落合順平 作品集

現代小説の部屋。

オヤジ達の白球(57)バッティング・センター

2018-02-23 18:32:33 | 現代小説
オヤジ達の白球(57)バッティング・センター


 
 
 12月になるとソフトボールはオフシーズンはいる。
寒い中。重い球を無理に投げると肩を痛める。身体も硬くなり怪我をしやすくなる。
野球部は練習をひかえ、サッカーボルを追いかけてひたすら体を鍛える。
それほど真冬の群馬はとにかく寒い。

 群馬の真冬は強風が吹く。
空っ風とよばれる季節風だ。風速は平均で10メートル以上を記録する。
「上州のからっ風」として知られ、赤城おろしと呼ばれている。

 日本海で発達した低気圧が湿り気の有る冷たい空気を運んでくる。
この冷たい空気が越後や信州へ大量の雪を降らせる。
湿り気を失い、乾ききった空気が標高1800メートルの赤城山を乗り越え、
山肌に沿って強い下降気流になる。
これが平野を吹き荒れる「からっかぜ」だ。

 強い風が畑の土をまきあげる。
風下の一帯に、土ぼこりの黄色いカーテンをひろげていく。
アスファルトの道路を、砂利や砂が横断していく。
土のグランドならなおさらだ。
風上にむかって目をあけていられない。ひどいときは背中を向けて歩くようだ。

 12月の半ばに忘年会を済ませた居酒屋のチームが、年の瀬の休眠へはいる。
そのまま年が暮れていく。
年が明けると、例年になく寒い1月がやってきた。
1月のなかば。赤城の峰を越えた雪雲が、山裾に風花を運んできた。
畑にうっすらと白い花が咲く。

 2月。節分が過ぎる。
この頃になるとストーブ・リーグに飽きた男たちが、祐介の居酒屋へ集まって来る。
そろそろ身体を動かしたいとやってくる。
そんな気配を察した陽子が、バッティングセンターを見つけ出してきた。

 「ソフトボール専用のバッティング・センター?。
 初耳だなぁ。そんな物があったっけか、こんなド田舎の町に・・・」

 「町はずれに古びた、遺構のようなゲームセンターがあるでしょ。
 あそこ。むかし、ソフトボール専門のバッティング・センターだったのょ」

 「過去形だな。機械は大丈夫か?。
 錆びついていて動かないんじゃないか、もしかして」

 「2台あるわ。ソフトボールのマシーンが。
 さいきん手入れをしたというから動くらしいの。どう。凄い情報でしょ!」

 バッティング・センターは街にもう一軒ある。
野球専用だが隅に一台だけ、ソフトボールの打席が有る。
だがそこはいつも小中学の野球小僧と、甲子園を夢見て熱くなっている父兄たちで
満員御礼の状態がつづいている。
50ちかいオヤジたちがソフトボールを打たせてくれと、入り込むすき間はない。

 「おあつらえ向きだ。俺たちにぴったりのバッティング・センターじゃないか」

 人目がないのが何よりもいい。
素人は、とかく人の目を気にする。
誰も見ていないのだが人がいるだけで、注目されているような錯覚を覚える。
そう思うとそれだけで練習に集中できなくなる。
1日だけチームのために動かしてくれるという約束を、陽子が取り付けてきた。

 「いつなんだ?。その日は?」

 「2月13日。バレンタインデーの前日。しかも平日の金曜日」

 「なんとも中途半端な日だな。
 バレンタインデー前日の金曜日に、ひょっとして、何か意味でも有るのか」

 「大当たり。休眠していた私設が再稼働するのよ。
 バレンタインデーの日にカップル優待で、再スタートする魂胆なの。
 その前日、機械の最終調整をかねてチームに貸してほしいと交渉してきたの。
 1日借りて、5000円。どう、悪くない条件でしょ」

 「ということは、本調子でないマシーンと、本営業の前日に対決するのか俺たちは。
 しかも5000円の大金をはらって」

 「安いでしょ、そのくらいなら。
 チームの予算から払うお金だし、ほんものの投手だって暴投はするわ。
 いいじゃないの。1日、好きに使わせてくれるんだもの。
 こんなチャンス、2度とないと思うわよ」

 「それもそうだ。じゃさっそくチームの全員に集合の連絡をとるか」

 
(58)へつづく