落合順平 作品集

現代小説の部屋。

赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (17) 

2016-12-29 16:33:29 | 現代小説
赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (17) 
 たまが迷子になったわけ



 うたたね寝から目覚めたたまが、清子の胸元をよじ登っていく。
清子も同じように、後部座席でうたた寝をしている。
それほど今日の日差しは、心地よい。


 いつものように清子の懐の中へ、たまがゴソゴソと潜り込む。
ここがいつもの定番の席。
外へ出て迷子になるたび、帰りはいつも決まって、清子の懐の中。
『やっぱりここが一番落ち着くぜ』指定席におさまったたまが、ヒョイと顔を出す。
その瞬間。清子の膝で目を覚ましたミイシャと、目が合う。


 『なにやってんの、あんた』

  
 『上がってこいよ。暖かいぜ』たまが目で、ミイシャを誘う。
爪を立てすぎないよう注意しながら、細身のミイシャが清子の着物を
ゆっくりした足取りでよじ登っていく。
『いくらなんでもいっしょは無理だ。お前は反対側へ潜り込め。
2人じゃさすがに狭いものがある』とたまが笑う。


 気がついた清子が、ミイシャの真っ白い体を抱き上げる。
たまと反対側の懐へ、顔だけ残して差し入れる。
そのまま後部座席へもたれかかり、またウトウトと眠りに落ちていく。
顔だけ出した2匹が、進行方向の正面をジッと静かに見つめている。



 三毛猫(みけねこ)は、3色の毛が生えている猫の総称。
白・茶色・黒の3色で、短かい毛を持っている日本独特の猫のことをいう。
白・茶色・こげ茶のものは「キジ三毛」と呼ぶ。
縞模様が混合のものを「縞三毛」と区別して呼ぶことある。
福を招くとされ、『招き猫』の代表的な色合いとしてよく知られている。


 三毛猫の性別は、ほとんどがメス。
ごくまれに、1000匹に1匹程度の割合でオスの三毛猫が誕生する。
オスの三毛猫の誕生はそれだけで話題性がある。
地元のテレビ番組に取り上げられたり、新聞記事になることもある。
ただし。オスの三毛猫が交配しても、オスの三毛猫の子猫が生まれる確率は
統計上と変わらない。
オスが生まれる確率は、つねに奇跡的な数字。
 
 
 
 福を招く三毛猫を船に乗せると、船が遭難しないと信じられている。
特にオスの三毛猫は希少性が高い。
ゆえに、さらに福を呼び船が沈まないと江戸時代、船頭たちのあいだで
きわめて高値で取引されていた。
日本の第1次南極観測隊は、珍しくて縁起がいいという理由から、
オスの三毛猫のタケシを同行した。
昭和基地内のペットとして、南極での越冬を体験してしている。



 『で。それほどまでに貴重なはずの三毛猫のオスのあんたが、
 なんで湯西川の置屋で、ウロウロしているのさ?』


 『住みたくて、湯西川へ居るわけじゃねぇ。
 よんどころのねぇ事情がある』
 
 『迷子になったんでしょ、生まれて間もなく?』


 『人の話は最後まで聞け。
 おいらが生まれたのは、さるお大尽(だいじん)のお屋敷。
 那須の別荘へ静養に行く途中。突然、平家の落人集落へ行くことになった。
 言い出したのは、ひとりっこのわがまま娘。
 この娘のひと言が、おいらの不運のはじまりを生んだ』


 『あんただって相当のわがまま猫だと思うけどね』


 『ちゃりをいれるな。話の腰を折るんじゃねぇ。
 平家の見学を終えて、出発してすぐ、まもなくのことだ。
 トイレに行きたいと、わがまま娘が騒ぎ始めた。
 なにしろ。親が溺愛しているひとり娘だ。
 甘すぎる親だ。なにかにつけて過保護にしたがる傾向がある。
 ドアを開けっ放しにしたまま、娘をコンビニのトイレへ連れ込んだ。
 仕方ねぇなぁと思いながら、おいらは高みの見物をしていた。
 座席の端っこで一人ぽっちのまんま、家族の帰りを待っていた』


 『別に問題ないじゃないの。それだけのことなら。
 座席でおとなしくしていたあんたが、なんで迷子になってしまうのさ?』


 『ひとこと多い女だな。おまえってやつも。いいから先を聞いてくれ。
 油断しきっていた、そんときだ。
 どこかの悪ガキが、『猫が居た!』と、ヒョイとおいらの背中をつまみやがった。
 あっというまに抱き上げられた。
 おいらを抱っこしたまま、ドンドン車から離れていきやがる。
 さすがに『これは、やばい』と危機感を感じた。
 さいわい、悪ガキの親に発見されて、『返して来い』という騒ぎになった。
 やれやれ、これで無事、家族が待つ車へ帰れると安心していたら、
 悪ガキのやつ、途中で、俺様を放り出しやがった。
 『ちゃんと元の所へ返してきました!』なんて、ぬけぬけと親に報告している』


 『それじゃ事件じゃないの。誘拐未遂と、命令放棄の2本立てだわ!』



 『どこを見回してみても、見えるものといえば、車のタイヤと人の足ばかりだ。
 途方にくれたさ。もとに戻れる可能性はゼロだ。
 探すことさえあきらめた。
 日が暮れると、あんなに大勢いた観光客も誰も居なくなる。
 軒下に潜り込んでウトウトしていたら、人が通りかかった。
 下駄を鳴らして、いい匂いのする女がひとり、オイラの目の前を通りかかった。
 一瞬だけドキリとしたが、近くでよく見るとこれが、
 とんでもないババァだった・・・・』
 


 『その女の人が、いまの飼い主、春奴お母さんというわけですね。
 不幸な事件がなければ、今頃あなたはどこかで三毛猫のプリンスのまま、
 優雅な人生を送っていたはず。
 でも結果的にその悪ガキのおかげで、私たちはこうして巡りあえた。
 因縁を感じますねぇ、あたしたち。
 やっぱり。運命の出会いなのかしら、わたしたちって』


 『おう。まったくもってそのとおりだ。
 こうしてみると、迷い猫の生き方ってのも、まんざらじゃねぇ気になってきた。
 お前さんという絶世の良い女にも巡り会えた。
 それじゃ、よう。そろそろおっ始めようぜ。俺たちの子作りっを』


 『あら。それとこれとは、別問題です!。うふっ』



 あっさり拒否されてしまったたまが、清子の懐でションボリとうなだれる。
『うふふ。お気の毒様』、ミイシャがペロリと、たまに向かって舌を伸ばす。
ソフトなタッチの毛づくろいが、たまの首筋の周辺ではじまる。


 『う、う・・・・そこ。そこが、おいらの性感帯・・・・』



 『ド変態、もう、知らない!』ピョンと懐を抜け出したミイシャが、
清子の肩へ、ふわりと飛び乗る。
そのまま清子の頬へピタリと寄り添う。
『おやすみ』とたまへウインクを見せたあと、両目をしっかり閉じてしまう。

(18)へ、つづく



 落合順平 作品館はこちら

赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (16) 

2016-12-29 06:20:36 | 現代小説
赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (16) 
 会津西街道を女3人と猫2匹が走る




 「だから。女3人が乗っているのはわかります。
 でも。どうしてたまと、隣の飼い猫のミイシャまで、車に乗っているんですか。
 聞いていません。あたしは。
 たまの愛人まで一緒に連れて行くなんて」 



 会津西街道を東山温泉に向かって走る車内で、ハンドルを握っている
1番弟子の豆奴が、口を不服そうに尖らせる。


 「愛人だなんてお前。口がすぎますよ。
 たまもミイシャも、まだ、たった半年足らずの子猫です。
 色気なんかあるもんか。
 遊び半分でじゃれているだけの、子供だろう」



 「お母さん。
 猫の妊娠は、生後5ヶ月から可能です。
 早い場合、4ヶ月目からできるといいます。
 生まれて12ヶ月が経つと、人間で言えば20歳前後の大人です。
 ちなみに妊娠から出産までは、2ヶ月ほどです」



 「あら、まぁ、そうなのかい。詳しいねぇ、豆奴は。
 へぇぇ・・・ずいぶん早生(わせ)なんだね、お前さんたちは。
 子猫とばかり思っていたら、もう、子供を作れる年頃かい。
 なにやらまるで、お前さんたちの子作りのための旅行になりそうです。
 変なお膳立てを作ってしまったようですねぇ。うふふ・・・」




 「笑い事じゃありません。お母さん!」




 「まぁまぁ、そうそう目くじらを、立てなさんな。
 隣の女の子も今回は長くかかるようです。
 母親も1ヶ月ほどは病院で、寝泊りをすると言っております。
 誰もいない部屋に、ミイシャを置いておくのは可哀想じゃないか。
 枯れ木も山の賑わい。旅は、大勢の方が楽しいに決まっています」



 春奴母さんが、清子の膝でウトウト眠りこけている2匹の様子を、
助手席から嬉しそうに振り返る。満足そうな顔で眺める。



 「お母さん。ネズミは子沢山で有名ですが、猫も負けずに多産です。
 1度の出産で、2匹から、最大で6匹まで産むそうです
 油断していますと、あっというまに家中が、猫だらけになってしまいます」



 「結婚もしていないし、子供も産んでいないくせにお前は
 猫に関しては、妙に詳しいですねぇ。
 お前の過去の愛人の中にもしかして、猫好きな男性でもいたのかい?」




 「お母さん。後ろの席で清子が聞いています。
 発言には、くれぐれも気をつけてください。
 大きなお世話です。
 結婚しないのも、子供を産まないのも、ぜんぶ私の自由ですから。
 そういうお母さんだって、独り身のまま、過ごしているじゃありませんか」



 「あたしゃお前さんたちを育てるために、忙しかっただけの話さ。
 断っておくが、言い寄ってきた男たちは山ほどおりました。
 こう見えても、あたしだって女だよ。
 この人とならと思う男性が、1人や2人おりました。
 それなのに。あたしが女として一番脂の乗り切っていたその時期に、
 次から次へ、弟子入り希望者がやってくるんだもの。
 お前のように男とイチャイチャする暇なんか、頭の毛ほども無かったねぇ」


 
 「そういえばそうですねぇ。お弟子さんがたくさんいましたねぇ、あの頃は。
 あ、でも、ひとりだけ居たじゃないですか。
 ほら。例のアレ・・・・市さん。
 なぜあのお方と結婚しなかったのですか?
 脈は有ると見ておりましたが、やはり、事情が複雑すぎたせいですか?」

 

 「市さんですか・・・・そういえばいましたねぇ、そんなお方が。
 久しぶりです。会いたくなりました。
 お前。連絡をとっておくれよ市さんに。
 懐かしいねぇ。あれからもう、30年近くがたつものねぇ」




 「誰ですか、豆奴お姉さん。その、市さんというお方は?」



 後部座席から運転席へ、清子が顔を出す。


 「お前が知らなくても無理ないさ。遠い昔の話だもの。
 お母さんの、訳ありのお方だ。
 市さんは正式には、市左衛門さんというお名前。
 まるでお武家様か、豪傑のようなお名前のもちぬし。
 でもねぇこれがまた、複雑な事情を、山のように持っているお人なんだ。
 そうですねぇ。せっかく東山温泉まで行くんです。
 連絡をとってみましょうか、久しぶりに。
 うふふ。あたしまでなんだか、楽しみになってきました」


 豆奴も目を細めて笑う。



 「お母さん。どのようなお方なのですか。
 お話に出ている、市左衛門さんとおっしゃるお方は?」



 「あたしの戦友さ。
 出会った時は、たしかにいい男だった。
 でもね。その後は修行の甲斐もあり、周囲も驚くほどの良い女になった。
 いまは会津で芸妓をしている。
 結婚してもよかった思うくらい、いい男だったよ市さんは。
 そうだねぇ。男というより、やっぱり、かけがえのない戦友だね。市さんは」



 「え~ぇ。男から良い女に成長した芸妓?。かけがいのない戦友?・・・・
 いったい、どういう人なのかしら。市さんというお方は?」




 清子の疑問を乗せたまま豆奴が運転する車が、小春が籍を置いている
会津の東山温泉を目指して、山道をひたすら走りつづける。


(17)へつづく


 落合順平 作品館はこちら