県内最大級のまつり「那覇まつり」は、“祭”というより“巨大イベント”というイメージだったけど、今回ご近所の旗頭に随行しながら那覇まつりのメインエベントである「那覇大綱挽き」に参加してみて、ちょっと印象が変わった。これもやっぱり“祭”だよ。
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沖縄へ引っ越してきて以来、あちらの祭り、こちらのイベントと、いろんな物を見てきたけど、自分の住む地域の行事は遠巻きに眺めていた。近すぎる距離がその中へ入っていくことを躊躇させていた。
今年、ようやくすこし踏み込んでみようかという気になれた。「那覇大綱挽き」は近所の旗頭について見に行くことにした。取材というほどのこともない。ただ近所に住む人たちと一緒に那覇まつりを眺めてみようかなと思っただけだったのだが面白かった。
旗頭の練習から始まり、当日朝の御願、地域の道ジュネー、国際通りの練り歩き、綱挽き本番、楽しい一日だった。旗頭を持ち上げる人、お囃子の子ども達、水や食事や救護の支援係、写真係、ご近所の皆さんがこの日はそれぞれ係を分担して旗頭チームを構成していた。総勢100名以上だろう。町民会総出だ。
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到着と同時に中心に躍り出て誇らしげに旗頭を立てた。
国際通りを練り歩く前に壺屋小学校に向かった。校庭に入ると他の地域の旗頭も集結していた。東一番、安里、久茂地、首里、泊、真和志、壺屋の7旗。那覇大綱挽きには、東と西でそれぞれ7旗の旗頭が立つ。西の7旗の、西一番、泉、垣花、小禄、久米、辻、若狭は牧志御願に集結。併せて14の地域と14の旗頭。
これだけの旗頭があるということは、各地域に同じようなチームがあって準備を進めてきたということだろう。ということは、相当な数の那覇市民が旗頭に関わる形で那覇まつりに参加しているということだ。
県内最大のまつりは観光の目玉でもあり、イベントとして肥大化しているようにも感じる。がしかし、まつりの中核部分にはちゃんとナーファンチュの心意気が注がれている祭りなのだということを実感することができた。
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この綱が世界一かどうかはやってる側にはあまり意味がないのかも。
旗頭が会場に到着すると、各旗頭のリーダーが綱方として颯爽と綱の上に登っていった。ここから綱引きの陣頭指揮を執るのは各地域のリーダーだった。こうした姿を見ている子ども達が、次の綱方を目指して祭りを伝えてゆくのだろう。
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小さな旗頭を立てる子ども達が将来の綱方になる。
これだけの大規模イベントなのにカヌチ棒の回りに警備員も居ないし一般の人もたどり着けてしまうのをずっと不思議に思っていたが、こんなに大きくなってもやっている地域の人たちにとっては今も“大きなお祭り”であって、“イベント”という意識がないからなのではないだろうか。
逆に一度も行ったことがないというウチナーンチュも多いけれど、地域住民として関わっていなければ、余所のお祭りに興味がないと考えても至極当然だろうなと思った。
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普段は生活道路、今日は道ジュネルート
沖縄へ引っ越してきて以来、あちらの祭り、こちらのイベントと、いろんな物を見てきたけど、自分の住む地域の行事は遠巻きに眺めていた。近すぎる距離がその中へ入っていくことを躊躇させていた。
今年、ようやくすこし踏み込んでみようかという気になれた。「那覇大綱挽き」は近所の旗頭について見に行くことにした。取材というほどのこともない。ただ近所に住む人たちと一緒に那覇まつりを眺めてみようかなと思っただけだったのだが面白かった。
旗頭の練習から始まり、当日朝の御願、地域の道ジュネー、国際通りの練り歩き、綱挽き本番、楽しい一日だった。旗頭を持ち上げる人、お囃子の子ども達、水や食事や救護の支援係、写真係、ご近所の皆さんがこの日はそれぞれ係を分担して旗頭チームを構成していた。総勢100名以上だろう。町民会総出だ。
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到着と同時に中心に躍り出て誇らしげに旗頭を立てた。
国際通りを練り歩く前に壺屋小学校に向かった。校庭に入ると他の地域の旗頭も集結していた。東一番、安里、久茂地、首里、泊、真和志、壺屋の7旗。那覇大綱挽きには、東と西でそれぞれ7旗の旗頭が立つ。西の7旗の、西一番、泉、垣花、小禄、久米、辻、若狭は牧志御願に集結。併せて14の地域と14の旗頭。
これだけの旗頭があるということは、各地域に同じようなチームがあって準備を進めてきたということだろう。ということは、相当な数の那覇市民が旗頭に関わる形で那覇まつりに参加しているということだ。
県内最大のまつりは観光の目玉でもあり、イベントとして肥大化しているようにも感じる。がしかし、まつりの中核部分にはちゃんとナーファンチュの心意気が注がれている祭りなのだということを実感することができた。
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この綱が世界一かどうかはやってる側にはあまり意味がないのかも。
旗頭が会場に到着すると、各旗頭のリーダーが綱方として颯爽と綱の上に登っていった。ここから綱引きの陣頭指揮を執るのは各地域のリーダーだった。こうした姿を見ている子ども達が、次の綱方を目指して祭りを伝えてゆくのだろう。
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小さな旗頭を立てる子ども達が将来の綱方になる。
これだけの大規模イベントなのにカヌチ棒の回りに警備員も居ないし一般の人もたどり着けてしまうのをずっと不思議に思っていたが、こんなに大きくなってもやっている地域の人たちにとっては今も“大きなお祭り”であって、“イベント”という意識がないからなのではないだろうか。
逆に一度も行ったことがないというウチナーンチュも多いけれど、地域住民として関わっていなければ、余所のお祭りに興味がないと考えても至極当然だろうなと思った。