《「子どもと教科書全国ネット21ニュース」から》
◆ 大学生が向き合う加害の歴史
~『「日韓」のモヤモヤと大学生のわたし』を刊行して
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◆ はじめに
今年7月、加藤圭木監修、一橋大学社会学部加藤圭木ゼミナール編『「日韓」のモヤモヤと大学生のわたし』(大月書店)が刊行された。
本書は、朝鮮近現代史専攻のゼミに所属する学生5名による日本と朝鮮半島の歴史問題に関する入門書である。
本書は発売から1ケ月強で4刷となり、この種のテーマの本としては異例の売り上げとなっている。特にK-POPファンのあいだで本書が話題になっているが、これは過去にはなかった現象で注目される。
本書の作成の経緯と特徴、反響などを紹介したい。
◆ 「嫌韓」と韓国文化の人気
本書を作成することになった背景として、日本社会の歴史認識・韓国認識の現状を確認しておこう。
日本政府は朝鮮侵略・植民地支配の問題に誠実に向き合わず、十分に貰任を果たしていない。
日本社会では、日本が過去におこなった植民地支配は「日本の植民地支配はよいこともした」というような意見が強い影響力を持ち、ネットや雑誌・新聞・テレビは韓国へのバッシングや「嫌韓」であふれている。
だが、これは政府や一部の論者やメディア、右派の論者だけの問題ではない。日本社会では、根本的な問題として、日本の植民地支配が朝鮮民族に甚大な被害を与えたという事実自体が十分に共有されていない。
こうした中で韓国文化が大変な人気を博している。だが、韓国文化の普及は、大勢としては歴史認識の深化にはつながっていない。韓国文化好き人びとの多くは、歴史問題とは距離をとって「文化だけを楽しもう」と考える傾向がある。
たとえば、K-POPアイドルが日本の植民地支配に批判的姿勢を示すと、日本のネット上では「反日だ!」と騒ぎになる。
そのアイドルによる批判は正当なものであるが、ファンの側は歴史的知識がなければその当否の判断ができない。「好きなアイドルが反日だったら悲しいから、考えるのをやめよう」。そのように感じる人が少なくないという。
韓国文化は流行っているのに、日本の加害の歴史は無視されている。こうした日本社会の状況への危機感こそが、本書作成の原動力となった。
◆ 本書の作成に至るまで
本書を作成したのは2020年度のゼミ生有志5名である(当時の学年で3年生3名、4年生2名)。
この年のゼミは新型コロナウイルス感染症拡大の中でオンライン化されるなど困難な状況ではじまったが、例年以上に議論が盛り上がっていった。
ゼミでは、参加者が日頃から考えていた日本社会に対する違和感や疑問、つまりモヤモヤが語られた。
たとえば、「どうして日本は加害の歴史を正当化しているのだろう」とか、「日本で歴史問題や政治問題を話題に出しにくいのはなぜだろう」とか、「なぜ日本はこんなにも人権意識が低いのだろう」といった内容である。
ゼミで歴史を学べば学ぶほど、日本の政治や社会の問題点が見えてくる。
ところが、そのような日本への違和感は、ゼミの外では誰にもわかってもらえないという。
ゼミは、メンバーが安心して歴史や人権について語り合える場になっていたようである。
仲間ができたことで、徐々に日本の政治や社会の現状をどうにか変えていきたいという思いが強くなっていった。
「日本ではK-POP好きな若者が多いけれど、歴史にはみんな関心を持たない。この状況をなんとかしたい」。
学生たちは「専門的な研究者が解説しても、市民や若者はとっつきにくい。大学生がつくった等身大の目線での本(入門書)なら読んでもらえるのではないか」と考えた。
◆ 本書で工夫したこと
こうして学生たちは本書を執筆していったのだが、工夫した点は以下のとおりである。
第一に、本の「入り口」を親しみやすくするということである。
まず、「日韓関係ってよくわからない」という人びとの感覚を示す言葉として、「『日韓』のモヤモヤ」という表現を考えた。
また、表紙も手に取りやすいデザインにし、本の中には筆者の似顔絵もいれた。
さらに、「ともに学ぶ者」として、読者に語りかける文体を意識した。
第二に、大学生や若者、市民が感じる違和感や疑問(=モヤモヤ)を大切にすることである。
たとえば、「自分の好きな韓国アイドルが『反日』かもしれない」「韓国の芸能人はなぜ8・15に『反日』投稿をするの?」「韓国のアイドルが好きといったら、親に否定的なことを言われたけど、どうして?」といった疑問である。
これらの疑問に答える形で、解説を作成した。
第三に、親しみやすさを重視しつつも、歴史の事実と日本政府・日本社会がとるべき対応(事実認定、謝罪や賠償、責任者処罰、再発防止措置など)について、決して曖昧にすることなく、明確な認識と立場を表明したことである。
歴史問題をめぐっては「日韓がお互いに歩み寄ろう」とか、「過去のことは水に流して、若者同士で交流すれば未来は明るい」などといったことが主張されることがある。学生たちはこうした主張に強い違和感を持っていた。
第四に、学生一人一人の体験を掲載したということである。
今、日本人が歴史問題に向き合うことは決して簡単ではない。歴史の事実を理解したとしても、どのように向き合ったら良いのかわからないという人も少なくない。
そこでゼミのメンバーがどのように歴史問題と向き合っているのか、あるいはこれからどう向き合おうとするのかを紹介した。
この体験談の最大の特徴は、学生自身が「差別に加担してしまった経験」や「歴史認識が不十分だった」ことを紹介し、その経験をどのように乗り越えようとしたのかを書いていることである。
◆ 意外な反響
販売前から公式ツイッターを開設し、学生が連日、本書の内容について発信をしていった。特にK-POPファンに向けて、情報発信することを心がけた。
その結果、本書はK-POPファンをはじめとした市民のあいだで話題となり、ロコミで広がっていった。その結果、発売と同時に品切れとなった。
これまで歴史書を買うことが考えられなかったK-POPファンなどが次々に購入してくれた。
また、8月には刊行記念シンポジウムをオンラインで2度開催したが、初回には300名超、2回目には600名近くの人が参加した。
本書には、以下のような感想が寄せられている。
「日本社会ってなんかおかしいよね」とか「嫌韓はまずいよね」と違和感を持っていたけれど、なかなか言葉にできなかったというのである。
興味深いのは、プログに感想とともに、個人個人の体験談が書かれたことである。
本書に掲載された学生の体験談を読んだ読者が「私も自分の話を書いてみよう」とネット上に記事を書き込んだのである。
たとえば、自分自身が知らず知らずのうちに歴史問題を無視していたことを振り返り反省する文章や、差別をしてしまった体験談などがあった。
これまで私自身、日本と朝鮮半島の歴史問題についての入門書を何冊かつくってきたが、いまひとつ市民や学生の中で広がっていかないという限界を感じていた。できるかぎりわかりやすく書いたつもりだったが、力不足によりそもそも手に取ってもらえなかったのである。
しかし、本書は、これまでに届いていなかった層に届いている。日本社会では植民地問題はタブー視されていて、話題にすら出せない雰囲気がある。そのような中で、大学生がこのテーマについて、明確なメッセージを発信したということが大きなインパクトを与えたのであろう。
本書を通じて私が学んだのは、本の「わかりやすさ」以上に、「同じ目線でともに考えよう」というメッセージが重要だということである。
本書が踏み出した一歩は、小さな一歩に過ぎないが、今後、学生とともに学びを深めていきたい。
『子どもと教科書全国ネット21ニュース 141号』(2021.12)
◆ 大学生が向き合う加害の歴史
~『「日韓」のモヤモヤと大学生のわたし』を刊行して
加藤圭木(かとうけいき・一橋大)
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◆ はじめに
今年7月、加藤圭木監修、一橋大学社会学部加藤圭木ゼミナール編『「日韓」のモヤモヤと大学生のわたし』(大月書店)が刊行された。
本書は、朝鮮近現代史専攻のゼミに所属する学生5名による日本と朝鮮半島の歴史問題に関する入門書である。
本書は発売から1ケ月強で4刷となり、この種のテーマの本としては異例の売り上げとなっている。特にK-POPファンのあいだで本書が話題になっているが、これは過去にはなかった現象で注目される。
本書の作成の経緯と特徴、反響などを紹介したい。
◆ 「嫌韓」と韓国文化の人気
本書を作成することになった背景として、日本社会の歴史認識・韓国認識の現状を確認しておこう。
日本政府は朝鮮侵略・植民地支配の問題に誠実に向き合わず、十分に貰任を果たしていない。
日本社会では、日本が過去におこなった植民地支配は「日本の植民地支配はよいこともした」というような意見が強い影響力を持ち、ネットや雑誌・新聞・テレビは韓国へのバッシングや「嫌韓」であふれている。
だが、これは政府や一部の論者やメディア、右派の論者だけの問題ではない。日本社会では、根本的な問題として、日本の植民地支配が朝鮮民族に甚大な被害を与えたという事実自体が十分に共有されていない。
こうした中で韓国文化が大変な人気を博している。だが、韓国文化の普及は、大勢としては歴史認識の深化にはつながっていない。韓国文化好き人びとの多くは、歴史問題とは距離をとって「文化だけを楽しもう」と考える傾向がある。
たとえば、K-POPアイドルが日本の植民地支配に批判的姿勢を示すと、日本のネット上では「反日だ!」と騒ぎになる。
そのアイドルによる批判は正当なものであるが、ファンの側は歴史的知識がなければその当否の判断ができない。「好きなアイドルが反日だったら悲しいから、考えるのをやめよう」。そのように感じる人が少なくないという。
韓国文化は流行っているのに、日本の加害の歴史は無視されている。こうした日本社会の状況への危機感こそが、本書作成の原動力となった。
◆ 本書の作成に至るまで
本書を作成したのは2020年度のゼミ生有志5名である(当時の学年で3年生3名、4年生2名)。
この年のゼミは新型コロナウイルス感染症拡大の中でオンライン化されるなど困難な状況ではじまったが、例年以上に議論が盛り上がっていった。
ゼミでは、参加者が日頃から考えていた日本社会に対する違和感や疑問、つまりモヤモヤが語られた。
たとえば、「どうして日本は加害の歴史を正当化しているのだろう」とか、「日本で歴史問題や政治問題を話題に出しにくいのはなぜだろう」とか、「なぜ日本はこんなにも人権意識が低いのだろう」といった内容である。
ゼミで歴史を学べば学ぶほど、日本の政治や社会の問題点が見えてくる。
ところが、そのような日本への違和感は、ゼミの外では誰にもわかってもらえないという。
ゼミは、メンバーが安心して歴史や人権について語り合える場になっていたようである。
仲間ができたことで、徐々に日本の政治や社会の現状をどうにか変えていきたいという思いが強くなっていった。
「日本ではK-POP好きな若者が多いけれど、歴史にはみんな関心を持たない。この状況をなんとかしたい」。
学生たちは「専門的な研究者が解説しても、市民や若者はとっつきにくい。大学生がつくった等身大の目線での本(入門書)なら読んでもらえるのではないか」と考えた。
◆ 本書で工夫したこと
こうして学生たちは本書を執筆していったのだが、工夫した点は以下のとおりである。
第一に、本の「入り口」を親しみやすくするということである。
まず、「日韓関係ってよくわからない」という人びとの感覚を示す言葉として、「『日韓』のモヤモヤ」という表現を考えた。
また、表紙も手に取りやすいデザインにし、本の中には筆者の似顔絵もいれた。
さらに、「ともに学ぶ者」として、読者に語りかける文体を意識した。
第二に、大学生や若者、市民が感じる違和感や疑問(=モヤモヤ)を大切にすることである。
たとえば、「自分の好きな韓国アイドルが『反日』かもしれない」「韓国の芸能人はなぜ8・15に『反日』投稿をするの?」「韓国のアイドルが好きといったら、親に否定的なことを言われたけど、どうして?」といった疑問である。
これらの疑問に答える形で、解説を作成した。
第三に、親しみやすさを重視しつつも、歴史の事実と日本政府・日本社会がとるべき対応(事実認定、謝罪や賠償、責任者処罰、再発防止措置など)について、決して曖昧にすることなく、明確な認識と立場を表明したことである。
歴史問題をめぐっては「日韓がお互いに歩み寄ろう」とか、「過去のことは水に流して、若者同士で交流すれば未来は明るい」などといったことが主張されることがある。学生たちはこうした主張に強い違和感を持っていた。
第四に、学生一人一人の体験を掲載したということである。
今、日本人が歴史問題に向き合うことは決して簡単ではない。歴史の事実を理解したとしても、どのように向き合ったら良いのかわからないという人も少なくない。
そこでゼミのメンバーがどのように歴史問題と向き合っているのか、あるいはこれからどう向き合おうとするのかを紹介した。
この体験談の最大の特徴は、学生自身が「差別に加担してしまった経験」や「歴史認識が不十分だった」ことを紹介し、その経験をどのように乗り越えようとしたのかを書いていることである。
◆ 意外な反響
販売前から公式ツイッターを開設し、学生が連日、本書の内容について発信をしていった。特にK-POPファンに向けて、情報発信することを心がけた。
その結果、本書はK-POPファンをはじめとした市民のあいだで話題となり、ロコミで広がっていった。その結果、発売と同時に品切れとなった。
これまで歴史書を買うことが考えられなかったK-POPファンなどが次々に購入してくれた。
また、8月には刊行記念シンポジウムをオンラインで2度開催したが、初回には300名超、2回目には600名近くの人が参加した。
本書には、以下のような感想が寄せられている。
「大学生が自分の言葉で語っているから、わかりやすいし、共感しやすい」さらに、読者からは「わたしの日本社会への違和感を言語化してくれた」という感想が多く寄せられた。
「日本が過去にこんなひどいことをやっていたなんて知らなかった」
「K-POPが好きだから歴史のことはこれまでずっと気になっていた。でも、良い本がなかった。今回こういう本をつくってくれてありがとう」
「日本社会ってなんかおかしいよね」とか「嫌韓はまずいよね」と違和感を持っていたけれど、なかなか言葉にできなかったというのである。
興味深いのは、プログに感想とともに、個人個人の体験談が書かれたことである。
本書に掲載された学生の体験談を読んだ読者が「私も自分の話を書いてみよう」とネット上に記事を書き込んだのである。
たとえば、自分自身が知らず知らずのうちに歴史問題を無視していたことを振り返り反省する文章や、差別をしてしまった体験談などがあった。
これまで私自身、日本と朝鮮半島の歴史問題についての入門書を何冊かつくってきたが、いまひとつ市民や学生の中で広がっていかないという限界を感じていた。できるかぎりわかりやすく書いたつもりだったが、力不足によりそもそも手に取ってもらえなかったのである。
しかし、本書は、これまでに届いていなかった層に届いている。日本社会では植民地問題はタブー視されていて、話題にすら出せない雰囲気がある。そのような中で、大学生がこのテーマについて、明確なメッセージを発信したということが大きなインパクトを与えたのであろう。
本書を通じて私が学んだのは、本の「わかりやすさ」以上に、「同じ目線でともに考えよう」というメッセージが重要だということである。
本書が踏み出した一歩は、小さな一歩に過ぎないが、今後、学生とともに学びを深めていきたい。
『子どもと教科書全国ネット21ニュース 141号』(2021.12)
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