からっ風と、繭の郷の子守唄(85)
「大自然を眺めながら、二人の女は何故か密談の真っ最中」
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「上品で光沢感のある、このサテン地のクラッチバッグも素敵だけれど、
私にはどうしても手に入れたいと願望をしている、もっとお気に入りのバッグが
ひとつだけあるの。
質問してよ私に、それはどんなバックなのかって」
フラップをクロスさせリボンのような形を表現したフェミニンなデザインの
バッグを目の前に、何故かおじけづいた表情を見せている千尋に向かって、高飛車の貞園が
さらに一歩を詰め寄ります。
「第一あんたをエスコートしてきたはずに、連れの康平はどこへ消えたのさ。
二人でデートの真っ最中だというのに女をほったらかして、あの気の利かない男は
一体どこへ消えたのよ。まったく、ピンボケったらありゃしない」
「あのう・・・・康平さんは、
ゴルフショップを見学したいと言うので、さきほど別れたばかりです。
1時間後にコーヒーショップで会おうということで、お互いに今は自由に行動中です」
「何考えているんだろ。デートの真っ最中に自由行動をするなんて聞いたことがないわよ。
まったくトンチンカンにも程があるわ。あのバカ男ったら!」
「いいえ。わたしたちはまだ、正式にお付き合いをしているわけでは・・・・」
「まぁ、それは置いといて。話を元へ戻しましょう。
先日、つばの広い麦わら帽子を手に持って、薄いブルーのワンピースを着て
前橋市の天神町通りのアーケードを、颯爽と歩いていたでしょう。あの日、あなたは」
「あ、はい。たしかにそんな格好で、康平さんのお店を訪ねてことは覚えています。
でも、随分と詳しくご存じですね、あの日の格好のことを」
「やっぱりね。あの時に見失ったと思ったのは、康平の店に消えたからなのね。
でも、あの日の格好のことなんかは、どうでもいいのよ悪いけど。
問題は、あの時あなたが手にしていた手触りの良さそうな、巾着袋のほうが気になったのよ。
あれはなんの素材なの? とても素敵に見えたんだもの。ひと目で気に入ったわ」
「あれは、私が自分で紡いだ糸で織っていただいた絹地です。
どうってことのないお手製の、ただの巾着袋です。それが気に入ったということでしょうか?」
「気にいったからこそ、こうしてしつこく尋ねているんじゃないの。
え?。紡いだ糸って、もしかしたらあなたも美和子と同じ、座ぐり糸の仕事かしら。
道理で似たような雰囲気があると思った。なるほどね、それでなんとなく気になっていたのか・・・・
判明してみれば、手品みたいな簡単な種明かしです」
「あら?。あなたこそわたしの同輩の美和子を、ご存知なのですか。
美和ちゃんとは、碓氷製糸場で2年間、一緒に仕事をしてきた親しい仲になります。
座ぐり糸仕事の最初の盟友です。元気にしているでしょうか、美和ちゃんは」
「いろいろとあるけれど、でもとりあえず元気で美和子も頑張っています。
私たち、いいお付き合いができそうな気がするわね。
どう、あなたさえよければ、その辺で二人でお茶でもしましょうか」
「よろこんで。
でも、その巾着袋が欲しいのなら、もう少しだけ待っていただけますか。
実は、黄金の糸を吐く蚕がまもなく繭をつくりあげます。
その糸を使って、初めてとなる黄金の生糸を仕上げるのが、今の私の当面の大きな夢です。
それでよければ、お近づきの印にひとつさしあげたいと思います。
それで気に入ってもらえれば、というお話ですけど」
「気に入るもなにも、最高だわ、あなたって。楽しみに首を長くして待ります。
それでは、こうしましょう。そのクラッチバッグは私が買ってあなたへプレゼントをします。
通常価格が税込で12600円だけど、ここでは特別価格の6300円です。
買わなきゃ損よ。あ、でもあなたはなにも心配をしないで。
康平にデート中に美人をほったらかしたペナルティとして、12600円を請求しますから。
残ったお金で、二人でなにか美味しいものでも食べましょう。
どう、名案だとおもうけど」
「あなたも、最高です。
チャーミングなうえに機転が利くし、小悪魔みたいで尊敬をしちゃいます」
「生活の知恵と言って頂戴な。長年の経験から生まれてくる、ただの悪知恵の持ち主です。
あ、自己紹介がまだだったわね。あたしの名は貞園。テイちゃんと呼んでちょうだい」
「千尋と申します。
4年ほど京都で暮らしましたが、生まれて育ったのは和歌山県の片田舎町です」
精算を済ませたふたりが南に向かって歩きだします
店舗の姿が途絶えた先には、緑の芝生と大きな池が悠然とその広がりを見せています。
巨大なショッピングモールのど真ん中であることを、忘れさせてしまうほどの、
圧倒的な広さを誇る人手によってつくられた大きな自然が、二人の目の前に広がります。
景色の大半は、いまだに現役のゴルフコースとして使われています。
周囲にそびえる山々には、スキー場のゲレンデの跡が見えるように、
冬季になるとこの一帯は、利便性に富んだウィンタースポーツの拠点へ様相を変えます。
年間を通じた軽井沢への観光客数は、一説では1000万人を超えると言われています。
ここは日本のリゾート文化の草分けであり、抜群の集客力を保持してきた軽井沢町は、
キリスト教文化の「洗礼」により、「日本にあって日本ではない」という
独特の歴史と文化なども育んできました。
「猫も杓子も、一度は軽井沢へと足を運ぶのよ。
軽井沢という地名自体がブランドで、ちょっぴりとお金持ちの気分を味わったり、
優越感に浸るような、変な何かがここには転がっているの。
軽井沢72(軽井沢にある72ホールを誇るゴルフ場。女子プロ公式戦の開催地)へ
ゴルフに来ると、なぜか私でもちょっとした優越感に浸るもの。
やっぱり人というものは、ブランドには弱いのかしら」
「真っ赤なBMWから降りてきた時のテイちゃんは、女優さんみたいでとても素敵でした。
ロペのブランドは、洗練された小粋で上品な都会の女というコンセプトですが、
まさに、あなたにぴったりだと思います」
「あら、いつのまに見られていたのかしら。全然、気がつかなかったけど」
「康平さんのスクーターとほぼ同時に、駐車場へ入りました。
ただ2輪と4輪は停める場所が違いますので、少し離れた位置に別れました。
先に気がついていた康平さんが、あの女は性悪女だから、何があっても近づくなと
何度も念を押していました。
悪意が有って言ったのではないと思いますが、一応、警戒はしていたつもりです」
「なるほどね。ところがあのバックに見とれていて、ついつい油断をしたわけだ」
「はい。突然声をかけられてびっくりしました。
でも間近で見ても、思っていた以上に綺麗な人ですし、実は優しい人だと感じています」
「ありがとう。長く付き合いたいわねぇ、あんたとも。
それにしても、あの康平には頭にくるわ。必ずかたきをとってやるから。ふん!」
「はい。それはわたしもお手伝いをいたします。
女を敵に回してしまうと、どれほど怖い想いをするのか、思い知らせてあげましょう。
ふたりで力をあわせて・・・・うふふ」
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・「新田さらだ館」は、
日本の食と、農業の安心と安全な未来を語るホームページです。
多くの情報とともに、歴史ある郷土の文化と多彩な創作活動も発信します。
詳しくはこちら http://saradakann.xsrv.jp/
「大自然を眺めながら、二人の女は何故か密談の真っ最中」
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私にはどうしても手に入れたいと願望をしている、もっとお気に入りのバッグが
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質問してよ私に、それはどんなバックなのかって」
フラップをクロスさせリボンのような形を表現したフェミニンなデザインの
バッグを目の前に、何故かおじけづいた表情を見せている千尋に向かって、高飛車の貞園が
さらに一歩を詰め寄ります。
「第一あんたをエスコートしてきたはずに、連れの康平はどこへ消えたのさ。
二人でデートの真っ最中だというのに女をほったらかして、あの気の利かない男は
一体どこへ消えたのよ。まったく、ピンボケったらありゃしない」
「あのう・・・・康平さんは、
ゴルフショップを見学したいと言うので、さきほど別れたばかりです。
1時間後にコーヒーショップで会おうということで、お互いに今は自由に行動中です」
「何考えているんだろ。デートの真っ最中に自由行動をするなんて聞いたことがないわよ。
まったくトンチンカンにも程があるわ。あのバカ男ったら!」
「いいえ。わたしたちはまだ、正式にお付き合いをしているわけでは・・・・」
「まぁ、それは置いといて。話を元へ戻しましょう。
先日、つばの広い麦わら帽子を手に持って、薄いブルーのワンピースを着て
前橋市の天神町通りのアーケードを、颯爽と歩いていたでしょう。あの日、あなたは」
「あ、はい。たしかにそんな格好で、康平さんのお店を訪ねてことは覚えています。
でも、随分と詳しくご存じですね、あの日の格好のことを」
「やっぱりね。あの時に見失ったと思ったのは、康平の店に消えたからなのね。
でも、あの日の格好のことなんかは、どうでもいいのよ悪いけど。
問題は、あの時あなたが手にしていた手触りの良さそうな、巾着袋のほうが気になったのよ。
あれはなんの素材なの? とても素敵に見えたんだもの。ひと目で気に入ったわ」
「あれは、私が自分で紡いだ糸で織っていただいた絹地です。
どうってことのないお手製の、ただの巾着袋です。それが気に入ったということでしょうか?」
「気にいったからこそ、こうしてしつこく尋ねているんじゃないの。
え?。紡いだ糸って、もしかしたらあなたも美和子と同じ、座ぐり糸の仕事かしら。
道理で似たような雰囲気があると思った。なるほどね、それでなんとなく気になっていたのか・・・・
判明してみれば、手品みたいな簡単な種明かしです」
「あら?。あなたこそわたしの同輩の美和子を、ご存知なのですか。
美和ちゃんとは、碓氷製糸場で2年間、一緒に仕事をしてきた親しい仲になります。
座ぐり糸仕事の最初の盟友です。元気にしているでしょうか、美和ちゃんは」
「いろいろとあるけれど、でもとりあえず元気で美和子も頑張っています。
私たち、いいお付き合いができそうな気がするわね。
どう、あなたさえよければ、その辺で二人でお茶でもしましょうか」
「よろこんで。
でも、その巾着袋が欲しいのなら、もう少しだけ待っていただけますか。
実は、黄金の糸を吐く蚕がまもなく繭をつくりあげます。
その糸を使って、初めてとなる黄金の生糸を仕上げるのが、今の私の当面の大きな夢です。
それでよければ、お近づきの印にひとつさしあげたいと思います。
それで気に入ってもらえれば、というお話ですけど」
「気に入るもなにも、最高だわ、あなたって。楽しみに首を長くして待ります。
それでは、こうしましょう。そのクラッチバッグは私が買ってあなたへプレゼントをします。
通常価格が税込で12600円だけど、ここでは特別価格の6300円です。
買わなきゃ損よ。あ、でもあなたはなにも心配をしないで。
康平にデート中に美人をほったらかしたペナルティとして、12600円を請求しますから。
残ったお金で、二人でなにか美味しいものでも食べましょう。
どう、名案だとおもうけど」
「あなたも、最高です。
チャーミングなうえに機転が利くし、小悪魔みたいで尊敬をしちゃいます」
「生活の知恵と言って頂戴な。長年の経験から生まれてくる、ただの悪知恵の持ち主です。
あ、自己紹介がまだだったわね。あたしの名は貞園。テイちゃんと呼んでちょうだい」
「千尋と申します。
4年ほど京都で暮らしましたが、生まれて育ったのは和歌山県の片田舎町です」
精算を済ませたふたりが南に向かって歩きだします
店舗の姿が途絶えた先には、緑の芝生と大きな池が悠然とその広がりを見せています。
巨大なショッピングモールのど真ん中であることを、忘れさせてしまうほどの、
圧倒的な広さを誇る人手によってつくられた大きな自然が、二人の目の前に広がります。
景色の大半は、いまだに現役のゴルフコースとして使われています。
周囲にそびえる山々には、スキー場のゲレンデの跡が見えるように、
冬季になるとこの一帯は、利便性に富んだウィンタースポーツの拠点へ様相を変えます。
年間を通じた軽井沢への観光客数は、一説では1000万人を超えると言われています。
ここは日本のリゾート文化の草分けであり、抜群の集客力を保持してきた軽井沢町は、
キリスト教文化の「洗礼」により、「日本にあって日本ではない」という
独特の歴史と文化なども育んできました。
「猫も杓子も、一度は軽井沢へと足を運ぶのよ。
軽井沢という地名自体がブランドで、ちょっぴりとお金持ちの気分を味わったり、
優越感に浸るような、変な何かがここには転がっているの。
軽井沢72(軽井沢にある72ホールを誇るゴルフ場。女子プロ公式戦の開催地)へ
ゴルフに来ると、なぜか私でもちょっとした優越感に浸るもの。
やっぱり人というものは、ブランドには弱いのかしら」
「真っ赤なBMWから降りてきた時のテイちゃんは、女優さんみたいでとても素敵でした。
ロペのブランドは、洗練された小粋で上品な都会の女というコンセプトですが、
まさに、あなたにぴったりだと思います」
「あら、いつのまに見られていたのかしら。全然、気がつかなかったけど」
「康平さんのスクーターとほぼ同時に、駐車場へ入りました。
ただ2輪と4輪は停める場所が違いますので、少し離れた位置に別れました。
先に気がついていた康平さんが、あの女は性悪女だから、何があっても近づくなと
何度も念を押していました。
悪意が有って言ったのではないと思いますが、一応、警戒はしていたつもりです」
「なるほどね。ところがあのバックに見とれていて、ついつい油断をしたわけだ」
「はい。突然声をかけられてびっくりしました。
でも間近で見ても、思っていた以上に綺麗な人ですし、実は優しい人だと感じています」
「ありがとう。長く付き合いたいわねぇ、あんたとも。
それにしても、あの康平には頭にくるわ。必ずかたきをとってやるから。ふん!」
「はい。それはわたしもお手伝いをいたします。
女を敵に回してしまうと、どれほど怖い想いをするのか、思い知らせてあげましょう。
ふたりで力をあわせて・・・・うふふ」
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・「新田さらだ館」は、
日本の食と、農業の安心と安全な未来を語るホームページです。
多くの情報とともに、歴史ある郷土の文化と多彩な創作活動も発信します。
詳しくはこちら http://saradakann.xsrv.jp/