《教科書ネット21ニュースから》
◆ 新学習指導要領のもとでの中学校教科書について
鈴木敏夫(すずきとしお 子どもと教科書全国ネット21代表委員・事務局長)
文部科学省は3月24日、2021年度からつかわれる中学校教科書の検定結果を公表しました。
2年前に導入された「特別の教科道徳」を含め10教科23社115点(157冊)の教科書に、検定意見の総数が前回より121件増の4775件となり、途中5点7冊が取り下げ、106点(145冊)が合格しました。
なお3点3冊(自由社の歴史、令和書籍の歴史とイスペットの技術)が不合格となりました。
◆ 全般的な問題
(1)分量過去最多、学びの「質」も強引に変えようとする教科書
今回の教科書は「学習内容は減らさない」(文科省)で、学習指導要領(以下、指導要領)で強調された「『主体的・対話的で深い学び(アクティブ・ラーニング)』の視点からの学習過程の改善」が求められ、生徒の討論などのアクティブ・ラーニング(AL)が全教科に盛り込まれました。
教科書の全10科の平均ページ数は現行本と比べると7.6%増となり、「ゆとり教育」と言われた04年の検定以降で最多、約1.5倍となっています。
ALや「プログラミング教育」などの準備は「手間ひま」がいり、指導も難しくなります。
中学校教員の6割が過労死ラインをこえていることを認めているにもかかわらず、文科省は「分野ごとに軽重を工夫すれば、教えきれない内容はでない。教員の負荷に直接つながらない」(「毎日新聞」3月25日)などとしているのは、無責任です。
ページ数の増大と相まって、ALなどの授業方法の「高度化」は、生徒にとっても大きな負担となります。授業への参加意欲や学習内容の理解の差が拡大し、授業について行けない生徒が増える恐れがあります。
研修機会の保障、教員の判断での授業内容の思い切った精選を認めることはもとより、抜本的な教員定数増、持ち時間の削減が必要です。
まして「変形労働時間制」の導入など断念すべきです。
(2)検定強化の反映
今回の中学校教科書は、「教科用図書検定基準(2014年「改訂」)」(政府の統一的な見解又は最高裁判所の判例が存在する場合には、それらに基づいた記述がされていること」)などだけでなく、検定審議会の「教科書の改善について(2017年5月23日、報告)」に基づいて検定が行われています。
そこでは、「学習指導要領の記述の意味や解釈の詳細について説明するために作成されている学習指導要領解説をより踏まえて教科書記述に適切に反映していくこと」となっています。
文科省が「法的拘束力があるとする」指導要領と官僚が書いた文科省著作物にすぎない学習指導要領解説(以下、「解説」)を同等に扱い、「解説」に「法的拘束力」を持たせ、一層忠実な教科書を作成させようとするものです。
昨年の小学校に続き、社会科の教科書などに強く反映しています。
◆ 個別教科の問題について
(1)社会科歴史
①政府の外交宣伝文書「領土問題」
2014年の「解説」の改定で、北方領土に加え、竹島と尖閣諸島についても「我が国固有の領土」などと明記され、今回は指導要領にも記載されました。
政府見解や尖閣諸島、竹島編入の経緯も書くように「解説」に盛り込まれ、学び舎を除いた教科書で、見開きで竹島でのアシカ猟の写真を掲載し政府見解を詳細に説明しています。
北方領土について、「(日本としては)2島の返還に要求をしぼって交渉する方針も検討」(教出・公民)と書いたところ、「生徒が誤解する恐れのある表現である」との検定意見がついて、「2島」がなくなり、「進展する見通しがなかなか立ちにくい状況が続いています」と書き換えさせられています。
領土問題は、政府の外交宣伝文書となり、外交交渉の紆余曲折に触れることも許されないなど教科書にはふさわしくないものです。
②歴史事実をゆがめる育鵬社
日本の明治以降の戦争や植民地獲得、支配について歴史的事実をゆがめて記述しています。
○日露戦争…アジアなどの人々に希望を与えた?
「同じ有色民族が、世界最大の陸軍国・ロシアを打ち破ったという事実は、列強の圧迫や、植民地支配の苦しみにあえいでいたアジア・アフリカの民族に、独立への希望をあたえました。インド独立の父ネルーや、中国革命の指導者孫文は、日本の勝利がアジア諸国にあたえた感動を語っています」。
他の教科書がその後の日本の韓国併合などで、ネルーや孫文が、失望し日本に対する批判を強めたことなど、都合の悪いことには触れていません。
○アジァ太平洋戦争…アジア解放の戦争を描く
「日本は、この戦争を『自存自衛』の戦争としたうえで、大東亜戦争と名付けました」「(大東亜会議)以降,アジアの国々を欧米による植民地支配から解放し,大東亜共栄圏を建設することが,戦争の名目として,より明確にかかげられるようになりました」。
③日本軍「慰安婦」記述は3社となったが
*「学び舎」に加えて、「山川」が「側注」で「戦地に設けられた『慰安施設』には、朝鮮・中国・フィリピンなどから女性が集められた(いわゆる従軍慰安婦)」と書きました。これは同社の現行高校日本史『詳説日本史B』と同じ記述です。これに対して、不当な介入の動き(※)があり、注視する必要があります。
(※)産経新聞が「主張」でこの記述を批判し、自民党の中曽根弘文衆議院議員が「近く党文教部会などで関係者から事情を聴取する考えも示した」(産経新聞電子版3月26日)。
*育鵬社の公民は、朝日新聞の掲載記事謝罪場面で「従軍慰安婦」記事の取り消しなどを載せ、日本軍「慰安婦」を否定する記述です。
(2)社会科公民
①育鵬社、憲法「改正」の刷り込みに一層シフト
育鵬社は、明治憲法を高く評価し、現憲法を連合軍による一面的な「押しつけ」論をにじませています。
さらに、憲法学習のまとめページに「改憲案」を載せ、議論させるALコーナーを新たに設けるなど一層改憲への誘導を強めています。
例えば、憲法9条について、「課題」に「『戦力は保持しない』と書かれているため、自衛隊は違憲かもしれないといわれている」を設定し、「改正案」として「9条1項を残しつつ、自衛隊を明文で書き込み、自衛隊の存在を憲法上にしっかり位置づける」と安倍首相の主張と同じ記述をです。
②東京書籍は“忖度”か
小学校の社会科と同様の安倍首相の写真と「改憲論議呼びかけ」の記事を、中学でも同様に掲載し、新たに「憲法審査会と憲法の改正」のコラムを設け、「改正案作成」の審査会の役割をぼかしつつ、改正手続をより詳しく解説しています。
(3)「日本教科書」…「特別の教科道徳」
日本教科書(日科)は、“問題満載”です。
①「題材」
日本人教師6人が台湾統治反対者に殺された中で、多くの日本人が教師として台湾へ渡り、「日本人が教えてくれた」という感謝が残っているという『芝山厳(しざんがん)事件』、日本軍の報復で約1500人の台湾人が殺され、約一万戸が焼かれています。
真珠湾で長岡市の花火『白菊』(教材名)が、「犠牲者への慰霊」を込めて打ち上げられたという「和解」と「寛容」の話。
この題材にかこつけて安倍首相の真珠湾での演説を載せ、アジア・太平洋戦争を日米の戦争の枠で、日米は死闘したが、その後アメリカの寛容で、未来への和解をおこない強固な日米同盟となったどするなど、日米同盟賛美につなげていました。
さすがに今回、安倍首相の演説はカットされています。
②最悪の「自己評価」
「国を愛し、伝統や文化を受け継ぎ、国を発展させようとする心」(愛国心)など22の徳目の成度を1(…大切さを感じない)から4(大切さや意味は理解していて、多くの場面で態度や行動にできている)のレベルで自己評価させている。(太字は、引用者)
これは、生徒の内心の自由を踏みにじるもの、との批判を受け、「日科」は「修正申請する予定」(朝日新聞3月25日)。「レベル」字句修正程度の変更か。
依然として、「道徳時間の取り組みの様子」の振り返りとして、①意欲的だったかどうか、③自分自身を見つめことができたなどの8項目について、1(とてもあてはまる)~4(全くあてはまらない)の4段階評価が残っています。
子どもと教科書全国ネット21では、プロジェクトチームをつくり、指導要領のもとで作成された中学教科書の検討を進め、できる限り早期に資料集や簡潔なチラシを発行する予定です。
『子どもと教科書全国ネット21NEWS 131号』(2020年4月)
◆ 新学習指導要領のもとでの中学校教科書について
鈴木敏夫(すずきとしお 子どもと教科書全国ネット21代表委員・事務局長)
文部科学省は3月24日、2021年度からつかわれる中学校教科書の検定結果を公表しました。
2年前に導入された「特別の教科道徳」を含め10教科23社115点(157冊)の教科書に、検定意見の総数が前回より121件増の4775件となり、途中5点7冊が取り下げ、106点(145冊)が合格しました。
なお3点3冊(自由社の歴史、令和書籍の歴史とイスペットの技術)が不合格となりました。
◆ 全般的な問題
(1)分量過去最多、学びの「質」も強引に変えようとする教科書
今回の教科書は「学習内容は減らさない」(文科省)で、学習指導要領(以下、指導要領)で強調された「『主体的・対話的で深い学び(アクティブ・ラーニング)』の視点からの学習過程の改善」が求められ、生徒の討論などのアクティブ・ラーニング(AL)が全教科に盛り込まれました。
教科書の全10科の平均ページ数は現行本と比べると7.6%増となり、「ゆとり教育」と言われた04年の検定以降で最多、約1.5倍となっています。
ALや「プログラミング教育」などの準備は「手間ひま」がいり、指導も難しくなります。
中学校教員の6割が過労死ラインをこえていることを認めているにもかかわらず、文科省は「分野ごとに軽重を工夫すれば、教えきれない内容はでない。教員の負荷に直接つながらない」(「毎日新聞」3月25日)などとしているのは、無責任です。
ページ数の増大と相まって、ALなどの授業方法の「高度化」は、生徒にとっても大きな負担となります。授業への参加意欲や学習内容の理解の差が拡大し、授業について行けない生徒が増える恐れがあります。
研修機会の保障、教員の判断での授業内容の思い切った精選を認めることはもとより、抜本的な教員定数増、持ち時間の削減が必要です。
まして「変形労働時間制」の導入など断念すべきです。
(2)検定強化の反映
今回の中学校教科書は、「教科用図書検定基準(2014年「改訂」)」(政府の統一的な見解又は最高裁判所の判例が存在する場合には、それらに基づいた記述がされていること」)などだけでなく、検定審議会の「教科書の改善について(2017年5月23日、報告)」に基づいて検定が行われています。
そこでは、「学習指導要領の記述の意味や解釈の詳細について説明するために作成されている学習指導要領解説をより踏まえて教科書記述に適切に反映していくこと」となっています。
文科省が「法的拘束力があるとする」指導要領と官僚が書いた文科省著作物にすぎない学習指導要領解説(以下、「解説」)を同等に扱い、「解説」に「法的拘束力」を持たせ、一層忠実な教科書を作成させようとするものです。
昨年の小学校に続き、社会科の教科書などに強く反映しています。
◆ 個別教科の問題について
(1)社会科歴史
①政府の外交宣伝文書「領土問題」
2014年の「解説」の改定で、北方領土に加え、竹島と尖閣諸島についても「我が国固有の領土」などと明記され、今回は指導要領にも記載されました。
政府見解や尖閣諸島、竹島編入の経緯も書くように「解説」に盛り込まれ、学び舎を除いた教科書で、見開きで竹島でのアシカ猟の写真を掲載し政府見解を詳細に説明しています。
北方領土について、「(日本としては)2島の返還に要求をしぼって交渉する方針も検討」(教出・公民)と書いたところ、「生徒が誤解する恐れのある表現である」との検定意見がついて、「2島」がなくなり、「進展する見通しがなかなか立ちにくい状況が続いています」と書き換えさせられています。
領土問題は、政府の外交宣伝文書となり、外交交渉の紆余曲折に触れることも許されないなど教科書にはふさわしくないものです。
②歴史事実をゆがめる育鵬社
日本の明治以降の戦争や植民地獲得、支配について歴史的事実をゆがめて記述しています。
○日露戦争…アジアなどの人々に希望を与えた?
「同じ有色民族が、世界最大の陸軍国・ロシアを打ち破ったという事実は、列強の圧迫や、植民地支配の苦しみにあえいでいたアジア・アフリカの民族に、独立への希望をあたえました。インド独立の父ネルーや、中国革命の指導者孫文は、日本の勝利がアジア諸国にあたえた感動を語っています」。
他の教科書がその後の日本の韓国併合などで、ネルーや孫文が、失望し日本に対する批判を強めたことなど、都合の悪いことには触れていません。
○アジァ太平洋戦争…アジア解放の戦争を描く
「日本は、この戦争を『自存自衛』の戦争としたうえで、大東亜戦争と名付けました」「(大東亜会議)以降,アジアの国々を欧米による植民地支配から解放し,大東亜共栄圏を建設することが,戦争の名目として,より明確にかかげられるようになりました」。
③日本軍「慰安婦」記述は3社となったが
*「学び舎」に加えて、「山川」が「側注」で「戦地に設けられた『慰安施設』には、朝鮮・中国・フィリピンなどから女性が集められた(いわゆる従軍慰安婦)」と書きました。これは同社の現行高校日本史『詳説日本史B』と同じ記述です。これに対して、不当な介入の動き(※)があり、注視する必要があります。
(※)産経新聞が「主張」でこの記述を批判し、自民党の中曽根弘文衆議院議員が「近く党文教部会などで関係者から事情を聴取する考えも示した」(産経新聞電子版3月26日)。
*育鵬社の公民は、朝日新聞の掲載記事謝罪場面で「従軍慰安婦」記事の取り消しなどを載せ、日本軍「慰安婦」を否定する記述です。
(2)社会科公民
①育鵬社、憲法「改正」の刷り込みに一層シフト
育鵬社は、明治憲法を高く評価し、現憲法を連合軍による一面的な「押しつけ」論をにじませています。
さらに、憲法学習のまとめページに「改憲案」を載せ、議論させるALコーナーを新たに設けるなど一層改憲への誘導を強めています。
例えば、憲法9条について、「課題」に「『戦力は保持しない』と書かれているため、自衛隊は違憲かもしれないといわれている」を設定し、「改正案」として「9条1項を残しつつ、自衛隊を明文で書き込み、自衛隊の存在を憲法上にしっかり位置づける」と安倍首相の主張と同じ記述をです。
②東京書籍は“忖度”か
小学校の社会科と同様の安倍首相の写真と「改憲論議呼びかけ」の記事を、中学でも同様に掲載し、新たに「憲法審査会と憲法の改正」のコラムを設け、「改正案作成」の審査会の役割をぼかしつつ、改正手続をより詳しく解説しています。
(3)「日本教科書」…「特別の教科道徳」
日本教科書(日科)は、“問題満載”です。
①「題材」
日本人教師6人が台湾統治反対者に殺された中で、多くの日本人が教師として台湾へ渡り、「日本人が教えてくれた」という感謝が残っているという『芝山厳(しざんがん)事件』、日本軍の報復で約1500人の台湾人が殺され、約一万戸が焼かれています。
真珠湾で長岡市の花火『白菊』(教材名)が、「犠牲者への慰霊」を込めて打ち上げられたという「和解」と「寛容」の話。
この題材にかこつけて安倍首相の真珠湾での演説を載せ、アジア・太平洋戦争を日米の戦争の枠で、日米は死闘したが、その後アメリカの寛容で、未来への和解をおこない強固な日米同盟となったどするなど、日米同盟賛美につなげていました。
さすがに今回、安倍首相の演説はカットされています。
②最悪の「自己評価」
「国を愛し、伝統や文化を受け継ぎ、国を発展させようとする心」(愛国心)など22の徳目の成度を1(…大切さを感じない)から4(大切さや意味は理解していて、多くの場面で態度や行動にできている)のレベルで自己評価させている。(太字は、引用者)
これは、生徒の内心の自由を踏みにじるもの、との批判を受け、「日科」は「修正申請する予定」(朝日新聞3月25日)。「レベル」字句修正程度の変更か。
依然として、「道徳時間の取り組みの様子」の振り返りとして、①意欲的だったかどうか、③自分自身を見つめことができたなどの8項目について、1(とてもあてはまる)~4(全くあてはまらない)の4段階評価が残っています。
子どもと教科書全国ネット21では、プロジェクトチームをつくり、指導要領のもとで作成された中学教科書の検討を進め、できる限り早期に資料集や簡潔なチラシを発行する予定です。
『子どもと教科書全国ネット21NEWS 131号』(2020年4月)
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