欧州連合(EU)の創設を定めたマーストリヒト条約の発効から11月1日で30年になる。環境やデジタル政策などでルールを設け、世界に波及させる「ブリュッセル効果」を強めてきた。加盟国は27に増え、さらなる拡大議論もある。高い理念を掲げ、変わり続けるEUの現状と課題を探る。
「自動車業界と消費者への強いシグナルとなる」。2022年10月、執行機関・欧州委員会のティメルマンス上級副委員長(当時、気候変動担当)はこう誇った。35年に域内の全新車販売をゼロエミッション車に限ることで欧州議会などと政治合意したのだ。
21年7月に欧州委が初めて案を打ち出すと、欧州車大手は雪崩を打ったように電気自動車(EV)シフトを打ち出した。新方針は23年3月に閣僚理事会で最終承認された。
特に独メルセデス・ベンツは39年までに新車販売をすべてEVとする従来計画を修正し、30年の「EV専業」を宣言した。同社社長は「EVシフトはもはや前提条件だ」と述べ、計画を10年近く前倒しした。
高所得かつ環境意識の高い消費者を抱える欧州市場で事業を続けるには、企業が製品やサービスをEU基準に合わせるしかない。
企業はEU向けと他市場向けの製品を差別化するとコストが生じる。そのためEUの厳しい基準にあわせた製品を他市場でも展開するようになる。政府の政策もEUに引きずられる。これが「ブリュッセル効果」だ。
対策が十分でない国からの輸入品に事実上の関税を課す「国境炭素調整措置」は23年秋から順次導入する。欧州販売が多いインドの鉄鋼メーカーなどは温暖化ガスの排出量データを四半期ごとに報告しなければならない。
日本も無縁ではいられない。ダイキン工業の三中政次取締役兼副社長執行役員はEUの次の一手に目を光らせる。「5年先か、10年先か。EUは必ずフロンガス規制を導入するだろう」。
空調機器のフロン使用に制限が設けられれば、代替素材を使う必要がある。先回りして対策を練る。「厳しい規制が技術革新を生む。対応できれば世界展開できる」。ルールに向き合い、自社の強みを磨く企業も出てきた。
EUはデジタルサービス法などで米巨大テック企業にも対応を迫る。偽情報の削除を義務付け、違反すれば巨額の罰金を課す。
環境や人権などの理念を掲げ、ルール化するEU流が常にうまくいくわけではない。ゼロエミッション車以外の禁止にはドイツが土壇場で反発し、合成燃料を使うエンジン車は認める例外を設けた。産業界や市民の「環境対応疲れ」から修正局面が訪れるとの分析もある。
「EUが立案する政策は必ず前に進んでいく」。それでも会議で日本の同僚にこう説くのは、安倍晋三元首相の秘書官を務めた経済産業省出身の佐伯耕三・日本貿易振興機構(ジェトロ)ブリュッセル所長だ。野心的な当初案の一部修正があっても、脱炭素の「本丸」は後退しないとみる。
欧州委員長の5年という任期の長さにも注目する。欧州議会選や欧州委の改組は5年に1回。EU官僚も政策論議に集中できる。
毎年のように国政選挙があり、首相官邸で重要政策の内容やタイミングに苦心したからこそEUの強さを実感する。「これからさらにEUのルール形成は加速する。日本はその動きを注視していく必要がある」と警鐘を鳴らす。
日経記事 2023.10.30より引用