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東京都の元「藤田先生を応援する会」有志によるブログ(2004年11月~2022年6月)のアーカイブ+αです。

野田正彰教授証人尋問

2009年05月17日 | ノンジャンル
 《2月18日(水)東京「君が代」裁判2次訴訟》
 ☆ 野田正彰教授証人尋問

 10時開廷、傍聴抽選には、160名の傍聴者が並びました。原告側の弁護士は、澤藤弁護士、青木弁護士、平松弁護士が、順次尋問に立ちました。

「報告集会」 《撮影:平田 泉》

☆「10.23通達」は「教師の職業倫理」に衝突する
 野田教授は、「教師の資格には2段階ある。まずは、教員免許を持って教員試験に合格したものが教師になれるわけだが、次の段階の資格は、個々の生徒との係わりの中で、自分にとっての教師像をつかみ、教師としての職業倫理を確立して全人格を打ち込んで得られる」と前置きしました。
 そして「命令で教育が成り立っならば、誰でも教師になれる。しかし、教育は子どもの全体的な理解と納得によって成り立つものであり、教師としての職業倫理は、自分の生き方を通して、自分で考え行動し、横の繋がりで共に生きようとすることで確立していくものである。教師の職業倫理とは、生徒と深くかかわり、生徒を取り巻く障害に共に立ち向かおうとする姿勢である」と野田教授は主張しました。
 この「教師としての職業倫理」と「10.23通達」が衝突するというわけです。この衝突は、「強制に従うわけにはいかないという倫理観」と「生き甲斐としての教師の職を奪われるという不安」との葛藤を引き起こし、精神的な苦痛を生み出します。
 この苦痛は、毎年行われる行事として、周期的にくり返されることにより、起立した人も不起立した人も、状況を解決できない無力感と自分は変わってしまったという喪失感を深刻化させ、誠実な教員を持続的に破壊していき、教育を破壊すると、野田教授は指摘しました。
☆聞き取り調査と鑑定結果

 野田教授は、1次原告からランダムに13人を抽出して面接・聞き取り調査を行い、また2次原告66名中64名について書面調査を行い、無力感・喪失感による精神的苦痛を5段階に点数化して診断しました。その結果をグラフにすると、1次原告・2次原告ともに3月4月に精神的負荷が顕著になっていることが分かりました。
  野田教授は、原告の精神的負荷と抑欝状態の大きさを指摘しました。本来は1次原告172入全員の聞き取り調査をやることが望ましいと考えられましたが、時間的な制約がありできなかったと野田教授は率直に述べました。
 そして、法廷では具体的な3名の原告の聞き取り調査結果による診断を報告しました。野田教授は、短時間だったにもかかわらず、3人の特徴をよくつかんでおり、第一段階としての教師になった時から、現場で悩み、苦労しながら、教師としての職業倫理をつかんで第2段階の教師になっていく過程をしっかり捉え、「10.23通達」がどのように精神的な負荷をかけ、どのような無力感・喪失感を生んでいき、身体症状にまで至るかを具体的に説明しました。
 そして、このような経過は、最も良質な教員を無力化していき、延いては文化の否定・文明の否定へとつながっていくと警告しました。
☆卑劣な反対講問

 反対尋問では、都側弁護士が、野田教授に対する偏見に満ちた尋問を行いました。野田教授が自らの思想信条に基づいて鑑定を行っており、鑑定結果は客観性に乏しいのではないかと誘導するような尋問を行ったり、また、オウム事件での麻原彰晃に対する精神鑑定書や光市母子殺人事件での精神鑑定を持ち出して、判決では野田教授の鑑定が取り上げられなかったなどと、直接関係のない刑事裁判を例に挙げて、野田意見書の意義をおとしめようとしました。
 しかし、落ち着いている野田教授にあしらわれ、都側弁護士のイヤらしさが目立ち、裁判長に制止される場面もありました。
☆傍聴者からの声
 傍聴者から「10.23通達」によって原告がどのような精神的被害を被ったのか、教師や教育がどのように破壊されるのかを分かりやすく語ってもらえたという感想が寄せられ、また多くの原告からは「悶々としていたものが野田教授の証言(分析)で当時を思い起こし“そうだ!そうだったんだ!”と理解やら納得出来、一部の心の闇が晴れた思いがした」と嬉しそうな表情での感想も寄せられました。
(片山むぎほ)

『おしつけないで』(2009.04.04 47号)
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