からっ風と、繭の郷の子守唄(80)
「避暑地の軽井沢には、旧軽通りという恋人たちのオアシスがある」
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ぴったりとしたレギンスパンツではなく、余裕のあるデニムの上下に着替えた千尋が
バックシートで、上機嫌なままにヘルメットを装着しています。
峠(碓氷峠)を越えて隣接する避暑地の街、軽井沢で遊びたいという千尋を乗せた
康平のスクーターは、新旧2本ある峠道のうち距離はあるものの比較的走りやすい
碓氷バイパス(もとは有料道路)のほうを選択しました。
184箇所ものカーブがある旧道(国道18号)から見れば、坂下に当たる横川から峠まで、
ヘアピンカーブと片勾配の急坂が長く続いていくものの、48箇所しかないカーブの数は
やはり運転している者からすれば、相当に楽なものがあります。
碓氷峠(うすいとうげ)は、群馬県安中市の松井田町と長野県北佐久郡軽井沢町の
境にある急峻な峠です。最高点の標高は旧道で960m、バイパスでは1030m。
信濃川水系と利根川水系とを分ける中央分水嶺で、長野県側に降った雨は日本海へ、
群馬県側に降った雨は太平洋へと流れます。
峠を越えた瞬間から、避暑地でもある軽井沢の高原が広がります。
噴煙と雲をたなびかせる浅間山の勇姿を背景に見せながら、洒落た軽井沢の町並みと
別荘地帯とリーゾート施設がいっぺんに目の前に広がり始めます。
「だって。あなたに繭の説明なんかしていたら、
お天気が良いのに、いったい私は何をしているんだろうって、ふと考えちゃったの。
外は良いお天気だし、あなたのバイクのバックシートの乗り心地は最高だもの。
こんな日に軽井沢の街でも歩けたらもっと素敵だろうなぁ、って考えたら
もう、居ても立ってもいられなくなっちゃいました。
それに、お互いに会話ができるこのヘルメットも大のお気に入りです。
2輪車のもつ開放感と、ヘルメットの中の秘密めいたおしゃべりがたまりません。
わたしってやっぱり、仕事嫌いのおサボリ屋さんなのかしら。うふっ」
すっかりバックシートの位置取りにも慣れてきた千尋が
康平の腰へ柔らかく両手を回しながら、ヘルメットの中で笑っています。
ヘルメットに付いたインカム装置(内部通話のできる小さな機械)がすっかりお気に入りの
千尋は、先程から一人でのおしゃべりが止まりません。
「もくもくと糸を引いているわたし自身が、本当は一番大好き。
蚕室を覗いたり、桑畑を散策しながら、仕事のことをあれこれ考えている時の私も好き。
ラジオだけをつけ、お外の風景をながめながら、ぼんやりとお茶をしている時の私も好き。
でもそんな私がつい最近、もっと大好きになったのは、こうして疾走をする
あなたのスクータの後部座席です。
思いがけないことを発見して、別の私が目覚めたような気もするの。
暴走族なんか見るだけでも大嫌いだったのに、速度が上がるだけでワクワクしちゃう。
やっぱり私って、実は、イケナイ女みたいです」
避暑地、別荘地として名前を知られている軽井沢には、年間で800万人以上が訪れます。
標高1000 m前後の高地にあるため、年間の平均気温は7.9 ℃と北海道並の低さです。
冬季は気温が零下15 ℃以下にまで下がるため、冬の寒さはとにかく厳しく、夏は涼しいという、
典型的な高原型避暑地の気候をもっています。
『どこか行きたい希望はありますか』と尋ねると
『旧軽メインストリート。通称、北軽銀座!』と、ウキウキとした千尋の即答が返ってきました。
旧軽銀座とは、旧軽井沢銀座通りの略称で、このあたり一帯に並んでいる商店街を指しています。
軽井沢駅北口から北に伸びる三笠通りを2kmほど行くと、旧軽のロータリーに出ます。
ここから斜め右側へ入っていく通りで、つるや旅館(江戸期は旅籠)が建っているあたりまでの
500mあまりが、軽井沢におけるメインストリートと呼ばれています。
もともとは、中山道の軽井沢宿があった場所にあたります。
明治期に入り旧軽井沢が外国人の避暑地になると、別荘地住民向けの商店街として発展を見せ、
軽井沢が観光地化をしてからは、観光客向けの土産物屋などが通りに増えてきました。
通りの中ほどにチャーチストリート軽井沢という、奥に長いショッピングモールがあり、
少し先の右側には、軽井沢観光会館がそびえています。
周辺にはブランジェ浅野屋、フランスベーカリーといった有名なパン屋なども軒を連ねています。
旧軽銀座周辺には、 聖パウロカトリック教会、ショーハウス記念館、軽井沢会テニスコート、
万平ホテルなどがあり、手頃な散策の道としてもおおいに人気を集めています。
「恋人たちのように寄り添い合いながら歩くのが夢なの」などと言いながら、
茶目っ気のある笑顔を見せ、康平の指先を軽く握っているだけの千尋が、スニーカーの足音も
軽やかに、旧軽通りの歩道を軽快に歩き始めました。
「ほんとはおしゃべりが大好きで、
お友達さえいれば長い時間を、無駄なお話に没頭するのが大好きな女です。
座ぐり糸を本格的に始めた頃から、なぜかつとめて違う自分の演出が始まりました。
日本風を目指したのかしら。『おしとやかに、つつましく』などと自分に言い聞かせながら、
デニムやスニーカーを捨て、女らしさを強調するスカートやワンピースをお休みには
着るようにして、お仕事の時にはあえて着物か作務衣に統一をしました。
できるかぎり早く、大人の女に見てもらいたかったのかしら。
でも、それは私の単なるただの勘違いでした。
こうして昔のようにデニムとスニーカーへ戻ると、お茶目な私が出てきてしまいます。
やっぱりダメですね。根拠のない猿真似などは・・・・うふふ」
お洒落なお店が並ぶ通りには、ところどころにテラスが見えます。
カラフルなパラソルが並ぶ日陰には、のんびりとお茶などをしている恋人たちや家族連れ、
中年の男女の姿などがチラチラと見え隠れをしています。
『恋人たちのように、テラスでお茶でもをしょうか』と誘えば、瞳を輝かせた千尋が
『はい!』と元気にスキップを踏んで、テラスへ駆け上がってくる始末です。
「手がつけられない勢いですね、まったく。今日の君は」
「心が舞い上がったままで、今日だけはもう、自分でどうにもなりません。
でも誤解をしないで下さいね。
こう見えて意外に古臭い女ですから、自分からは迫ったりしませんから」
「なにを迫るわけ?」
「いけず。・・・・あら、もうすっかり忘れたはずの京都弁が出てきました!。
許可がいただけるまでは、腕にもすがりませんし、恋人たちのような真似もいたしません。
もとはといえば、あなたのせいです。
背中には張り付くし、腰には大胆に両手を回すというスクーターの後部座席が悪いのよ。
ろくに面識がなかったのに、先日と今日で私たちは2度も密着をしています。
あなたのせいです。このままでは私の中で、大胆な女が目を覚ましてしまいそうです」
「たしかに穏やかじゃありませんね。それでは」
「はい。とても穏やかな心理状態で居ることなどはできません。うふ」
「じゃあ、いさぎよくその責任をとります。
お茶がすんだら、この先にある教会周辺などの散策に行きましょう。
6月の花嫁は幸せになるというジンクスのせいで、教会がたくさんあるこの一帯では、
6月に挙式をするカップル達であふれるそうです」
「6月といえば、サムシングブルーと、ジューンブライトです。
西洋では結婚式になると、サムシングブルーといって、隠れた場所に何かブルーのものを
身に着ける習慣があるそうです。ジューン・ブライド.は
直訳すれば『6月の花嫁』ということになります。
あら。でも今日の私の場合ですが、上に着ているデニムでも、サムシングブルーの
効き目はあるのかしら・・・・微妙ですねぇ、うっふふ」
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・「新田さらだ館」は、
日本の食と、農業の安心と安全な未来を語るホームページです。
多くの情報とともに、歴史ある郷土の文化と多彩な創作活動も発信します。
詳しくはこちら http://saradakann.xsrv.jp/
「避暑地の軽井沢には、旧軽通りという恋人たちのオアシスがある」
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ぴったりとしたレギンスパンツではなく、余裕のあるデニムの上下に着替えた千尋が
バックシートで、上機嫌なままにヘルメットを装着しています。
峠(碓氷峠)を越えて隣接する避暑地の街、軽井沢で遊びたいという千尋を乗せた
康平のスクーターは、新旧2本ある峠道のうち距離はあるものの比較的走りやすい
碓氷バイパス(もとは有料道路)のほうを選択しました。
184箇所ものカーブがある旧道(国道18号)から見れば、坂下に当たる横川から峠まで、
ヘアピンカーブと片勾配の急坂が長く続いていくものの、48箇所しかないカーブの数は
やはり運転している者からすれば、相当に楽なものがあります。
碓氷峠(うすいとうげ)は、群馬県安中市の松井田町と長野県北佐久郡軽井沢町の
境にある急峻な峠です。最高点の標高は旧道で960m、バイパスでは1030m。
信濃川水系と利根川水系とを分ける中央分水嶺で、長野県側に降った雨は日本海へ、
群馬県側に降った雨は太平洋へと流れます。
峠を越えた瞬間から、避暑地でもある軽井沢の高原が広がります。
噴煙と雲をたなびかせる浅間山の勇姿を背景に見せながら、洒落た軽井沢の町並みと
別荘地帯とリーゾート施設がいっぺんに目の前に広がり始めます。
「だって。あなたに繭の説明なんかしていたら、
お天気が良いのに、いったい私は何をしているんだろうって、ふと考えちゃったの。
外は良いお天気だし、あなたのバイクのバックシートの乗り心地は最高だもの。
こんな日に軽井沢の街でも歩けたらもっと素敵だろうなぁ、って考えたら
もう、居ても立ってもいられなくなっちゃいました。
それに、お互いに会話ができるこのヘルメットも大のお気に入りです。
2輪車のもつ開放感と、ヘルメットの中の秘密めいたおしゃべりがたまりません。
わたしってやっぱり、仕事嫌いのおサボリ屋さんなのかしら。うふっ」
すっかりバックシートの位置取りにも慣れてきた千尋が
康平の腰へ柔らかく両手を回しながら、ヘルメットの中で笑っています。
ヘルメットに付いたインカム装置(内部通話のできる小さな機械)がすっかりお気に入りの
千尋は、先程から一人でのおしゃべりが止まりません。
「もくもくと糸を引いているわたし自身が、本当は一番大好き。
蚕室を覗いたり、桑畑を散策しながら、仕事のことをあれこれ考えている時の私も好き。
ラジオだけをつけ、お外の風景をながめながら、ぼんやりとお茶をしている時の私も好き。
でもそんな私がつい最近、もっと大好きになったのは、こうして疾走をする
あなたのスクータの後部座席です。
思いがけないことを発見して、別の私が目覚めたような気もするの。
暴走族なんか見るだけでも大嫌いだったのに、速度が上がるだけでワクワクしちゃう。
やっぱり私って、実は、イケナイ女みたいです」
避暑地、別荘地として名前を知られている軽井沢には、年間で800万人以上が訪れます。
標高1000 m前後の高地にあるため、年間の平均気温は7.9 ℃と北海道並の低さです。
冬季は気温が零下15 ℃以下にまで下がるため、冬の寒さはとにかく厳しく、夏は涼しいという、
典型的な高原型避暑地の気候をもっています。
『どこか行きたい希望はありますか』と尋ねると
『旧軽メインストリート。通称、北軽銀座!』と、ウキウキとした千尋の即答が返ってきました。
旧軽銀座とは、旧軽井沢銀座通りの略称で、このあたり一帯に並んでいる商店街を指しています。
軽井沢駅北口から北に伸びる三笠通りを2kmほど行くと、旧軽のロータリーに出ます。
ここから斜め右側へ入っていく通りで、つるや旅館(江戸期は旅籠)が建っているあたりまでの
500mあまりが、軽井沢におけるメインストリートと呼ばれています。
もともとは、中山道の軽井沢宿があった場所にあたります。
明治期に入り旧軽井沢が外国人の避暑地になると、別荘地住民向けの商店街として発展を見せ、
軽井沢が観光地化をしてからは、観光客向けの土産物屋などが通りに増えてきました。
通りの中ほどにチャーチストリート軽井沢という、奥に長いショッピングモールがあり、
少し先の右側には、軽井沢観光会館がそびえています。
周辺にはブランジェ浅野屋、フランスベーカリーといった有名なパン屋なども軒を連ねています。
旧軽銀座周辺には、 聖パウロカトリック教会、ショーハウス記念館、軽井沢会テニスコート、
万平ホテルなどがあり、手頃な散策の道としてもおおいに人気を集めています。
「恋人たちのように寄り添い合いながら歩くのが夢なの」などと言いながら、
茶目っ気のある笑顔を見せ、康平の指先を軽く握っているだけの千尋が、スニーカーの足音も
軽やかに、旧軽通りの歩道を軽快に歩き始めました。
「ほんとはおしゃべりが大好きで、
お友達さえいれば長い時間を、無駄なお話に没頭するのが大好きな女です。
座ぐり糸を本格的に始めた頃から、なぜかつとめて違う自分の演出が始まりました。
日本風を目指したのかしら。『おしとやかに、つつましく』などと自分に言い聞かせながら、
デニムやスニーカーを捨て、女らしさを強調するスカートやワンピースをお休みには
着るようにして、お仕事の時にはあえて着物か作務衣に統一をしました。
できるかぎり早く、大人の女に見てもらいたかったのかしら。
でも、それは私の単なるただの勘違いでした。
こうして昔のようにデニムとスニーカーへ戻ると、お茶目な私が出てきてしまいます。
やっぱりダメですね。根拠のない猿真似などは・・・・うふふ」
お洒落なお店が並ぶ通りには、ところどころにテラスが見えます。
カラフルなパラソルが並ぶ日陰には、のんびりとお茶などをしている恋人たちや家族連れ、
中年の男女の姿などがチラチラと見え隠れをしています。
『恋人たちのように、テラスでお茶でもをしょうか』と誘えば、瞳を輝かせた千尋が
『はい!』と元気にスキップを踏んで、テラスへ駆け上がってくる始末です。
「手がつけられない勢いですね、まったく。今日の君は」
「心が舞い上がったままで、今日だけはもう、自分でどうにもなりません。
でも誤解をしないで下さいね。
こう見えて意外に古臭い女ですから、自分からは迫ったりしませんから」
「なにを迫るわけ?」
「いけず。・・・・あら、もうすっかり忘れたはずの京都弁が出てきました!。
許可がいただけるまでは、腕にもすがりませんし、恋人たちのような真似もいたしません。
もとはといえば、あなたのせいです。
背中には張り付くし、腰には大胆に両手を回すというスクーターの後部座席が悪いのよ。
ろくに面識がなかったのに、先日と今日で私たちは2度も密着をしています。
あなたのせいです。このままでは私の中で、大胆な女が目を覚ましてしまいそうです」
「たしかに穏やかじゃありませんね。それでは」
「はい。とても穏やかな心理状態で居ることなどはできません。うふ」
「じゃあ、いさぎよくその責任をとります。
お茶がすんだら、この先にある教会周辺などの散策に行きましょう。
6月の花嫁は幸せになるというジンクスのせいで、教会がたくさんあるこの一帯では、
6月に挙式をするカップル達であふれるそうです」
「6月といえば、サムシングブルーと、ジューンブライトです。
西洋では結婚式になると、サムシングブルーといって、隠れた場所に何かブルーのものを
身に着ける習慣があるそうです。ジューン・ブライド.は
直訳すれば『6月の花嫁』ということになります。
あら。でも今日の私の場合ですが、上に着ているデニムでも、サムシングブルーの
効き目はあるのかしら・・・・微妙ですねぇ、うっふふ」
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・「新田さらだ館」は、
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