モルモンの泉

個人的に信じていること、感じていることを書いてみました。
気楽に目を通していただけるなら幸いです。

理由と言い訳

2019-05-29 12:41:18 | 福音について
この男を殺しなさい。(1ニーファイ4:12)

ニーファイがラバンを殺したことについて様々な理由付けが試みられています。
死に当たる罪人であった、神の命令だから正しい、等々。
理由がどれほど正当であるとしても人を殺すことができるでしょうか。

モーセの律法では罪人に対する石打の刑が定められています。(申命記22)
イスラエルはエリコで女、子どもに至るまで滅ぼしました。(ヨシュア記6)
それらを神の命令として受け入れ従うことはできますか。

神を信じているのであれば、それができるのでしょうか。
たとえ死刑に処せられる正当な理由があるとしても、
神から命じられたとしても、わたしに人を殺すことはできません。

それが正直な気持ちですから神に対してもそう言います。
不信仰? 不従順? そうかもしれません。
そうであったとしても、それは神を否定する理由にはなりません。

神を否定するための言い訳として論じられることが多いようです。
コメント

犠牲

2019-05-29 05:47:31 | 今日の一言
親は子どもの20年後のために
今を犠牲にできる


子どもが幸せなら、家族は幸せです。
そのための犠牲であれば、それも幸せです。
コメント

尋ねる

2019-05-29 05:14:29 | 福音について
会話のほとんどは短くて簡単な質問から成り立っています。
こう思うけれど、どう? 何をすればいい? こうしたいんだけど、ダメかな?
一人が尋ねて相手が応える、その繰り返しです。

ラインの会話を見るとそのことがよくわかります。
一切尋ねることをしない会話を試してみたら、
面白くないし、ネタもすぐに尽きることでしょう。

応えられることをまったく期待しておらず、
尋ねてもみないし、応えに耳を傾けもしない、
そんな会話を楽しめると想像できるでしょうか。

祈りの応えを受けられないという人は、
まるで「感謝とお願いの報告書」のような祈りで、
質問が含まれていないことが多いようです。

天の父との会話を楽しみたければ、どんどん尋ねましょう。
コメント

「はい」の意味

2019-05-28 06:26:07 | 今日の一言
「はい」は
一つで「了解」
二つで「うざい」
三つで「いい加減にしろ」
の意味になる




職場での「はい」という返事は、分かりました、やります、約束します、の意味で使われます。
一般社会でも「はい」と答えておきながら行わなかったら信用を失います。
「はい」という言葉はよく使われるし簡単な返事ですが、重要な意味を含みます。
コメント

偽善

2019-05-28 06:06:49 | 福音について
自分の偽善を疑うことがあります。
福音では「隣人のために」と教えますが、
すべての行いは自分自身のためだからです。

「天に宝を蓄える」のは誰のためでしょうか。
「救いに与かる」のは誰でしょうか。
主の愛を必要としているのは誰でしょうか。

わたしの答えは常に「自分」です。
すべては自分の救いのため、少なくともわたしはそう認識しています。
それを「利己心、偽善」と指摘されたなら、返す言葉もありません。

過ちを犯したときに人の持って生まれた弱さのせいと言い訳をし、
自分の内に闇を見るときにそれを隠そうとする。
そのような自分を知っています。

それだからいつも「わたしはこれでいいのでしょうか?」と祈ります。
コメント