上州の「寅」(48)
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「貧しいけど楽しかった?。
そんなはずはない。おかしいだろう、矛盾していないか?」
「あんたみたいに恵まれた家庭に育った子には、わからないさ。
人は仲良く暮せることが一番だ。
わたしたちは仲間をまもる。どんなことがあっても裏切らない。
テキヤは人と人のつながりを一番大切にする集団だ。
一攫千金を夢見ているけど実態はほとんどが、額に汗して働く貧民層さ」
「貧しいのか?。テキヤの暮らしは?」
「裕福な人はすくない。
お金には恵まれないが、こころまで貧しくはない。
どんな状況でも事実を受け止め、笑顔で仲良く暮らす。
笑顔は大切だ。こころの栄養になるからね。
ユキは3歳から10歳までお金には恵まれなかったけど、母の愛に恵まれた」
「10歳のとき。なにが起きたんだ」
「窮状を見かねたかつての同級生が救いの手をさしのべた」
「再婚したのか?、ユキの母親は!」
「再婚により家庭はすこしだけ裕福になった。
あたらしい父親もユキを可愛がってくれた。らしい」
「問題が解決したんだ。やれやれ、めでたしめでたしだ」
「人生はそんな単純なものじゃない。
再婚して2年は誰が見ても、仲の良さを感じさせる明るい家庭だった。
妹が産まれる前までは」
「妹が出来たのか。ユキに」
「可愛い妹らしい」
「事件がはじまるんだな。そこから・・・」
「冴えてるね。今日の寅ちゃんは」
「そのくらいは想像がつく。俺だって」
「かわいい妹が生まれたため、ユキに孤独がやってきた。
母親は生まれたばかりの赤ん坊にかかりっきり。
父親も手のひらを返したように、赤ん坊のことばかり。
無理もない。
生まれたばかりの赤ん坊は周囲の関心をぜんぶひきつけるからね」
ユキの心が寂しくなった。
赤ん坊を中心にした家族の笑顔が、遠いもののように見えてきた。
母にも2人目の父にも悪意はない。
あたらしく生まれた命にただただ、夢中になっているだけだ。
しかし。14歳のユキのこころのどこかに穴があいた。
「あなたはもう大人でしょ」母の何気ないひとことがこころの穴をおおきくした。
(わたしは誰にも愛されていない・・・)
次の日の朝から自分の部屋へひきこもり、学校を休んだ。
ユキが黒髪を捨てて金髪に染めるまで、それほど時間はかからなかった。
「誰も悪くないはずなのに。
赤ちゃんが生まれただけで、人生が180度変ってしまう。
14歳のユキにはショックが大きすぎた。
中学3年生はおおくのことを理解できる。そんな風に考える大人はおおい。
でもね。大人でもなく子供でもない。そんな年頃が思春期なの。
思春期の女の子の感情はカミソリのように鋭いの。
ユキの中に生まれた反発のカミソリは、ユキ自身を傷つけた。
わたしにはそんなユキの気持ちがよくわかる」
なるほど・・・それでユキは黒髪を金髪に染めたのか。
メロンソーダーをかき回した寅が、窓のむこうのホームセンターを見つめる。
「もういっかい行ってくる。俺」
寅が椅子から立ち上がる。
(49)へつづく