健康いちばんの、四季のカルテ原稿、、締め切りすぎてますが、なんとか間に合ったでしょうか?
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山また山と出会わず
人また人と出会う
六甲道診療所 谷口敏光
「お姉ちゃん津波みてないもんね」「あのとき、何もできなかった」
「カムカム」の前の朝ドラ「おかえりモネ」に未だにはまっています。「龍馬伝」の頃からでしょうか、気に入ったドラマは完全版DVDセットを購入して繰り返し見直して楽しむようになって長くなります。DVDですから「擦り切れる」ことはないですが、まあそれくらい見てしまうのです。読書家の鳴海先生からは、「もっと本を読まんとあかん」と叱責されそうですが。「そんなに何回もみて、面白い?」と家でも呆れられていますが、毎回観るたびに新たな発見があり、自然と台詞を覚え、先に言えてしまうほどのめりこんでしまうシーンも数々。とりわけコロナ禍で、外食もなく、自宅で黙食個食で、読書三昧ならぬ、ドラマ三昧の2年間でした。
「とにかく島をでたい」
震災の時そこにいなかったモネは、こういって、森林組合に就職します。「その山の葉っぱさんたちが海の栄養になんのさ。山は海とつながっているんだ。何も関係ねぇように見えるもんが、何かの役に立つっていうことは、世の中にいっぺぇあるんだよ」とじいちゃんは幼い姉妹に伝えていたという龍巳じいさんの言葉はどれをとっても重く、カッコいいのです。
ちょっと違う意味で淡路島を出たかった私は、良くも悪くも周囲との関係性の濃い島が嫌で、さほど遠くもない神戸にでてきてもう40年をすぎました。人付き合いが苦手だったのに、医療生協という「助け合い」や「繋がり」を大事にする仕事を選んでしまったのはどうしてでしょうね。
六甲道診療所は今年30周年です
震災で診療所が全壊した時はさすがに事業継続の断念も考えたくらいですが、なんとか休まず、続けてこれました。そして、今このコロナ禍で日曜祝日以外で検査をしなかった日がない程の毎日。通院患者さんだけではなく、発熱相談センターや保健センターから、他にかかりつけ医がある患者さんからも、毎朝電話がはいります。なんでそこまで受けるのかと周りから思われてるでしょうね。もちろん、自分の身を守る、職員の安全確保は最重要ですが、それなら「発熱患者を診ない」というのは正解ではないはずです。熱はなくてもコロナ陽性となる高齢者、検査陰性でも重大な疾患が紛れ込んでいます。できるかぎりの対策をとることでなんとかここまで踏ん張ってきました。
「誰かの役にたちたい」
モネはこう言う。「きれいごとにしか聞こえない」と幼なじみに言われ、「誰かのためにというのは結局自分のためなんじゃない」と同僚にいわれ、「あなたのおかげで助かった、という言葉は麻薬です」と菅波先生にいわれます。モネのおじいちゃんにはモデルがあります。気仙沼のNPO法人「森は海の恋人」代表の畠山重篤さんでカキを育てるために植樹を30年以上続けています。津波で母親もカキ棚もなくしても、海中にはカキが食いきれないプランクトンはしっかり生き残ってたそうです。海は生きていたんですね。「強いんじゃねんだよ、何つうかな、しぶといんだな」という龍己じいさんの言葉のように、人付き合いが苦手でも、人と出会いながら、もう少しだけ、しぶとくがんばってみよかなと思えるドラマでした。
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山また山と出会わず
人また人と出会う
六甲道診療所 谷口敏光
「お姉ちゃん津波みてないもんね」「あのとき、何もできなかった」
「カムカム」の前の朝ドラ「おかえりモネ」に未だにはまっています。「龍馬伝」の頃からでしょうか、気に入ったドラマは完全版DVDセットを購入して繰り返し見直して楽しむようになって長くなります。DVDですから「擦り切れる」ことはないですが、まあそれくらい見てしまうのです。読書家の鳴海先生からは、「もっと本を読まんとあかん」と叱責されそうですが。「そんなに何回もみて、面白い?」と家でも呆れられていますが、毎回観るたびに新たな発見があり、自然と台詞を覚え、先に言えてしまうほどのめりこんでしまうシーンも数々。とりわけコロナ禍で、外食もなく、自宅で黙食個食で、読書三昧ならぬ、ドラマ三昧の2年間でした。
「とにかく島をでたい」
震災の時そこにいなかったモネは、こういって、森林組合に就職します。「その山の葉っぱさんたちが海の栄養になんのさ。山は海とつながっているんだ。何も関係ねぇように見えるもんが、何かの役に立つっていうことは、世の中にいっぺぇあるんだよ」とじいちゃんは幼い姉妹に伝えていたという龍巳じいさんの言葉はどれをとっても重く、カッコいいのです。
ちょっと違う意味で淡路島を出たかった私は、良くも悪くも周囲との関係性の濃い島が嫌で、さほど遠くもない神戸にでてきてもう40年をすぎました。人付き合いが苦手だったのに、医療生協という「助け合い」や「繋がり」を大事にする仕事を選んでしまったのはどうしてでしょうね。
六甲道診療所は今年30周年です
震災で診療所が全壊した時はさすがに事業継続の断念も考えたくらいですが、なんとか休まず、続けてこれました。そして、今このコロナ禍で日曜祝日以外で検査をしなかった日がない程の毎日。通院患者さんだけではなく、発熱相談センターや保健センターから、他にかかりつけ医がある患者さんからも、毎朝電話がはいります。なんでそこまで受けるのかと周りから思われてるでしょうね。もちろん、自分の身を守る、職員の安全確保は最重要ですが、それなら「発熱患者を診ない」というのは正解ではないはずです。熱はなくてもコロナ陽性となる高齢者、検査陰性でも重大な疾患が紛れ込んでいます。できるかぎりの対策をとることでなんとかここまで踏ん張ってきました。
「誰かの役にたちたい」
モネはこう言う。「きれいごとにしか聞こえない」と幼なじみに言われ、「誰かのためにというのは結局自分のためなんじゃない」と同僚にいわれ、「あなたのおかげで助かった、という言葉は麻薬です」と菅波先生にいわれます。モネのおじいちゃんにはモデルがあります。気仙沼のNPO法人「森は海の恋人」代表の畠山重篤さんでカキを育てるために植樹を30年以上続けています。津波で母親もカキ棚もなくしても、海中にはカキが食いきれないプランクトンはしっかり生き残ってたそうです。海は生きていたんですね。「強いんじゃねんだよ、何つうかな、しぶといんだな」という龍己じいさんの言葉のように、人付き合いが苦手でも、人と出会いながら、もう少しだけ、しぶとくがんばってみよかなと思えるドラマでした。