こんばんは
先日、娘の卒業式が終わりました。
6年間、長かったような短かったような・・・
幼稚園に入園してから9年か・・・ひとつ言える事は「就園・就学すると早い」ってことですかね
体感としては、就園までの丸3年の方が長くて大変だった気がします。
24時間365日、ずっと一緒にいたのですから
こんなにひとりの人とずっと一緒にいたことないでしょ、24時間365日。娘とほぼ一緒だった4年近くの年月はかけがえのないものでしたが、めっちゃ大変でしたよ・・・
娘は幼稚園の時にコミュニケーションに遅れがある、と先生から受診を勧められ、自閉症スペクトラムの疑いと診断されました。
そのことが分かった時に父親である元夫は
「なんだ、欠陥品じゃねえか」
と言った事。私はずっとその意味を考えています。今もずっと。
その後は通院などにも協力的でしたが、娘を近くにある国立大学の附属小学校を受験させたかった元夫は、娘の発達障害の疑いを隠して受験させようとしましたが、私はその事を学校側に伝えました。もし合格してからそれが分かった時に、いろいろな意味で学校に迷惑をかけることになると思ったからです。
そのためなのか、ほぼ全入するその試験に落ちました。
その時、夫と話し合って娘には「パパが書類を出さなかったから落ちちゃったんだということにしよう」と伝えようと決め、私はそう娘に言いました。
そしたら娘は「パパが『りおが病気だから落ちちゃったんだよ』って言ってたよ。りおは病気なの?」と言うのです。
夫は、話し合ったこととは違うことを娘に告げていたのです。娘を傷つけないように相談したにも関わらず。
彼とはよくこういうことがあって、ちゃんと相談して決めたことを覆してご破産にしてしまうのです。
そしていつも「なぜそんなことをしたのか」を聞いても答えない。
おそらくですが、彼は「自分が書類を出さなかった」とされたことが嫌だったのか。それとも娘が憎くて本当のことを言ったのか。
今考えても、よく分かりません。彼のすること、考えることは、私には理解できませんでした、ずっと。
もしかして、彼にも分かってないのかもしれません。
ただその時「自分がやりたいからやってしまう」という衝動がとめられない。そうじゃないかな、と思います。
それは、今、娘を見ていて感じることです。
娘は離婚して私と首都圏に戻ってきて、新しい病院で診断が出ました。
「ADHD症状を伴う自閉症スペクトラム」
それが娘の診断名でした。
ただWISCという検査の結果では知的には問題ないということで、普通級に進学することになり、小学校側にも事前に面談し、医師から学校に配慮して欲しいこともお伝えさせていただきました。
担任の先生も女性のベテランの学年主任の先生になりました。
娘は小学校入学して初めての授業参観で、椅子に寝そべっていました。
もうびっくりしました
授業中に立ち歩いてゴミを捨てに行ったりして、もう自由。フリーダム。
私は「授業中には座っていること、勝手に立ち歩いてはいけない」とは教えてなかったですが、まさか娘がそんなことをしているとは思いもしませんでした。
それから友達に掴みかかるわ、友達の物を投げて壊すわ、何度謝罪の電話や手紙、弁償の品を用意したことでしょうね・・・
あるお母さんには「お薬飲ませてるんですか?!」と言われたこともありました。本当に、あの時は申し訳なかったですし、私もつらい1年間でした。
1年生の先生はりおのことをあえてクラスメイトには言わない、という選択をされました。それは「いろんな子がいて、それを受け入れていくことを学んでほしい」ということからでした。
そして学年末には「りおちゃんはこういう子だから」と受け入れてくれる様になり、りおも受け入れてくれるクラスメイトに対して、穏やかに接する事ができるようになっていました。
娘は積極的に自分の考えを表現する子なので、よく発言して、代表にも立候補する子になっていました。
しかし、1年生の担任の先生は転任してしまい、次の2年生の担任の先生は同じく定年間近のベテランの先生でした。1年生の時に他のクラスの担任をしていて、その先生のクラスはいつも給食を完食していることが少し気になっていました。
りおは感覚が過敏で、音や匂い、食感が苦手なものがあると耳を塞いだり、気持ち悪くなって吐いたりしてしまいます。また、睡眠障害で夜眠れなくて、眠れる薬をもらっていたのですが、そのため日中居眠りすることがありました。
それも文書にしてお渡ししていたのですが、無理に給食を口の中に入れられる、掃除の時間も食べるまで残されるなどされるようになりました。
校外学習では他の生徒さんの迷惑にならないように、私は休みをとって引率ボランティアに付き添いました。
担任の先生とも何度も面談して、娘の特性と、それについてこういう対処をしていただけたら子どももやり遂げることができますと説明してお願いしてきました。
娘はそれでもめげずに授業中に発言したり、係りに立候補したりしていたようですが、それを先生に馬鹿にされたり笑われたりしていたようです。
そしてある日、先生から電話がかかってきて「今日、班長決めでやりたい人に手を挙げさせたんです。そこでりおさんが班長に立候補したんですが『授業中寝たりしているあなたにできるわけないでしょう』と言ったんです。その授業が終わった後に、○○さんにそのことをからかわれたらしくて、りおさんが手を出したのです」と言われたのです。
私はいつものように平謝りしたのですが、その電話をそばで聞いていた友達に「その先生がおかしいんじゃない?だって誰でも立候補できるように挙手させたんでしょ?じゃあなんでりおちゃんが立候補しちゃいけないわけ?それで『あなたはちゃんとしてないからなれない』っていうのおかしくない?」と言われたんです。
あ、そうだよな、と思いました。
先生がそういう態度を取って、りおを貶めるから、他の生徒さんもそういうことをしていい、と思ってしまうんだろう。
そう思いました。それをやんわり先生に伝えましたが、全く響いていないようでした。
それでも、先生によって娘の学校生活が左右されてしまうため、モヤモヤしつつ、日々過ぎて2学期がもうすぐ終わる頃、大変なことが起きました。
次回に続きます
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます