北へふたり旅(21)
入院から4日目。妻が退院した。
途中スポーツショップへ寄り、一番やわらかいゴムのボールを買って来た。
「こんなやわらかいヤツで、ホントにいいの?。
ほら。フニャフニャだぜ」
「このくらいでいいの。
生まれたての赤ちゃんの握力ですもの」
かるく握りしめただけで、ゴムのボールが半分になる。
「それよりあなた。たいへんです、今夜から。
ふたりでお風呂にはいるなんて何年ぶりかしらねぇ。
怪我の光明というのは、こういうことをいうのかしら。うふっ」
そうだ。妻の右手はまだ使えない。
手首にうっすらと、黒い充血がのこっている。
風呂へはいる許可は出たが不具合の手では、身体を洗うことができない。
「そうか。そうなると、とうぶん新婚だな。おれたちは」
聞こえる様につぶやくと、「そうね」と妻がまたわらう。
「復帰まで、はやくて3ヶ月。
年齢もありますので、もうすこし、長くかかるかもしれません。
ゴルフですか。痛みがなければ、それなりに振れるでしょう。
いいですねぇ。ご夫婦で共通の趣味があることは」
お大事にと医師に笑顔で見送られた。
妻はSさんの農場を、3ヶ月ほど休むことになる。
「そうか。たいへんだねぇ、カミさんも。かまわねぇさ。
実はよ。もうひとり、ベトナムが来ることになった」
初耳だ。
妻の付き添いで4日休んでいる間に、いきなりすごいことになっていた。
「いつからです、ベトナムの3人目がくるのは?」
「明日からさ」
「えっ・・・」開いた口がふさがらない。ずいぶん急な話だ。
Sさんが「訳ありさ」と笑う。
「どんな訳ですか?」
「雇い入れ先の農家がきゅうに病気になった。
余命半年だそうだ。
そんなわけでさ。きゅうきょ俺んところへ話が舞い込んできた」
「いきなりベトナムばかり、3人ですか・・・
賑やかになりそうですね」
「実はよ。もうひとつ訳があるんだ。
こんど来るのは、大学出のインテリだ。
頭がいいと思うだろう、普通は。
ところがよ。あやしい日本語しか話さないんだ、こいつが。
面接のときも、とちゅうからまったく話が通じなくなっちまった」
「だいじょうぶですか。そんなことで・・・。
断れないのですか。この話」
「頼まれると断れねぇのが俺の性分だ。
まかせろと、大見えをきっちまったからなぁ。
なんとかなるだろうよ。きっと、そのうちに。たぶん・・・」
さきに来た2人のベトナムも、ようやく仕事に慣れてきた。
しかし。日本語が通用しているわけではない。
意思の疎通に、まだまだおおくの問題がのこっている。
おおまかにはわかる。しかし、細かい部分で理解が食い違う。
そんな状況だというのに、さらにもうひとり、ベトナムがふえるという。
(大丈夫か、ホントウに・・・)
(22)へつづく
入院から4日目。妻が退院した。
途中スポーツショップへ寄り、一番やわらかいゴムのボールを買って来た。
「こんなやわらかいヤツで、ホントにいいの?。
ほら。フニャフニャだぜ」
「このくらいでいいの。
生まれたての赤ちゃんの握力ですもの」
かるく握りしめただけで、ゴムのボールが半分になる。
「それよりあなた。たいへんです、今夜から。
ふたりでお風呂にはいるなんて何年ぶりかしらねぇ。
怪我の光明というのは、こういうことをいうのかしら。うふっ」
そうだ。妻の右手はまだ使えない。
手首にうっすらと、黒い充血がのこっている。
風呂へはいる許可は出たが不具合の手では、身体を洗うことができない。
「そうか。そうなると、とうぶん新婚だな。おれたちは」
聞こえる様につぶやくと、「そうね」と妻がまたわらう。
「復帰まで、はやくて3ヶ月。
年齢もありますので、もうすこし、長くかかるかもしれません。
ゴルフですか。痛みがなければ、それなりに振れるでしょう。
いいですねぇ。ご夫婦で共通の趣味があることは」
お大事にと医師に笑顔で見送られた。
妻はSさんの農場を、3ヶ月ほど休むことになる。
「そうか。たいへんだねぇ、カミさんも。かまわねぇさ。
実はよ。もうひとり、ベトナムが来ることになった」
初耳だ。
妻の付き添いで4日休んでいる間に、いきなりすごいことになっていた。
「いつからです、ベトナムの3人目がくるのは?」
「明日からさ」
「えっ・・・」開いた口がふさがらない。ずいぶん急な話だ。
Sさんが「訳ありさ」と笑う。
「どんな訳ですか?」
「雇い入れ先の農家がきゅうに病気になった。
余命半年だそうだ。
そんなわけでさ。きゅうきょ俺んところへ話が舞い込んできた」
「いきなりベトナムばかり、3人ですか・・・
賑やかになりそうですね」
「実はよ。もうひとつ訳があるんだ。
こんど来るのは、大学出のインテリだ。
頭がいいと思うだろう、普通は。
ところがよ。あやしい日本語しか話さないんだ、こいつが。
面接のときも、とちゅうからまったく話が通じなくなっちまった」
「だいじょうぶですか。そんなことで・・・。
断れないのですか。この話」
「頼まれると断れねぇのが俺の性分だ。
まかせろと、大見えをきっちまったからなぁ。
なんとかなるだろうよ。きっと、そのうちに。たぶん・・・」
さきに来た2人のベトナムも、ようやく仕事に慣れてきた。
しかし。日本語が通用しているわけではない。
意思の疎通に、まだまだおおくの問題がのこっている。
おおまかにはわかる。しかし、細かい部分で理解が食い違う。
そんな状況だというのに、さらにもうひとり、ベトナムがふえるという。
(大丈夫か、ホントウに・・・)
(22)へつづく