落合順平 作品集

現代小説の部屋。

北へふたり旅(13) 第二話 チタン合金 ③

2019-02-07 17:55:35 | 現代小説
北へふたり旅(13)



 「ナイス・ショット!」

 ティグランドに、黄色い声が響きわたる。
声の主は12歳年下の美女。
今日は女性3人を引き連れてのラウンドだ。
しかし。はやくも問題が発生している。

 「あら・・・もう打ったの?」

 妻が涼しい顔で振り返る。

 「振り遅れ気味。いつもより右へ出た」

 「あら。右へ飛んだの・・・
 ナイスショットとばかり思っていたのに。
 いい音に、すっかり騙されました」

 井戸端会議を中断して、12歳年下の美女も振り返る。
ゼクシオのドライバーは打った瞬間、澄んだ金属音を放つ。
この音につられ、12歳下の美女は思わず、ナイスショットの声をあげた。
つまり。誰もわたしのボールの行方など見ていないことになる。

 しかし。落ち込んでいる暇はない。
笑顔で運転席へ乗り込み、カートを前方へ走らせる。

 ゴルフはハンデのスポーツ。
性別、年齢、実力差を考慮したハンデキャップが存在する。
打数ハンデの上限は36。
72打で回れる人と、ハンデをプラスした108打の人が同等になる。

 距離のハンデもある。
上級者はいちばん長いバックティ。白のレギュラーティは一般男子。
女子は40ヤードから100ヤード前の赤いティ。
さらにその前に70歳をこえた人のための、ゴールドのティがつくられる。
性別や年齢差を越えて、同時にプレーを楽しめるのがゴルフ、といえる。

 赤いティへ着いた瞬間、女たちの表情がかわる。
姦(かしま)しい会話から一転、ゴルフ本気モードに切り替わる。

 キャリアの長い12歳年下の美女は、オーソドックスにクラブを振りぬく。
筋力が弱いぶん身体を大きく使い、しなやかにボールを運ぶ。

 たいしてライバルの美女は、男子並みのパワフル派。
女子とは思えない力強いスイング。
鋭い腰の回転とコックの粘りで強いボールを打つ。

 還暦を超えた妻は力にたよらず、バランスとキレでボールを飛ばす。
フェアウェイの中央、10ヤード範囲に3つのボールが並ぶ。
油断できない。3人ともシングルの腕前だ。

 ティショットを終えた女たちが、雑談へ戻る。
あっというまに姦しくなる。
女たちの井戸端会議は、第2打地点までつづく。
2打地点へ着いた瞬間、女たちの表情が変わる。
そのぞれの道具を手に、ピンを狙うタカの目にかわる。

 女3人に囲まれても、けして物見雄山の楽しいゴルフにならない。
雑談を挟んだ真剣勝負。
それがこの3人が集まったときの、いつものゴルフスタイル。

 しかし。けして仲が悪いわけでは無い。
むしろ姉妹のように仲がよい。
ひとりだけ、だいぶ歳が離れているが・・・


 (14)へつづく