ぴらにあの写真館 in 伊豆大島→都会へ(新・日記帳)

8年間の伊豆大島生活から都会へ移住しました…
旧日記帳(ODNまいぺーじの思い出)は、BOOK MARKよりどうぞ!

とうとうハノイ先輩のPCメンテ4年目、寝台列車で古都フエにも行っちゃうぞの旅!(5日目)

2019-05-08 22:13:06 | おでかけ(海外)
*ホー・チ・ミン先生と会ってきました、でも写真はありません・・・の巻!

 ベトナムの偉大なる指導者ホー・チ・ミン先生は、死後にエンバーミング(遺体保全)されてホー・チ・ミン廟に眠っております。先生は火葬して散骨してほしいと遺言を残していたそうですが、様々な事情でエンバーミングされたそうです。日本人の感覚からすると、過去の指導者の遺体を見に行くというのがどうもしっくり来ないんですけど、ベトナムの人にとっては社会科見学的な(子供もたくさん来てます)、人生に一度のお伊勢参り的な感覚なんでしょうね・・・

 で、第1回ベトナム遠征の時にハノイ先輩とホー・チ・ミン廟に行く予定だったんですけど、頼んでおいた運転手さんが当日寝坊して1時間以上遅れ、ホー・チ・ミン廟の前に行ってあまりの行列に怖じ気づいて止めてしまいました。今回は「6時に行くぞ!」とハノイ先輩、結局7時になりましたけど。1時間ほど並んで兵隊さんに囲まれてホー・チ・ミン廟に入場、ピラミッドの内部みたいなお部屋(肌寒い)に小さいホー先生は横たわっておりました。50年前に亡くなったとは思えないキレイなお顔でした・・・


【ホー・チ・ミン廟から戻って旧市街のスーパーにライム塩(味塩コショウみたいなヤツ)を買いに行く。そういや、今まであんまり旧市街をうろついたことがありませんでしたよね・・・】


【ハノイ大教会(セント・ジョセフ協会)は元はお寺だった所に建てられたそうです。しかし、ベトナムの石作りの建物ってヨゴレというかカビというか、しかも表面もボロボロであんまりキレイじゃないのが残念・・・】


【ホー・チ・ミン廟はカメラの持ち込み禁止(持っている場合は入り口のロッカーに預ける)、場内はふざけて撮影しようモンならどうなるかわかりません。カバンもダメで手ぶらでX線検査をうけなければなりませんでした・・・】


【ちなみにホー・チ・ミン廟の建物の中は笑うのもダメだそうで、会話をしているだけで兵隊さんに注意されてしまいます。ノースリーブや半ズボン、ミニスカートも×(子供でも)。さて、若旦那は何か懺悔なさい・・・】


【ハノイ先輩の家の近くにも湖(ため池?)がありまして、昔々中国と戦った姉妹の祠があったりします。そしてWi-Fiがつながりにくい先輩のパソコンを直しに行く、お駄賃は裏路地の名店の3万ドン(150円)の定食をご馳走になりました・・・】


【ネットで予約したアパートはお部屋に洗濯機とドラム式乾燥機があると書いてあったんですけど乾燥機が見当たりません。「やっぱダマされた・・・」と思ってたら、「乾燥機は屋上にあるから自由に使ってね!」とオーナーさん。乾燥機は毎日お世話になりました・・・】


【アパートは軍の施設に囲まれていて、マシンガンを持った兵隊さんが24時間警備していてセキュリティ万全です。2日目くらいから若い衛兵の人が、な~んでかぴらにあに敬礼するようになりました。そして、恐らくこの方向は撮っちゃダメなんだよな、正面の森の向こうがホー・チ・ミン廟です・・・】


【ヒマさえあれば宿題をやっているヤツ、そして屋上に洗濯物を取りに行く。なんでも春休みの宿題で「洗濯をやれ!」というのが出てるらしい・・・】


【もうね、この線路は何度通ったのでしょう・・・】


【バスを待っているとラオカイから戻ってきた列車が通り過ぎていく・・・】


【ハノイ先輩に誘われて道ばたの「コム・ガー・クァイ」の店、それぞれ「お米・鶏・あぶり焼き」の意味。ベトナム語の作りは単語を組み合わせていけばいいし、元がだいたい中国語(漢字の音読み)なので覚えやすいですよね。でも発音はメチャ難しい・・・】


【店といっても歩道に思いっきりはみ出して、幼稚園の机みたいなのにチョコンと座って食べるシステム。ゴハンは白米とおこわと高菜チャーハンが選べるので(料金は同じ)チャーハンにしてみました、若旦那と半分こでフォー・ガーも食いました・・・】


【ハノイ先輩(昔から小食)は食べきれないので「持ち帰りの容器が欲しい!」とお店の人に言ったら、「テイクアウトのコム・ガーを作って!」と伝わったらしく大盛りのお弁当が出来ちゃいましたとさ。さぁ、踏切を渡れば兵隊さんが警備してくれてるアパートですよ・・・】
コメント
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