工場から鉄道輸送されるVWのEV(23年9月、独東部ツヴィッカウ)=AP
【フランクフルト=林英樹】
欧州の自動車産業が2024年に入り、少なくとも5万人の従業員を削減すると表明したことが分かった。
見通しや推定も含めると10万人を超える。欧州連合(EU)による電気自動車(EV)の振興策を受けて工場の刷新に踏み切ったが、ドイツなど主要加盟国が支援を縮小したことでEV生産能力が過剰になった。部品大手にも影響は波及し、リストラ後の先行きも不透明だ。
相次ぐ人員削減、テスラも独で3000人
「従業員にとっては顔面を平手打ちされたようなものだ」。自動車部品世界最大手ドイツのボッシュが22日に発表したリストラ計画に、同社の労組幹部は怒りを隠さない。
今後数年間で最大5500人の従業員を削減し、うち7割の3800人はドイツ国内が対象とした。
24年に入り、欧州で車部品メーカーのリストラが相次ぐ。フランスのフォルヴィアは全従業員の13%にあたる1万人の削減を検討する。独ZFはEV駆動システム部門で働く従業員を中心に最大1万4000人を、28年にかけて削減する。
主要取引先である完成車メーカーの業績悪化の影響が大きい。独フォルクスワーゲン(VW)は独国内工場のうち3カ所の閉鎖を検討する。労働組合との交渉が長引いているが、実現すれば3万人の人員削減が伴う見通しだ。
米テスラは独東部の工場「ギガファクトリー」の従業員のうち4分の1に相当する3000人の削減を進めているとされる。米フォード・モーターは20日、ドイツと英国で4000人を減らす計画を発表した。欧州ステランティスも現在、最大2万5000人の削減を検討している。
EUと加盟各国、EV振興で足並みそろわず
欧州連合(EU)の自動車産業の市場規模は1兆ユーロ(約161兆円)超で、域内国内総生産(GDP)の7%を占める。同3%の日本の車産業よりも依存度は高い。
一方、EUの車産業従事者は1300万人で、推定も含めた車各社の欧州での人員削減数はその1%弱に達する。
基幹の車産業が悪化した原因は、ちぐはぐな産業政策にある。EUは30年までにEVを新車販売の80%、35年には100%とする野心的な計画を掲げるが、具体的な振興策は加盟各国に委ねていた。EV購入補助金や減税で右肩上がりに販売が伸びたが、23年後半から補助金の停止・縮小が広がると一気に減速した。
特に最大市場のドイツが16年に始めたEVの新車購入補助を打ち切った影響が大きかった。23年9月から企業によるEV購入を対象外とし、12月には全面停止した。23年9月からの14カ月間で、EV販売が前年同月を上回ったのは3カ月しかなかった。
ドイツの24年1〜10月のEV販売は32%減り、逆にエンジン車は7%増えた。欧州31カ国でも同期間、EV販売は2%減った。
独自動車研究センターのダーク・ヴォルシュレーガー氏は「EVは車体価格だけでなく充電価格も高い。経済規模がエンジン車に近づくまで公的支援は不可欠だった」と指摘する。
コスト増大のなか、生産過剰あらわに
VWは22年までの5年間で電動化やソフトウエアなどEV関連に300億ユーロを投じていた。25年から新型EV群を販売する独BMWは24年1〜9月の研究開発費が66億ユーロを超え、前年同期比で27%増えた。
政府の旗振りのもとEV投資にかじを切ったが、足元の需要減退を受け、生産過剰があらわになった。
追い打ちをかけたのが、ロシアからの天然ガス供給停止に伴うエネルギーコストの上昇だ。特に電力を大量消費する車産業への打撃は大きい。
独経済研究所によると、23年のドイツの車産業の電気代は1メガワット時あたり190ユーロで、中国の2倍超、米国の3倍弱に上った。電気代の差は製鉄やセメントなど他産業よりも大きい。
VW乗用車部門トップのトーマス・シェーファー氏は独紙ヴェルト・アム・ゾンタークの取材で、競合他社や東欧の自社拠点と比べ独国内の製造コストが「2倍高い」と指摘。
そのうえで「生産能力を削減し、新たな現実に適応させる必要がある」と述べ、工場閉鎖が不可避との考えを示した。
独政府、VWなどへの支援固まらず
VWに対する公的支援でも独政府は揺れている。政府は当初、打ち切ったEV購入補助に代わる振興策を議論していたが、ショルツ首相が6日にリントナー財務相を解任。
3党連立からリントナー氏率いる自由民主党(FDP)が離脱し、議論は立ち消えになった。
脱炭素対応からEV振興に注力してきた環境政党「緑の党」も静観の構えをみせる。
9月に独北部エムデンのVW工場を訪れた緑の党のハベック経済・気候相は政治的支援を約束する一方、「問題の大半はVW自身が解決しないといけない」と距離を置く。
EUのEV振興の方向性は変わっていない。7月に2期目が決まったフォンデアライエン欧州委員長は35年にエンジン車の新車販売を原則禁止する方針について堅持を明言した。
だが、欧州では脱炭素に伴うコスト増や製造業の低迷に反発する層が極右・極左のポピュリズム政党の支持へと流れる現象が起きている。
独公共放送ARDの21日の世論調査では、極右「ドイツのための選択肢(AfD)」の支持率が19%で、ショルツ氏のドイツ社会民主党(SPD、同14%)を上回った。今後の世論動向によってはEV政策の転換に踏み切る可能性がある。
※掲載される投稿は投稿者個人の見解であり、日本経済新聞社の見解ではありません。
恐らく私の理解不足のせいなのでしょうが、以前からEV普及のニュースには違和感がありました。 EVになぜ脚光が当たったかといえば、深刻な気候変動への救世主としてですよね。
であれば、EV化も大事でしょうが、増え続けるエネルギー需要の制御、例えば公共交通機関の強化などの「モーダルシフト」が本来セットのはずです。
EU自体はそうしたバランスを謳っていますが、聞こえてくるのは巨額の補助金が出るのでEVをもっと作ろうという話ばかり。
脱炭素のために自動車をどんどん売ろうという、宇沢弘文『自動車の社会的費用』を引くまでもなくおかしな騒ぎに、世界中が踊っていなかったか。その辺りの検証も、期待したいと思います。
EUや中国の補助金策が廃止・縮小されたことから、工場の再編、投資の先送り、人員削減など世界でEV失速の動きがみられた。
24年1~9月のEV販売台数伸び率では、EUが3%減、ドイツが1%減、米国が8%増、中国が12%増だった。
新商品を早期に購入する消費者層の購入が一巡したことで、EVの世界販売が成長の踊り場を迎えた。
アーリーアダプターから大衆市場へと普及するネックは、充電インフラ、車両価格、航続距離などであろう。
EV失速と言われながらも、中国市場では着実に拡大しており、米国でも安定成長してきている。これからクルマの技術進化、消費嗜好の変化に伴い、電動化やSDV化の方向性は変わらないだろう。