名門大学の研究者たちが知らずに北朝鮮と共同研究していた――。
国連の制裁下にある北朝鮮の研究者が関わる国際共著論文を日本経済新聞が調べたところ、東京大学や名古屋大学といった日本の5大学などに所属する研究者が名を連ねた事例が8件見つかった。
どの研究者も北朝鮮と直接の関わりは無いとするが、国連の制裁に違反する可能性がある。国際的な共同研究が増える中でリスク管理の課題が浮かび上がった。
「全く知らなかった。名前を勝手に使われた」。名古屋大学でロボットの制御などを研究する日本人の男性研究者は、日経の取材に驚きを隠せなかった。
この研究者は、2017年に中国・華中科技大学の中国人研究者が中心となったロボット制御に関する論文に共著者として名前を連ねた。
この論文には北朝鮮の研究者も関わっていたが、男性研究者は北朝鮮とは「全く無関係だ」と強く否定した。中国人研究者はかつて名大で男性研究者の下におり「恩義に感じて名前を入れたのでは」と話す。
日経は国際学術論文データベース「スコーパス」の約9700万件の文献データを解析し、北朝鮮への国連制裁が強化された2016年末以降に、日本と北朝鮮の共同研究がないかどうかを探った。
すると北海道大学、東大、名大、名城大学、沖縄科学技術大学院大学(OIST)、理化学研究所、千葉県のスタートアップの計7機関に所属があると登録された9人が、北朝鮮の機関が関わる論文の著者として名前があった。
論文は計8本で、トマトの色素と紫外線の関係やウイルスの周辺で分子がどう流れるかなどについて研究した成果をまとめていた。
北朝鮮の共著者の所属機関には金日成総合大学など、同国の中心的な研究機関が名を連ねていた。
大学当局や研究機関は所属する研究者の活動を把握する必要がある。文部科学省も、北朝鮮の研究者と「直接の協力関係が無い場合でも、意図せず共著となる可能性もある」とし、原稿執筆段階や投稿前における確認の徹底などを求めているが、大学側などは取材に対して論文の存在を把握していなかったと答えた。
北朝鮮との国際共同研究を禁じた国連安保理決議第2321号などによると、国連加盟国は核兵器やミサイルに関する研究に限らず、医療交流や国が認めたもの以外のすべての科学研究を停止するよう求めている。
もし研究する場合は事前に国を通じて国連の制裁委員会に通知して認められる必要がある。
しかし外務省によると、これまで北朝鮮と共同研究した事例について国連の制裁委員会に通知したことは一件もないという。
国連の北朝鮮制裁に関する専門家パネルの委員を務めた経験がある古川勝久氏によると、今回見つかった論文は制裁委員会で認められておらず、内容はそれぞれ医療交流ではないと見られることなどから「国連制裁に違反する恐れがある」という。
北朝鮮と共同研究した事例について各研究者や大学に取材すると、第三国の研究者を通じて間接的に論文の共著者になったことがわかった。
すべての事例で、日本の研究者は共著者に北朝鮮の研究者がいることを「知らなかった」という。
北大の事例では、研究者が過去に指導した中国人研究者からの依頼で共著者となり、他の著者とは面識はないという。
北大は「共著者の所属について確認を怠ることは、研究者としての責務上適切な行為とは言えない」とし、再発防止に努めるとした。
OISTの事例では、複数の研究者が名を連ねた。大学当局や研究者によると「実験計測に関わった」事実はあるが、事前に北朝鮮の研究者がいると知らされておらず、必要な手続きができなかったという。
OISTの論文は、公表後に北朝鮮研究者とのつながりを否定する正誤表を添えた。
東大は、共同研究になった経緯について明らかにしなかったが「東大教員と北朝鮮機関の研究者などとの間での研究交流、教育、指導などはなかった」という。
政府側の情報収集体制にも問題がありそうだ。今回、北朝鮮の研究者との共著論文を確認できた9人のうち1人は、論文の公開後に国主導の研究プロジェクトのリーダーに就いた。
数百億円規模の予算枠があり、幅広い先端技術情報にアクセスできる要職だ。だが、人選を担った科学技術振興機構(JST)は、共著論文の存在を把握していなかった。
JSTは「(過去の国際規制違反など)特定の規制についての違反の有無は確認していない」といい、日本の科学研究をけん引する重要ポストに研究者を任命する際であっても過去の論文などの精査はしていないと説明した。
安全保障上のリスクを避ける十分な審査ができているのか疑問が残る。古川氏は「疑いがある研究者に研究資金を提供するのは問題だ」と話す。
(矢野摂士、久永純也、兼松雄一郎、綱嶋亨)
カッサンドラ ギリシャ神話に登場する予言者。未来を見通す能力がありながら誰にも信じてもらえない状況に陥るが、それでも将来につながると考えて警鐘を鳴らした。
古代トロイア(トロイ)が滅亡するとの予言に耳を傾けてもらえず、木馬に潜んだ敵兵の入城を許してトロイアが滅びたという逸話がある。
津川友介米カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA) 准教授・医師
分析・考察
これらのケースでは論文の共著者になっているだけですので、日本国内の知的財産は流出していないと考えられます。
より問題が大きいのは、日本の研究者が海外の大学などの研究機関に雇用され、それと共に知的財産が流出する場合や、留学生が日本国内の知的財産を出身国に持って帰り共有してしまう場合だと思います。
特に日本の研究費で行われた研究に関しては、知的財産の国外流出を防ぐ仕組みが必要だと思います。
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