ロシアの攻撃が続くなか、クリスマス行事に出席するウクライナの子供たち(リビウ)=ロイター
ウクライナの人口減少が復興の足かせになるかもしれない。もともと日本を上回るペースで少子化が進んでいたところにロシアによる侵攻が拍車をかけた。
戦闘が長引けば、人口は侵攻前の3分の2に縮小する恐れさえある。農業を中心とする復興では人手不足に対応するデジタル化や省力化がカギを握りそうだ。
旧ソ連崩壊後に少子化が加速
旧ソ連の崩壊後、ウクライナは世界で最も人口減少が激しい国のひとつになった。ロシアの侵攻前の2022年1月の人口は約4330万人で、ピークである1993年の約5190万人に比べて16%も少ない。
ロシアが一方的に併合を宣言したクリミア半島の約200万人を含めてもだ。年間の出生数は2010年の約50万人から21年には約28万人とほぼ半減していた。
世界銀行によると、ウクライナの21年の出生率はわずか1.2にとどまる。少子化が叫ばれて久しい日本でさえ出生率は1.3であり、1993〜2021年の人口は0.3%の微減だった。ウクライナは平均寿命が短く、とくに男性は65歳と西欧の80歳前後を大きく下回る。過度の飲酒や交通事故による死亡が多いためとみられる。
ロシアとの戦闘が長期化した場合、欧州連合(EU)はウクライナの人口は27年に侵攻前に比べて18%減の約3540万人、52年に約2990万人になると予測する。国外に退避する難民がさらに増え、戦闘が終わっても、その50%がウクライナに戻らない可能性があるからだ。
国外に逃れたウクライナ難民は630万人を超える。成人男性は国防のために出国できず、そのほとんどは女性と子供だ。40歳未満の女性と15歳未満の男児の32〜42%はウクライナを離れている。その影響はすでに出始めており、23年上半期の出生数は21年同期に比べて28%減少した。
国外に退避したウクライナ難民は630万人を超える(ポーランド国境、22年3月)=ロイター
仮に戦闘が長引かず、難民の80%が帰還するとしたら、27年のウクライナの人口は約3930万人と侵攻前に比べて9%減の水準を維持するとEUは試算する。
ただ、23年央からのウクライナの反転攻勢には目立った成果がなく、戦況はなお不透明。復興の「担い手」が不足するシナリオが現実味を帯び始めている。
ウクライナは言わずと知れた農業大国だ。小麦は世界輸出量の9%、トウモロコシは15%、ひまわり油は50%のシェアがあった。農業は21年にウクライナの国内総生産(GDP)の11%を占めており、就業者の約14%は農業に従事していた。
農業大国、主流は家族経営
広大な農地での機械化農業のイメージが強いが、国際協力機構(JICA)の分析では、輸出用の小麦やトウモロコシなどを生産する大規模農業企業の耕地は全体の14%にとどまる。
45%は家族経営の小規模農家であり、ジャガイモやトマト、果物、家禽(かきん)などを生産している。家族経営が主体であるがゆえに人口減少や国外退避の難民の動向が復興を左右しかねない。
首都キーウ(キエフ)の路上で花や野菜を売る人々=ロイター
JICA経済開発部の松井洋治課長は「トラクターや自動選別機など農業機械による省力化、ドローンやセンサーを使ったデジタル化で深刻な人手不足に対応する必要がある」と話す。そのうえで「農作物の品質を高め、付加価値で利益を上げる日本型農業の導入が復興のカギを握るだろう」と指摘する。
農業インフラにも課題がある。たとえばウクライナの灌漑(かんがい)設備はほとんどが旧ソ連時代のシステムで、ロシアの侵攻前から全体の7割が機能不全に陥っていた。戦闘による破壊が加わり、現在は8割超が稼働していない。弾丸や燃料からしみ出たヒ素や水銀などで土壌が汚染されており、農地の4分の1が被害を受けているという分析もある。
ロシアの攻撃で破壊された農家(ハリコフ郊外)=ロイター
世界銀行やEUなどは23年3月にウクライナの復興費用を4110億ドル(約59兆円)と推計した。その後のロシアの攻撃や戦闘の長期化で費用は確実に膨れ上がっているし、同時に復興の「担い手」の不足も深刻さを増している。
3年8カ月にわたって戦闘が続いた1992〜95年のボスニア・ヘルツェゴビナ紛争が参考になる。国内外に退避した200万人以上の難民らのうち、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、04年までに故郷に戻ったのは100万人だった。およそ60万人は帰還を選ばず、国外で市民権などを得たとみられる。
日本政府は2024年2月に「日ウクライナ経済復興推進会議」を都内で開催する。戦闘の長期化を見据え、新たな復興シナリオを描けるかどうか。それがひいては民間企業の投資を呼び込み、国外に退避したウクライナ難民に帰還を促すことにつながる。
日経記事 2024.01.09より引用