◆ 「児童虐待への処方箋は戦前道徳の復活」?
珍説をのたまうエセ保守議員の伝統軽視を斬る (ハーバー・ビジネス・オンライン)
先般報道された東京都目黒区での児童虐待死事件は、多くの国民の胸を引き裂く、じつに痛ましいものだった。私たちはこうした凄惨な事件に直面した際、何が問題で、果たしてどうすれば良かったのかを自問自答し、同じ過ちが繰り返されないよう改善への方途を探ろうとする。児童虐待はこの社会が抱える宿痾だが、少しでもその数を減らすべく、制度設計や法整備等の必要な措置を、政府と国会とが連携して進めてゆくことを期待したい。
ただ、そうした改善への動きが、明らかに間違った知識や考え方から行われようとしている場合、しかもそれがあろうことか与党所属の現役国会議員によって行われようとしている場合、やはりそれを座視することはできない。
“われわれ日本人が戦後壊してきた道徳感であるとか価値観であるとか、弱い者いじめをしないとか、力がある者は力の無いものに手を挙げない、暴力を振るわないとかっていうのが、当たり前にできていた日本人の道徳観というのが壊されてきたっていうのも、私は大きな原因になっていると思ってます。児童虐待にしてもこのDVにしても。あともっといえば離婚が増えたとかね。だって昔はみんなお見合い結婚だったわけですよ。それでもみんな最後まで添い遂げてほとんど離婚しなかったけど、こんだけみんな恋愛結婚になったのに、すぐ離婚しちゃうっていうこともあるわけです。“
これは6月22日に公開された「児童虐待は虐待する大人を無くすことも大切です①」と題する動画内での自民党所属の杉田水脈衆院議員による発言だ。
当該発言のどこが問題か。読者諸賢はすでにお気付きだろう。
すべてである。
◆ 戦前の日本人は児童を虐待しなかった?
杉田議員は動画内において、昭和40年代に自治体職員として児童相談所への勤務経験があるという自身の父親が「虐待の通報は5年間でたった1件しかなかった」と語ったことから、現今の児童相談所における児童虐待対応件数の急激な増加の理由を、上記したような戦後における日本人の道徳観の破壊に求めている。
きちんとしたデータや統計ではなく、単なる肉親の昔話が根拠となっている時点で頭を抱えた読者諸賢も少なくないとは思うが、まだこれは序の口なのでもうしばらくお付き合いいただきたい。
さて、厚労省の資料を見ても確かに児童虐待対応件数は平成2年度以降増加の一途を辿っている。
他方、杉田議員の論法で言えば、高い道徳を持つ戦前の日本人は、現代とは違って児童虐待をしないか、仮にあったとしても極端に少ないことになる。そんな杉田議員にお薦めしたい文献がこちら。
1.吉見香「戦前の日本の児童虐待に関する研究と論点」
https://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/51129/1/Yoshimi.pdf
2.片岡優子「原胤昭の生涯とその事業―児童虐待防止事業を中心として一」
https://ci.nii.ac.jp/els/contentscinii_20180623040238.pdf?id=ART0009148609
1は、戦前に刊行された雑誌の記事から当時の児童虐待の実態に追ったもの。
2は、監獄の教誨師を務めたクリスチャンで、明治42年から児童虐待防事業に取り組んだ原胤昭についてまとめたもの。
どちらを読んでも児童虐待の主な原因は貧困・継子・養子であって、虐待の内実が暴力とネグレクトが中心である点も現代と何ら変わりはない。
そもそも旧児童虐待防止法が制定されたのは昭和8年のこと。そもそも高い道徳観を具備しているがゆえに虐待などするはずのない戦前の日本人にどうして「防止法」が必要なのか、不思議でならない。
◆ ググって瞬時にわかる間違い
離婚率についてはどうか。こちらも厚労省発表の統計によれば戦後一貫して上昇傾向が認められるものの2002年を頭打ちにその後は減少に転じている。
しかし、実は明治30年以前の日本人の離婚率は、現在の1.5倍以上という極めて高い水準にあった。(参考:社会実情データ図録)
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2777.html
明治31年を境に離婚率が急激な減少に転じたのは、同年に親族・相続について定めた明治民法が成立したためで、法整備によって離婚のハードルが上がった結果に過ぎない。
明治中期までの離婚率の高さは江戸時代以来のものであって、前近代の日本人がしばしば離婚(多くは夫が妻を半ば一方的に追い出す形をとる)と再婚を繰り返していたことは学界では常識に属する
(詳しくは高木侃著・平凡社刊の『三くだり半ー江戸の離婚と女性たち』や、湯沢雍彦他著・クレス出版刊の『百年前の家庭生活』等を参照されたい)。
なおDVについては戦前の統計は確認できなかったが、離婚の原因に配偶者の暴力があったことは容易に想像でき、これも道徳観との関係は認めがたい。
https://amzn.to/2tyMuJu
https://amzn.to/2KtjoVf
そもそも上記の文献の大半は「戦前 児童虐待」「戦前 離婚」等のキーワードでググって(=google検索して)上位に出てきたもので、以上はあくまでそれらを読んで整理してみたまでのものである。
杉田議員は動画の中で、昨今の児童虐待通報件数や警察のDV対応件数の増加について「これまでは表になってなかっただけかも知れない」などと留保をつけてはいる。
ただそのように思ったのであれば、なぜ彼女は上記したキーワード等で検索し、自身の考えが単なる思い込みではないかどうか検証することすらせず、戦前の日本人の道徳うんぬんといったあやふやな与太話を繰り広げるのだろうか。
ググって瞬時にわかるこの程度の誤解を放置する態度は、選良たる国会議員としてあまりにも怠惰だと言うほかない。
◆ 教育勅語のなかの中国
杉田議員の語る戦前の日本人の道徳観の中核は、どうやら明治23年に発布された教育勅語であると見て間違いなさそうだ。2015年に杉田議員は自身のブログで「ヘイトスピーチ規制法案よりも『教育勅語復活』」と題したエントリーを書いている。
児童虐待のみならず、DV・離婚・ヘイトスピーチなど、あらゆる社会問題を解決してくれるらしい教育勅語はさながら万能薬で、仮にこれが事実だとすれば、日本のみならず世界中で即座に導入すべきものということになる。
ところで教育勅語は明朝の洪武帝(1328-1398)による「六諭」、清朝の康熙帝(1661-1722)による「聖諭十六條」といった中国の皇帝の名のもとに頒布された教訓の模倣であったことが知られている(参照:たぬき日乗「禮教のない国の儒教道徳」)。
http://d.hatena.ne.jp/Raccoon1980/20170310/1489128403
明治25年刊行の重野安繹『教育勅語衍義』には、ほぼ全ての語句に中国古典の出典(元ネタ)があることが指摘されているし、またその内容も五倫を重んじた朱子学の強い影響下に書かれたことが明らかにされている(参照:井ノ口哲也「朱子学と教育勅語」)。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/759239
http://ir.c.chuo-u.ac.jp/repository/search/binary/p/8258/s/6401/
もちろん教育勅語は近代的な立憲君主制下における「臣民」のあるべき姿を説いたものなので儒教一辺倒というわけではない。しかしその基礎となる部分に中国宋代に成立した朱子学があることは、肥後藩士の家に生まれ、明治天皇の侍読を務めた儒学者の元田永孚が起草に関与していることからも疑いない。
平成26年4月25日の衆議院文部科学委員会で文科大臣(当時)として「(教育勅語には)今日でも通用する普遍的なものがある」と答弁した下村博文議員をはじめ、この杉田議員、和田政宗議員、稲田朋美議員といった教育勅語の復活を唱える自称保守連中は、中国由来の儒学(朱子学)の徳目こそが日本を救うと主張しているにほぼ等しい。
少しでも中国と関係があろうものなら「スパイ」だの「プロパガンダ」だの「工作」だのと騒ぎ立てる連中が支持するような議員こそが、熱心に中国由来の思想を広めようとしている可能性が浮上してきたわけなので、「日本を愛する普通の日本人」諸兄としてはそうした「危険分子」をしっかりと注視していくことを強くお薦めする。
◆ 日本固有の道徳とは何か?
日本オリジナルの道徳や神道とは何かを徹底して考え抜いた人物に、江戸時代の国学者、本居宣長がいる。
宣長は当時の日本に深く浸透していた儒教や仏教という外来思想と格闘し、それらを振り払った先にあるはずの日本固有の道徳観念を析出すべく、本邦の古典を読み解いていった思想家だ。仮に宣長に対し、明治天皇の名において渙発された事を伏せたまま、教育勅語を見せたならば恐らく彼は即座にこう断じたはずだ。「このどこが日本の道徳か!儒教まみれではないか!」、と。
では、宣長の考える日本固有の道徳とは何か? 宣長の思索の特徴に「漢意(からごころ=儒教的な物の考え方)批判」と呼ばれるものがある。これは単なる中国批判ではない。
はるか昔から中国文明の影響下にあった日本人には、ほぼ無意識のレベルにまで儒学的な思考様式が染み付いている。日本において善悪を判断し、物事の道理を明らかにすること自体、どこまで行っても漢意の枠組みから逃れられないと言うのだ(『玉勝間』)。
杉田水脈議員のいう「反日日本人」や左翼への批判と一見似ているようが、この先の理路が決定的に異なる。
宣長は主著『古事記伝』の総論である「直毘霊(なおびのみたま)」という文章の中で、「実は道あるが故に道てふ言なく、道てふことなけれど、道ありしなりけり」という不思議な言い回しをしている。宣長の言わんとするところを敷衍するとこうだ。
『古事記』をいくら読んだところで、そこには神々をめぐる様々なエピソードの羅列があるばかりで、儒教の説くような道徳も仏教のような教えも何もない。だが、これは中国文明から影響を受ける前の日本が、そもそもそうした道徳も教えも一切必要としなかったことを意味する。道徳も教えもないまま穏やかに統治され、皇統が神話の時代から連綿と続いていたのが古代の日本なのだ。
古代の日本人はおのずから、つねにすでに道徳的なのであり、そこには一切の不道徳は存在しない。不道徳が存在しない以上、古代日本には「道徳」などという言葉も観念もそもそも必要なかったので『古事記』にも「道徳」を意味する「ミチ」という語は使われていないのだ、と。これが宣長の言う日本固有の道徳の姿だ。
◆ エセ保守主義者の伝統軽視
だれしも気付くように、本居宣長のいう日本の道徳は全く実践的ではない。
倫理も制度も法も禁忌も一切なにもなく、あるがままのどこまでもまっすぐな神々と人々によって平穏に営まれていたのが、中国文明と接触する前の日本社会だというのだから、結局、何もしないことが最善ということになる。
これを今日的な視点から荒唐無稽だと笑うのはたやすい。だが、宣長のあくまで妥協を退け、文献に即して厳密に自国について考え抜こうとする姿勢を、安易に教育勅語などに飛び付く今日のエセ保守主義者たちは少しでも見習ってはいかがか。
まさか保守を自称しておきながら、明治維新以前の日本を一切無視するなどという愚を犯すはずもなかろうが、昨年末「(江戸時代は)400年間、戦争をしていない」などと異次元の歴史観を披露し、ネット上に混沌をもたらした杉田水脈議員のことであるから、本稿の内容がどこまで理解されるのか、正直心許ない。
ともあれ、杉田議員は、せっかく『万葉集』に出典を持つ名前をお持ちなのだから、せめてもう少し自国の文化と伝統を尊重し、真摯に学んでいただきたいものである。
それが先述したような安易な戦前日本の理想化からの脱却へとつながる道でもあり、真の意味での骨太な保守派国会議員として、その名に恥じない仕事をしていただく端緒となると筆者は確信している。
それにしても、昨今の日本に跋扈するこうした「自称保守」の人々は、単なる昭和初頭から終戦までの日本のファシズム期ファンクラブの不勉強で怠惰な会員に過ぎないのではないか。
そのような輩はいさぎよく「保守」を僭称するのは今後一切やめ、正直に「ファシスト」と名乗っていただきたいと、ひとりの愛国者として申し上げておく。
<文・GEISTE(Twitter ID:@j_geiste〉 photo by kimura2 via pixabay(CC0 Public Domain)>
『ハーバー・ビジネス・オンライン』(2018年06月30日)
https://hbol.jp/169289
珍説をのたまうエセ保守議員の伝統軽視を斬る (ハーバー・ビジネス・オンライン)
先般報道された東京都目黒区での児童虐待死事件は、多くの国民の胸を引き裂く、じつに痛ましいものだった。私たちはこうした凄惨な事件に直面した際、何が問題で、果たしてどうすれば良かったのかを自問自答し、同じ過ちが繰り返されないよう改善への方途を探ろうとする。児童虐待はこの社会が抱える宿痾だが、少しでもその数を減らすべく、制度設計や法整備等の必要な措置を、政府と国会とが連携して進めてゆくことを期待したい。
ただ、そうした改善への動きが、明らかに間違った知識や考え方から行われようとしている場合、しかもそれがあろうことか与党所属の現役国会議員によって行われようとしている場合、やはりそれを座視することはできない。
“われわれ日本人が戦後壊してきた道徳感であるとか価値観であるとか、弱い者いじめをしないとか、力がある者は力の無いものに手を挙げない、暴力を振るわないとかっていうのが、当たり前にできていた日本人の道徳観というのが壊されてきたっていうのも、私は大きな原因になっていると思ってます。児童虐待にしてもこのDVにしても。あともっといえば離婚が増えたとかね。だって昔はみんなお見合い結婚だったわけですよ。それでもみんな最後まで添い遂げてほとんど離婚しなかったけど、こんだけみんな恋愛結婚になったのに、すぐ離婚しちゃうっていうこともあるわけです。“
これは6月22日に公開された「児童虐待は虐待する大人を無くすことも大切です①」と題する動画内での自民党所属の杉田水脈衆院議員による発言だ。
当該発言のどこが問題か。読者諸賢はすでにお気付きだろう。
すべてである。
◆ 戦前の日本人は児童を虐待しなかった?
杉田議員は動画内において、昭和40年代に自治体職員として児童相談所への勤務経験があるという自身の父親が「虐待の通報は5年間でたった1件しかなかった」と語ったことから、現今の児童相談所における児童虐待対応件数の急激な増加の理由を、上記したような戦後における日本人の道徳観の破壊に求めている。
きちんとしたデータや統計ではなく、単なる肉親の昔話が根拠となっている時点で頭を抱えた読者諸賢も少なくないとは思うが、まだこれは序の口なのでもうしばらくお付き合いいただきたい。
さて、厚労省の資料を見ても確かに児童虐待対応件数は平成2年度以降増加の一途を辿っている。
他方、杉田議員の論法で言えば、高い道徳を持つ戦前の日本人は、現代とは違って児童虐待をしないか、仮にあったとしても極端に少ないことになる。そんな杉田議員にお薦めしたい文献がこちら。
1.吉見香「戦前の日本の児童虐待に関する研究と論点」
https://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/51129/1/Yoshimi.pdf
2.片岡優子「原胤昭の生涯とその事業―児童虐待防止事業を中心として一」
https://ci.nii.ac.jp/els/contentscinii_20180623040238.pdf?id=ART0009148609
1は、戦前に刊行された雑誌の記事から当時の児童虐待の実態に追ったもの。
2は、監獄の教誨師を務めたクリスチャンで、明治42年から児童虐待防事業に取り組んだ原胤昭についてまとめたもの。
どちらを読んでも児童虐待の主な原因は貧困・継子・養子であって、虐待の内実が暴力とネグレクトが中心である点も現代と何ら変わりはない。
そもそも旧児童虐待防止法が制定されたのは昭和8年のこと。そもそも高い道徳観を具備しているがゆえに虐待などするはずのない戦前の日本人にどうして「防止法」が必要なのか、不思議でならない。
◆ ググって瞬時にわかる間違い
離婚率についてはどうか。こちらも厚労省発表の統計によれば戦後一貫して上昇傾向が認められるものの2002年を頭打ちにその後は減少に転じている。
しかし、実は明治30年以前の日本人の離婚率は、現在の1.5倍以上という極めて高い水準にあった。(参考:社会実情データ図録)
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2777.html
明治31年を境に離婚率が急激な減少に転じたのは、同年に親族・相続について定めた明治民法が成立したためで、法整備によって離婚のハードルが上がった結果に過ぎない。
明治中期までの離婚率の高さは江戸時代以来のものであって、前近代の日本人がしばしば離婚(多くは夫が妻を半ば一方的に追い出す形をとる)と再婚を繰り返していたことは学界では常識に属する
(詳しくは高木侃著・平凡社刊の『三くだり半ー江戸の離婚と女性たち』や、湯沢雍彦他著・クレス出版刊の『百年前の家庭生活』等を参照されたい)。
なおDVについては戦前の統計は確認できなかったが、離婚の原因に配偶者の暴力があったことは容易に想像でき、これも道徳観との関係は認めがたい。
https://amzn.to/2tyMuJu
https://amzn.to/2KtjoVf
そもそも上記の文献の大半は「戦前 児童虐待」「戦前 離婚」等のキーワードでググって(=google検索して)上位に出てきたもので、以上はあくまでそれらを読んで整理してみたまでのものである。
杉田議員は動画の中で、昨今の児童虐待通報件数や警察のDV対応件数の増加について「これまでは表になってなかっただけかも知れない」などと留保をつけてはいる。
ただそのように思ったのであれば、なぜ彼女は上記したキーワード等で検索し、自身の考えが単なる思い込みではないかどうか検証することすらせず、戦前の日本人の道徳うんぬんといったあやふやな与太話を繰り広げるのだろうか。
ググって瞬時にわかるこの程度の誤解を放置する態度は、選良たる国会議員としてあまりにも怠惰だと言うほかない。
◆ 教育勅語のなかの中国
杉田議員の語る戦前の日本人の道徳観の中核は、どうやら明治23年に発布された教育勅語であると見て間違いなさそうだ。2015年に杉田議員は自身のブログで「ヘイトスピーチ規制法案よりも『教育勅語復活』」と題したエントリーを書いている。
児童虐待のみならず、DV・離婚・ヘイトスピーチなど、あらゆる社会問題を解決してくれるらしい教育勅語はさながら万能薬で、仮にこれが事実だとすれば、日本のみならず世界中で即座に導入すべきものということになる。
ところで教育勅語は明朝の洪武帝(1328-1398)による「六諭」、清朝の康熙帝(1661-1722)による「聖諭十六條」といった中国の皇帝の名のもとに頒布された教訓の模倣であったことが知られている(参照:たぬき日乗「禮教のない国の儒教道徳」)。
http://d.hatena.ne.jp/Raccoon1980/20170310/1489128403
明治25年刊行の重野安繹『教育勅語衍義』には、ほぼ全ての語句に中国古典の出典(元ネタ)があることが指摘されているし、またその内容も五倫を重んじた朱子学の強い影響下に書かれたことが明らかにされている(参照:井ノ口哲也「朱子学と教育勅語」)。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/759239
http://ir.c.chuo-u.ac.jp/repository/search/binary/p/8258/s/6401/
もちろん教育勅語は近代的な立憲君主制下における「臣民」のあるべき姿を説いたものなので儒教一辺倒というわけではない。しかしその基礎となる部分に中国宋代に成立した朱子学があることは、肥後藩士の家に生まれ、明治天皇の侍読を務めた儒学者の元田永孚が起草に関与していることからも疑いない。
平成26年4月25日の衆議院文部科学委員会で文科大臣(当時)として「(教育勅語には)今日でも通用する普遍的なものがある」と答弁した下村博文議員をはじめ、この杉田議員、和田政宗議員、稲田朋美議員といった教育勅語の復活を唱える自称保守連中は、中国由来の儒学(朱子学)の徳目こそが日本を救うと主張しているにほぼ等しい。
少しでも中国と関係があろうものなら「スパイ」だの「プロパガンダ」だの「工作」だのと騒ぎ立てる連中が支持するような議員こそが、熱心に中国由来の思想を広めようとしている可能性が浮上してきたわけなので、「日本を愛する普通の日本人」諸兄としてはそうした「危険分子」をしっかりと注視していくことを強くお薦めする。
◆ 日本固有の道徳とは何か?
日本オリジナルの道徳や神道とは何かを徹底して考え抜いた人物に、江戸時代の国学者、本居宣長がいる。
宣長は当時の日本に深く浸透していた儒教や仏教という外来思想と格闘し、それらを振り払った先にあるはずの日本固有の道徳観念を析出すべく、本邦の古典を読み解いていった思想家だ。仮に宣長に対し、明治天皇の名において渙発された事を伏せたまま、教育勅語を見せたならば恐らく彼は即座にこう断じたはずだ。「このどこが日本の道徳か!儒教まみれではないか!」、と。
では、宣長の考える日本固有の道徳とは何か? 宣長の思索の特徴に「漢意(からごころ=儒教的な物の考え方)批判」と呼ばれるものがある。これは単なる中国批判ではない。
はるか昔から中国文明の影響下にあった日本人には、ほぼ無意識のレベルにまで儒学的な思考様式が染み付いている。日本において善悪を判断し、物事の道理を明らかにすること自体、どこまで行っても漢意の枠組みから逃れられないと言うのだ(『玉勝間』)。
杉田水脈議員のいう「反日日本人」や左翼への批判と一見似ているようが、この先の理路が決定的に異なる。
宣長は主著『古事記伝』の総論である「直毘霊(なおびのみたま)」という文章の中で、「実は道あるが故に道てふ言なく、道てふことなけれど、道ありしなりけり」という不思議な言い回しをしている。宣長の言わんとするところを敷衍するとこうだ。
『古事記』をいくら読んだところで、そこには神々をめぐる様々なエピソードの羅列があるばかりで、儒教の説くような道徳も仏教のような教えも何もない。だが、これは中国文明から影響を受ける前の日本が、そもそもそうした道徳も教えも一切必要としなかったことを意味する。道徳も教えもないまま穏やかに統治され、皇統が神話の時代から連綿と続いていたのが古代の日本なのだ。
古代の日本人はおのずから、つねにすでに道徳的なのであり、そこには一切の不道徳は存在しない。不道徳が存在しない以上、古代日本には「道徳」などという言葉も観念もそもそも必要なかったので『古事記』にも「道徳」を意味する「ミチ」という語は使われていないのだ、と。これが宣長の言う日本固有の道徳の姿だ。
◆ エセ保守主義者の伝統軽視
だれしも気付くように、本居宣長のいう日本の道徳は全く実践的ではない。
倫理も制度も法も禁忌も一切なにもなく、あるがままのどこまでもまっすぐな神々と人々によって平穏に営まれていたのが、中国文明と接触する前の日本社会だというのだから、結局、何もしないことが最善ということになる。
これを今日的な視点から荒唐無稽だと笑うのはたやすい。だが、宣長のあくまで妥協を退け、文献に即して厳密に自国について考え抜こうとする姿勢を、安易に教育勅語などに飛び付く今日のエセ保守主義者たちは少しでも見習ってはいかがか。
まさか保守を自称しておきながら、明治維新以前の日本を一切無視するなどという愚を犯すはずもなかろうが、昨年末「(江戸時代は)400年間、戦争をしていない」などと異次元の歴史観を披露し、ネット上に混沌をもたらした杉田水脈議員のことであるから、本稿の内容がどこまで理解されるのか、正直心許ない。
ともあれ、杉田議員は、せっかく『万葉集』に出典を持つ名前をお持ちなのだから、せめてもう少し自国の文化と伝統を尊重し、真摯に学んでいただきたいものである。
それが先述したような安易な戦前日本の理想化からの脱却へとつながる道でもあり、真の意味での骨太な保守派国会議員として、その名に恥じない仕事をしていただく端緒となると筆者は確信している。
それにしても、昨今の日本に跋扈するこうした「自称保守」の人々は、単なる昭和初頭から終戦までの日本のファシズム期ファンクラブの不勉強で怠惰な会員に過ぎないのではないか。
そのような輩はいさぎよく「保守」を僭称するのは今後一切やめ、正直に「ファシスト」と名乗っていただきたいと、ひとりの愛国者として申し上げておく。
<文・GEISTE(Twitter ID:@j_geiste〉 photo by kimura2 via pixabay(CC0 Public Domain)>
『ハーバー・ビジネス・オンライン』(2018年06月30日)
https://hbol.jp/169289
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます