落合順平 作品集

現代小説の部屋。

北へふたり旅(86) 札幌へ⑪

2020-03-22 18:23:25 | 現代小説
北へふたり旅(86) 
 

 時計台から5分ほどで大通り公園へ出た。
札幌市のほぼ中央。幅105m、6車線の道路が広場の左右にある。全長は1.5Km。
起点にテレビ塔が建っている。テレビでよく見るあの札幌のテレビ塔だ。
それがそのまま目の前にそびえている。


 「朝の天気予報のたびに、このテレビ塔が写ります。
 ホント。こんな風に見上げる日が来るなんて夢のようです」


 「夢じゃない。現実にこうして目の前に立っている」


 「小さいですねぇ。東京タワーの半分くらいかしら・・・」
 
 テレビ塔と大通り公園は内地の人に、いちばん馴染みのある光景。
札幌といえばまずこの景色を思い起こす。


 テレビ塔の前へ、保母さんに引率された園児たちがあらわれた。
黄色いお揃いの帽子が賑やかだ。
「ここで30分、お休みします」先生の声とともに小さな集団がはじける。
「遠くへ行ってはいけません!」先生の声を尻目に、こどもたちがテレビ塔前の
芝生の上をいっせいに走りだす。


 「あら・・・ひよこさんたちの鬼ごっこがはじまりました」


 「先生も大変だな」


 あちこちで追いかけっこがはじまる。
せまい範囲をくるくる回る子もいれば、芝生の外周を走る子もいる。
保母さんがこどもたちを追いかけるが、なかなかひよこは捕まらない。


 「冷たいものを買ってこよう」


 妻をベンチに置き、テレビ塔の下へ歩き出す。
真下にビアガーデンが見える。
夏場、1万3000席がつくられる大通公園のビアガーデンはすでに終了しているが、
鉄塔下のサッポロクラシックはまだ残っている。


 「クラシックを2杯」


 クラシックは麦芽100%の生ビール。コクがあるのにスッキリした呑み心地。
限定発売のため、北海道でしか呑むことができない。


 「昼間からビールですか。札幌ならではです」


 「おいしい」ひと口飲みこんだ妻が思わず目をほそめる。


 「電車旅ならではの醍醐味です。
 車で出かけたのではこうして2人で、ビールを呑むことはできません」


 「同感だね。車は便利だ。だが歳をとると遠出の運転が苦痛になる。
 その点、電車は良い。
 すわっているだけで目的地へ連れて行ってくれるからね」


 「おいしい駅弁も食べられます。こうして昼間からお酒も呑めます」


 黄色い帽子が目の前にやって来た。


 「あっ!。いけないんだぁ!。せんせ~ぇ。わるい大人がいます!。
 昼間からお酒なんか呑んでいる!」


 先生があわてて飛んできた。


 「いいんです。だいじょうぶ。
 ぼく。わたしたちは内地の群馬というところから10時間かけて
 列車を乗り継ぎ、ようやく札幌までやってきた。
 たいへんな長旅でのどが乾いた。
 乾いた喉と、無事に札幌へついたことに感謝して、乾杯していたんだ。
 きみも大人になればきっとわかるさ。この気持ちが」


 先生がペコペコ頭を下げている横で、黄色い帽子が不思議そうな表情のまま、
わたしたちを見上げている。


 (87)へつづく