◆ いわゆる“袴田事件”高裁差し戻しが決定
巖さん、間もなく85歳に 一刻も早く再審開始・無罪判決を (『月刊 救援』)
◆ 最高裁の裁判官二人は再審開始をすべき!
昨年一二月二二日、最高裁判所第三小法廷は、原決定(一八年六月一一日、東京高裁再審取り消し決定)を取り消さなければ“著しく正義に反する”として、東京高裁に審理のやり直しを命じた。
なお、小法廷の裁判官二名は、この法廷で再審開始を決めるべきだ、との反対意見を述べている。
この差し戻し決定は、
(1)弁護団が最終意見書を出す前に判断したこと。
昨年一一月九日弁護団は、古い味噌の上に新しい味噌原料を重ねても、古い味噌の色は簿くならないこと。写真の色の退色は、判断に著しい影響を与えるほど進んでしていないこと。などを中心とした補充書を提出したばかりで、さらに次の補充書の準備をしていた。
(2)高裁の決定は、DNA鑑定の科学論争に巻き込まれ、弁護側鑑定人の人格まで攻撃していると批判。そして、弁護側鑑定を静岡地裁の再審開始決定は評価しすぎ(多数意見)、高裁取り消し決定は否定しすぎ(少数意見)とし、最高裁は、新証拠としてDNA鑑定は価値が低いと判断したこと。
(3)私たちが行った味噌漬け実験でも、検察官が行った味噌漬け実験でも、血液の色は短期間で黒くなっており、その濃淡もわからなくなる。この事実を最高裁は重要視したこと。
すなわち、味噌はメイラード反応と呼ばれる反応によって、色が徐々に濃くなる。では、五点の衣類に付着した血液の色変化はどうなるのか。メイラード反応が衣類に付着した血液の色にも、作用するのか否か、科学的な解明を東京高裁が怠った、と判断。原決定を取り消さなければ著しく正義に反する(決定書九ページ)、としたこと。
(4)決定書は全三三ページ。第三小法廷としての決定理由はおよそ九ページのみ。二人の裁判官の再審開始方向の補足意見(およそ一二ページ)と、二人の裁判官の再審開始をすべきという反対意見(およそ一ニページ)であったこと。
つまり、林道晴裁判長(高裁取消し決定時の東京高裁長官)以外は、積極的に自分の意見を述べ、特に、行政官・法学者出身の裁判官は、差し戻しではなく再審開始をすべきであると反対意見を述べていること。
大崎事件の決定書が手元にないので具体的な比較ができないが、大崎事件は最高裁自らが証拠の評価が誤っているとし、再審開始決定を覆すという暴挙であった。
しかし今回の判断では、もう一人の反対意見があれば、多数決で最高裁が再審開始の決定を下す内容であったこと。さらに今回の差し戻し決定は、五人の裁判官が個々に証拠を検討し判断する、という今までなかった姿勢が見え、(1)で前述した弁護団の最終意見書を待たない段階でも判断する、ということを示したことにもなること。
以上の四点だが、今回の決定は、裁判官一人ひとりの補足意見、反対意見が詳しく述べられていることだ。今までなかったような判断だ。
袴田さんは無実だという世論、それを裏付けるクラウドファンディングの成功も一因だろう。さらに、第三小法廷の裁判官に検察官出身者がいなかったのも幸いしたかもしれない。
◆ 久々の現地調査、集会には袴田巖さんも参加
袴田巌さんを救援する清水・静岡市民の会は、毎年一月末と事件発生日近くの六月末に集会を開催している。
今年はコロナ禍の影響で袴田巖さんの死刑が確定して四〇年になる、昨年一〇月二五日に集会、その前日の二四日に事件現場への現地調査を開催した。
事件当時からそこにある土蔵、その周りは背丈を超える草に覆われているが、火災の痕跡が今でも残る外壁は事件当時のままだ。
事件後建て直された被害者宅はもう六年以上空き家状態が続く。
一方、袴田さんが働き寝起きしていた工場と寮はすでに住宅地として分譲され、五点の衣類が発見された一号醸造タンク付近の敷地にも新しい住宅が建っている。
事件当時は被害者宅と自由に往来できた東海道本線の線路は、高いフェンスが作られている。確定判決で、袴田さんはこの線路を渡って被害者宅に侵入、さらに放火のために再度渡って侵入したとされた。
翌二五日の集会には、袴田さんが参加。集会冒頭の袴田さんの発言で初めて「こがね味噌」という言葉が出てきた。自分が犯人に仕立て上げられた味噌会社の名だ。本人が一番出したくなかった言葉である。
袴田さんはよどみなく饒舌に話されるが、その内容は脈絡がない。袴田さんの話はあくまでも自分の世界の話である。釈放されもうすぐ七年を経過するが、私たちが見えている景色とは違う世界の中に、袴田さんはいるようだ。改めて、死刑判決の残酷さと死刑囚が置かれる過酷な極限の世界がそこにはあるようだ。
◆ 課題が明らかになった
この差し戻し決定によって、再審開始・無罪判決に向けた私たちの課題が明らかになった。
まず、血液色変化の化学反応の解明だ。メイラード反応の進行が血液の色の変化に影響を与え、どの程度の時間で赤い血液が黒色になるのか科学的な証拠を裁判官に突きつけなくてはならない。
私たちは二〇年以上味噌漬け実験を繰り返してきた経験がある。これに科学的な裏付けを加えることに精力を注ぎたい。
第二に、再審開始、無罪判決を急ぐことだ。袴田さんは今年八五歳。未だに獄中四八年の後遺症は強く残っている。とにかく急がねばならない。そしてその間、袴田巌さんと姉・ひで子さんの健康伏照に留意し、お二人の健康を維持することだ。浜松の“巌さん見守り隊”の方々にご負担をおかけする。
第三に、五点の衣類が捏造された証拠だということを、他の観点から立証することだ。
最後に、この事件の酷さを常に世論に訴え、再審開始・無罪判決を求める私たちの声をより大きく広げ続けることだ。引き続きみなさまへ、支援の継続を訴えたい。
そしてこの間、袴田さんの無罪を願う方々の訃報が相次いだ。
「袴田君は無罪とすべきだ」と告白した一審静岡地裁の元裁判官の熊本典直さん、袴田さんの無実を信じて支援してくださった元同僚の渡辺蓮昭さん、そして免田栄さんと。この方々に、一刻も早く袴田巖さんの再審無罪の報を届けたい。
『月刊 救援 621号』(2021年1月10日)
巖さん、間もなく85歳に 一刻も早く再審開始・無罪判決を (『月刊 救援』)
◆ 最高裁の裁判官二人は再審開始をすべき!
昨年一二月二二日、最高裁判所第三小法廷は、原決定(一八年六月一一日、東京高裁再審取り消し決定)を取り消さなければ“著しく正義に反する”として、東京高裁に審理のやり直しを命じた。
なお、小法廷の裁判官二名は、この法廷で再審開始を決めるべきだ、との反対意見を述べている。
この差し戻し決定は、
(1)弁護団が最終意見書を出す前に判断したこと。
昨年一一月九日弁護団は、古い味噌の上に新しい味噌原料を重ねても、古い味噌の色は簿くならないこと。写真の色の退色は、判断に著しい影響を与えるほど進んでしていないこと。などを中心とした補充書を提出したばかりで、さらに次の補充書の準備をしていた。
(2)高裁の決定は、DNA鑑定の科学論争に巻き込まれ、弁護側鑑定人の人格まで攻撃していると批判。そして、弁護側鑑定を静岡地裁の再審開始決定は評価しすぎ(多数意見)、高裁取り消し決定は否定しすぎ(少数意見)とし、最高裁は、新証拠としてDNA鑑定は価値が低いと判断したこと。
(3)私たちが行った味噌漬け実験でも、検察官が行った味噌漬け実験でも、血液の色は短期間で黒くなっており、その濃淡もわからなくなる。この事実を最高裁は重要視したこと。
すなわち、味噌はメイラード反応と呼ばれる反応によって、色が徐々に濃くなる。では、五点の衣類に付着した血液の色変化はどうなるのか。メイラード反応が衣類に付着した血液の色にも、作用するのか否か、科学的な解明を東京高裁が怠った、と判断。原決定を取り消さなければ著しく正義に反する(決定書九ページ)、としたこと。
(4)決定書は全三三ページ。第三小法廷としての決定理由はおよそ九ページのみ。二人の裁判官の再審開始方向の補足意見(およそ一二ページ)と、二人の裁判官の再審開始をすべきという反対意見(およそ一ニページ)であったこと。
つまり、林道晴裁判長(高裁取消し決定時の東京高裁長官)以外は、積極的に自分の意見を述べ、特に、行政官・法学者出身の裁判官は、差し戻しではなく再審開始をすべきであると反対意見を述べていること。
大崎事件の決定書が手元にないので具体的な比較ができないが、大崎事件は最高裁自らが証拠の評価が誤っているとし、再審開始決定を覆すという暴挙であった。
しかし今回の判断では、もう一人の反対意見があれば、多数決で最高裁が再審開始の決定を下す内容であったこと。さらに今回の差し戻し決定は、五人の裁判官が個々に証拠を検討し判断する、という今までなかった姿勢が見え、(1)で前述した弁護団の最終意見書を待たない段階でも判断する、ということを示したことにもなること。
以上の四点だが、今回の決定は、裁判官一人ひとりの補足意見、反対意見が詳しく述べられていることだ。今までなかったような判断だ。
袴田さんは無実だという世論、それを裏付けるクラウドファンディングの成功も一因だろう。さらに、第三小法廷の裁判官に検察官出身者がいなかったのも幸いしたかもしれない。
◆ 久々の現地調査、集会には袴田巖さんも参加
袴田巌さんを救援する清水・静岡市民の会は、毎年一月末と事件発生日近くの六月末に集会を開催している。
今年はコロナ禍の影響で袴田巖さんの死刑が確定して四〇年になる、昨年一〇月二五日に集会、その前日の二四日に事件現場への現地調査を開催した。
事件当時からそこにある土蔵、その周りは背丈を超える草に覆われているが、火災の痕跡が今でも残る外壁は事件当時のままだ。
事件後建て直された被害者宅はもう六年以上空き家状態が続く。
一方、袴田さんが働き寝起きしていた工場と寮はすでに住宅地として分譲され、五点の衣類が発見された一号醸造タンク付近の敷地にも新しい住宅が建っている。
事件当時は被害者宅と自由に往来できた東海道本線の線路は、高いフェンスが作られている。確定判決で、袴田さんはこの線路を渡って被害者宅に侵入、さらに放火のために再度渡って侵入したとされた。
翌二五日の集会には、袴田さんが参加。集会冒頭の袴田さんの発言で初めて「こがね味噌」という言葉が出てきた。自分が犯人に仕立て上げられた味噌会社の名だ。本人が一番出したくなかった言葉である。
袴田さんはよどみなく饒舌に話されるが、その内容は脈絡がない。袴田さんの話はあくまでも自分の世界の話である。釈放されもうすぐ七年を経過するが、私たちが見えている景色とは違う世界の中に、袴田さんはいるようだ。改めて、死刑判決の残酷さと死刑囚が置かれる過酷な極限の世界がそこにはあるようだ。
◆ 課題が明らかになった
この差し戻し決定によって、再審開始・無罪判決に向けた私たちの課題が明らかになった。
まず、血液色変化の化学反応の解明だ。メイラード反応の進行が血液の色の変化に影響を与え、どの程度の時間で赤い血液が黒色になるのか科学的な証拠を裁判官に突きつけなくてはならない。
私たちは二〇年以上味噌漬け実験を繰り返してきた経験がある。これに科学的な裏付けを加えることに精力を注ぎたい。
第二に、再審開始、無罪判決を急ぐことだ。袴田さんは今年八五歳。未だに獄中四八年の後遺症は強く残っている。とにかく急がねばならない。そしてその間、袴田巌さんと姉・ひで子さんの健康伏照に留意し、お二人の健康を維持することだ。浜松の“巌さん見守り隊”の方々にご負担をおかけする。
第三に、五点の衣類が捏造された証拠だということを、他の観点から立証することだ。
最後に、この事件の酷さを常に世論に訴え、再審開始・無罪判決を求める私たちの声をより大きく広げ続けることだ。引き続きみなさまへ、支援の継続を訴えたい。
そしてこの間、袴田さんの無罪を願う方々の訃報が相次いだ。
「袴田君は無罪とすべきだ」と告白した一審静岡地裁の元裁判官の熊本典直さん、袴田さんの無実を信じて支援してくださった元同僚の渡辺蓮昭さん、そして免田栄さんと。この方々に、一刻も早く袴田巖さんの再審無罪の報を届けたい。
(山崎俊樹/袴田巌さんを救援する清水・静岡市民の会)
『月刊 救援 621号』(2021年1月10日)
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