胃瘻も点滴もせんと決意したばあちゃんはえらい、、、
スーパードライだと、もうすこし頑張れるかと思いながらも、あれこれの事情を察してくれたような最期
往診日でもなく、集中検査日でもなく、 娘の大学の試験日でもなく、 都賀川水害の日でもなく、、、
鳴海先生にお出ましいただくことにはならざるを得ないのですが、ご都合がどうだったかわりませんが、
勝手に、1日分のみで済んだことはまあ、よしと思わせていただきます。
けんど、坂○さんには降参です。
今回 4回淡路往復したのですが、
土日の安否確認をさぼってしまいました。
おととい、昨日往診いってたとしても、避けられないかもしれないけど、
家にいて、きまままがいいといった この身寄りもない一人暮らしの癌末期の人に
最期までお付き合いする覚悟はしていたのですが、
父に先をこされました
23日の夜10時過ぎ、、、いったん神戸にかえったところで呼び出し
死に目には会えんかったけど、もうそれは、ばあちゃんの頑張りなら、許されるかなあと納得
逝ったときはもう、やすらかで、
病院から、葬儀場に移動して、担当者と集合の折は 日がかわっていました
疲れているばあちゃんも、、、
その時は 通夜は日曜日6時で、 告別式は昨日の11時ということで
お坊さんの都合と、火葬場のスケジュールの突合せ待ち、、
結局翌日早朝に また、打合せにて、、
通夜は予定どおりだったんですが、
告別式が、かなり11時周辺はあかん、、そこでおそくなるより、早いほうがいい、、
帰りが遅くなるより、、という気分、 ということで、開始9時、を選択、
ほんだら、
その前に なんと、なんと、朝食会?なるものがあるということを初めて聞いて、それって、また接待なの?
そんで、9時から葬儀、告別式がはじまって、、、喪主のばあちゃんはお隣で椅子ですわったままで、
息子は立って、立礼役で 頭をさげまくっていた、、そのとき、 マナーモードにし忘れた携帯がなりまくり、、、
でも、そこは スルーして、、、立礼がおわって、 終わりの緊張ご挨拶前の間に、、
横の廊下にでて、診療所にでて、電話したら、坂○さんが、、脱水。。。(^^;
すみません、これでは、坂○さんの本意、家できままにとはいかなかったのかなあ、、、
迷い、悔いながら、、 どうなったんかな、、と、思いながら、
今日亡くなられたと知らせを受ける、、悔やむなあ、、
苦手な、葬儀の締めの ご挨拶 息子の結婚式のあいさつみたいに笑いをとるわけにもいかず、
まあ一応まじめに お話しを なんとかこなし
久しぶりの 骨上げでは つい、骨粗鬆症やったんかなとかなあと、脊椎骨をそりと拾い、、
散らばったこれは、「○○骨」なんて、考えてしまっているとはだれも思ってないでしょうが、、、、
初七日法要もすまして、そのあとも、また、ご近所隣保の 接待。
とにかく、だれが出席するのか
と、いろいろ言われても、だれがだれなのか、
40年近くも 離れていると、「同窓会」レベルにもいかない 顔と名前がわからず、、、
結局、最後の、接待会食の人数を間違えてて、、1人分 足りない、!!!、
思わず、都賀川の準備で 大変な気分の奥方、ここぞとばかり、、「帰るわ・・」といってくれました。
願ったりかなったりの機転??には緩瀉
まあ、ひそかにそれをねらっていたというのは、後出しじゃんけんの世界かも、、
気をわるくしたんではという、 ばあちゃんの気遣いもありながら、これでよかったモードでした。
なんて、内輪話はどうでもいいよね
まあ、これで、一段落です。
それにしても、こんな、小さな町というか、村にも、
つぎつぎと、「セレモニーホール」なるものが、林立しております。
兵庫県でも トップクラスの 消滅自治体候補ですが、
絶え間なく、葬儀会場が稼働する日々がすぎさったあとには何がのこるのでしょうね。
スーパードライだと、もうすこし頑張れるかと思いながらも、あれこれの事情を察してくれたような最期
往診日でもなく、集中検査日でもなく、 娘の大学の試験日でもなく、 都賀川水害の日でもなく、、、
鳴海先生にお出ましいただくことにはならざるを得ないのですが、ご都合がどうだったかわりませんが、
勝手に、1日分のみで済んだことはまあ、よしと思わせていただきます。
けんど、坂○さんには降参です。
今回 4回淡路往復したのですが、
土日の安否確認をさぼってしまいました。
おととい、昨日往診いってたとしても、避けられないかもしれないけど、
家にいて、きまままがいいといった この身寄りもない一人暮らしの癌末期の人に
最期までお付き合いする覚悟はしていたのですが、
父に先をこされました
23日の夜10時過ぎ、、、いったん神戸にかえったところで呼び出し
死に目には会えんかったけど、もうそれは、ばあちゃんの頑張りなら、許されるかなあと納得
逝ったときはもう、やすらかで、
病院から、葬儀場に移動して、担当者と集合の折は 日がかわっていました
疲れているばあちゃんも、、、
その時は 通夜は日曜日6時で、 告別式は昨日の11時ということで
お坊さんの都合と、火葬場のスケジュールの突合せ待ち、、
結局翌日早朝に また、打合せにて、、
通夜は予定どおりだったんですが、
告別式が、かなり11時周辺はあかん、、そこでおそくなるより、早いほうがいい、、
帰りが遅くなるより、、という気分、 ということで、開始9時、を選択、
ほんだら、
その前に なんと、なんと、朝食会?なるものがあるということを初めて聞いて、それって、また接待なの?
そんで、9時から葬儀、告別式がはじまって、、、喪主のばあちゃんはお隣で椅子ですわったままで、
息子は立って、立礼役で 頭をさげまくっていた、、そのとき、 マナーモードにし忘れた携帯がなりまくり、、、
でも、そこは スルーして、、、立礼がおわって、 終わりの緊張ご挨拶前の間に、、
横の廊下にでて、診療所にでて、電話したら、坂○さんが、、脱水。。。(^^;
すみません、これでは、坂○さんの本意、家できままにとはいかなかったのかなあ、、、
迷い、悔いながら、、 どうなったんかな、、と、思いながら、
今日亡くなられたと知らせを受ける、、悔やむなあ、、
苦手な、葬儀の締めの ご挨拶 息子の結婚式のあいさつみたいに笑いをとるわけにもいかず、
まあ一応まじめに お話しを なんとかこなし
久しぶりの 骨上げでは つい、骨粗鬆症やったんかなとかなあと、脊椎骨をそりと拾い、、
散らばったこれは、「○○骨」なんて、考えてしまっているとはだれも思ってないでしょうが、、、、
初七日法要もすまして、そのあとも、また、ご近所隣保の 接待。
とにかく、だれが出席するのか
と、いろいろ言われても、だれがだれなのか、
40年近くも 離れていると、「同窓会」レベルにもいかない 顔と名前がわからず、、、
結局、最後の、接待会食の人数を間違えてて、、1人分 足りない、!!!、
思わず、都賀川の準備で 大変な気分の奥方、ここぞとばかり、、「帰るわ・・」といってくれました。
願ったりかなったりの機転??には緩瀉
まあ、ひそかにそれをねらっていたというのは、後出しじゃんけんの世界かも、、
気をわるくしたんではという、 ばあちゃんの気遣いもありながら、これでよかったモードでした。
なんて、内輪話はどうでもいいよね
まあ、これで、一段落です。
それにしても、こんな、小さな町というか、村にも、
つぎつぎと、「セレモニーホール」なるものが、林立しております。
兵庫県でも トップクラスの 消滅自治体候補ですが、
絶え間なく、葬儀会場が稼働する日々がすぎさったあとには何がのこるのでしょうね。