWSL日本)
トランプ次期大統領は選挙キャンペーンの中で差別的な憎悪発言を繰り返す一方で、国内産業の保護と雇用の確保を打ち出すことで「労働者の味方」というイメージを作り上げた。
当選後の12月1日にはインディアナ州を訪問し、同州の空調設備メーカーのキャリア社がメキシコへの工場移転計画の一部を中止したことを自らの成果として演出した。
同社は2月にインディアナ州のインディアナポリス工場(従業員1700人、研究員を含む)とハンテイントン工場(700人)の閉鎖とメキシコへの移転を発表した。トランプはこの機会をとらえて、3月7日のニューハンプシャー州での演説で、「(大統領になったら)この問題に介入し、キャリアのCEOに電話をかけてやる」と発言した。彼はまた、工場を国外に移転する企業の製品には米国への輸入に際して高率の関税を課すと宣言した。
3月以降、同州のマイク・ペンス知事(次期副大統領に選出された)の下でキャリア社の経営陣との交渉が繰り返されたが、同社は工場移転に固執した。7月の時点ではトランプの勝利は予想されていなかったため、労働組合も移転を前提として退職金等の交渉に備えていた。
トランプは当選後に、ヘイエスCEOに電話をかけ、移転計画の中止を求めた。その後2週間にわたってマイク・ペンス知事とユナイテッド・テクノロジーズ社経営陣の間で集中的な交渉が行われ、州が10年間にわたって計700万ドルの税控除を提供することを条件に同社は移転計画の一部を中止するという合意に達した。
この発表について、バーニー・サンダース上院議員は次のように指摘している。
「トランプは全員の雇用を守ると約束したが、発表では雇用が確保されるのは千人弱である。依然として千人以上の雇用が失われるにもかかわらずトランプは同社に税の優遇や規制の除外を約束した。…ユナイテッド・テクノロジーズ社はトランプの公約を人質に取って、思い通りの条件を勝ち取ったのだ」(「ワシントン・ポスト」紙12月1日付)。
同議員によると、同社の例に倣って他の企業も、工場移転をちらつかせることによって税控除や規制の除外を得ようとする可能性がある。ユナイテッド・テクノロジーズ社(従業員総数約20万人)は昨年度に76億ドルの利益を上げており、連邦政府や軍から60億ドルの受注を確保している。経営者の報酬は5千万ドル以上である。しかもすでに多額の補助金を得ている。
「こんな企業が政府による支援に値するのだろうか?トランプの場当たり的な雇用対策はこの国の貧富の格差を一層悪化させるだけである」(同)
サンダース議員は雇用を国外へ移転する企業には、それによる労務費削減額に相当する雇用移転税を課すこと、政府調達から外すこと、政府から受けてきた税控除や補助金を返還させることを提案しており、そのような内容の「雇用移転防止法」を準備している。
◆ 組合リーダーを名指し攻撃
キャリア社の労働者が加盟している全米鉄鋼労組(USW)第1999支部のチャック・ジョーンズ委員長は「1千人の雇用を守った」というトランプの発表に対して、次のように指摘し、非難した。
インディアナポリス工場の移転は中止されるが人員は700人に削減され、ハンティントン工場の移転は中止されていない。トランプが言う「1千人の雇用」にはもともと移転計画に含まれていない研究施設の従業員謝人が含まれている。
ジョーンズ委員長の批判に対してトランプはツイッターで「チャック・ジョーンズは労働者の代表として役に立たなかった。会社が逃げ出したくなるのも無理はない」、「組合が役に立つものだったらインディアナポリスの雇用を守れていただろう。おしゃべりを減らして、もっと仕事に時間を使え」と反撃した。
この応酬は全国の注目を集めた。雇用の移転が組合のせいであるかのような論理のスリカエ、そして(次期)大統領が労働組合の一支部のリーダーを名指しで攻撃するという異様な展開に、トランプを支持した労働者の間でも批判が上がっている。
バーニー・サンダースはジョーンズとの対談で、「ジョーンズは米国で一番有名な組合リーダーになった」と述べ、ジョーンズに連帯してトランプに約束を守らせようと呼びかけた(「CBSニュース」同8日付)。
ニューヨーク市長のビル・デ・ブラシオはトランプに反論して、「鉄鋼労組のような組合、ジョーンズのような委員長こそがあなたの反労働者的な政策からこの国を救おうとしているのだ」と述べた(「ザ・ネーション」誌同8日付)。
◆ 労働長官にはレストランチェーンの強欲経営者
トランプは労働長官にCKEレストランのCEO、アンドリュー・バズダーを任命する意向を発表した。
CKEグループはハーディーズ、カールズJRなどのレストラン・チェーンを保有している。
「ザ・ネーション」誌同9日付は「アンドリュー・バズダーを選ぶことによってトランプは19世紀後半、泥棒貴族の時代まで戻ろうとしている」と述べている。
彼はオバマ政権が導入した残業手当の適用範囲拡大や最低賃金引き上げ、有給の病休に反対しており、低賃金労働者が依存しているメディケードやフードスタンプにも反対している。
彼が経営する店舗はJRはカリフォルニア州だけでも最低賃金法や労働法違反で2千万ドルの罰金を課されている。
バズダーはまた、性差別主義者として批判されている。
カールズJRの広告はビキニ水着の女性がハンバーガーを食べている写真を使っており、彼は「私はこの広告が気に入っている。私は美しい女性がビキニ姿でハンバーガーを食べているのが好きだ。それは非常にアメリカ的だ」と語っている。
民主党のエリザベス・ウォレン上院議員は「労働者の保護に責任を負う連邦機関の責任者にバズダーを任命することはすべての勤労家族の顔を平手打ちするようなものだ」と非難した。
AFL・CIOは「(バズダーは)労働者と闘うことを名刺代わりにしているような男だ」と非難した。
バズダーの任命は、ファーストフード産業の労働者を中心に全国に広がった最賃15ドルの運動にも敵対している。
◆ 組合の存亡に関わる闘い
組合活動家の間では、トランプ政権の下で予想される労働政策は労働組合の存立そのものを脅かすという危機感が高まっている。
今日では労働組合の組織率は民間では7%まで下がっており、組合の交渉力は弱まっている。労働組合が強かった中西部のインディアナ、ミシガン、ウイスコンシンの各州でも、10年の選挙で共和党の知事が選出されて以降、労働組合の団交権の制限や、解雇を容易にするための「働く権利法」が次々と導入された。労働組合がほぼ解体されている南部の状況が全国化しつつある。
2つの教員組合やAFSCME(公務員労組)、SEIU(サービス従業員組合)など100万人規模の組合が健在である公共部門では組織率は30%余を維持している。
しかし、共和党が最高裁判事の任命権を握ったことにより、最高裁判事の構成が共和党に有利になることが予想される。
そのため、たとえばカリフォルニア教員組合に対して、非組合員の教員が起こしている訴訟で組合が敗訴し、同様の訴訟が広がった場合、組合組織は大きな打撃を受ける。
現在は州法によって、非組合員が組合の団体協約の適用を受けるには組合費の一定割合にあたる金額を納付しなければならない。この制度が違法とされた場合、労働者の団結が切り崩される可能性が大きい。
「アメリカン・プロスペクト」誌の編集長のハロルド・メイヤーソンは次のように述べている。
「労働組合の未来は明るいとは言えないが……労働組合は依然としてこの国のほとんどの大都市を統治しているリベラル連合の中軸であり、多くの州や市で最賃引上げを実現した運動を支えてきた。……民主党の中間派で、これまで労働組合の苦境に無関心だった人々の間でも経済格差の拡大についての認識と共に、強力な労働組合の必要についての新たな理解が広がっている。トランプの勝利はこの人々に、多民族で構成される唯一の巨大な大衆団体である労働組合の重要性を理解させるだろう」
世論調査によると大多数の米国人は組合の役割を認めており、特に「ミレニアム世代」の若者の間で組合への支持が最も強い。
「トランプの勝利は労働運動にとって存亡に関わる出来事であるが、歴史上どの国も、活気のある労働運動なしに労働者のまともな生活水準や社会的・政治的安定を実現したことはない」とメイヤーソンは述べている(「ワシントン.ポスト」紙11月23日付より)。
『労働情報 950・1号』(2017/1/1・15)
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