落合順平 作品集

現代小説の部屋。

北へふたり旅(83) 札幌へ⑧ 

2020-03-11 15:32:22 | 現代小説
北へふたり旅(83) 
 
 
 イヨマンテはこのように準備される。冬の終わり。
アイヌの集落で、穴で冬眠しているヒグマを狩る猟が行われる。
穴に仔熊がいた場合、母熊は殺して毛皮や肉を収穫するが、仔熊は殺さない。
集落に連れて帰る。


 仔熊は人間の子供と同じように家の中で、乳児がいる女性が我が子同様に
母乳を与え、かわいがられ育てられる。
かつては集落の子供たちと仔熊が、相撲をとって遊んだこともあったという。
仔熊が成長すると、屋外に丸太で組んだ檻を作り、そこに移す。
上等の食事を与えやはり大切に育てていく。
1、2年ほど育てた後、集落をあげて熊おくりの儀礼が行われる。


 イオマンテは1年前からはじまる。
神々の世界へ帰る仔熊のため、様々な土産が用意される。
祭壇が飾られる。神への祈りの後、仔熊が檻から出される。
唄や踊りが捧げられる。


 仔熊に最後の御馳走が捧げられた後、人々は神の国に帰すときをむかえる。
あちらの世界に行ったら神々や親たちに、人間たちが如何に仔熊を大切に育て、
もてなしたかを伝えて欲しいと伝える。
また再び自分たちの元を訪ねてきて欲しいことを伝える。


 その後、仔熊に矢がかけられる。
丸太で首を挟んでする。 仔熊の死体は祭壇に祭られる。
神の国へ帰る仔熊の霊に、様々な土産が捧げられる。
殺された仔熊は祈りを捧げられながら、厳密なルールに則って丁寧に解体される。
肉は集落の人々にふるまわれる。


 神の国へ帰る仔熊の霊に感謝し、様々な唄や踊りが捧げられる。
イヨマンテの儀式は数日続くこともある。


 イオマンテによって送られた仔熊の霊は、 神々の世界に帰った後も
人間の集落で大切に育てられ、もてなされたことを忘れず、 再び肉と毛皮を土産に
携えて人間の世界に戻ってきてくれると信じられてきた。


 熊おくりに似た儀式はアイヌだけでなく、狩猟を生業とするマタギにも見られる。
山形県小国町では、マタギ達が獲物である熊の霊を送り、山の神に感謝を捧げる
「熊祭り」が毎年行われている。


 「北に住むひとたちはアイヌをはじめ、狩猟系の民族がおおいようです」
 
 「気候が厳し過ぎるからね。
 いまでこそおいしい米が取れるが、ここではコメが長いこと育たなかった」
 
 「そういえばお米はいったい、どこから来たの?」


 「稲はもともと熱帯地方の植物。
 日本にコメが伝わったのは、縄文時代の終わりころと言われている。
 2500年前くらいからはじまった」


 「2500年も前からですか・・・
 明治からはじまった北海道とは、ずいぶん違いますねぇ」


 「紀元後3世紀の頃。
 卑弥呼(ひみこ)を女王とする倭国、邪馬台国(やまたいこく)が誕生し、
 稲作栽培の農業社会が完成したと考えられている。
 米を中心とする社会ができあがった。
 米をつくる共同労働、農村共同体、水の管理から生まれた結(ゆい)の共同体。
 これらはいまの日本社会の基礎になっている。
 米は日本人の心の支えになったが、同時に支配する力の象徴だった」


 「コメを生み出す領地の奪い合い。
 そんな時代が、日本で長い間つづいています。
 コメを知らなかったアイヌはぎゃくに、幸せに生きた民族なのですね」


 「北海道の広大な大地は、アイヌモシリ(アイヌの静かな大地)と呼ばれてきた。
 多くの和人が開墾のスキを入れたが、失敗におわった例もおおい。
 うまく行った場合、そこにはたいていアイヌの協力があった。
 アイヌの地の本格的な開拓は、1880~90年代にはいってからだ。
 そこからアイヌの迫害と、同化政策がはじまる」


 「あら・・・アイヌの乾いた大きな川、札幌が見えてきました。
 長かったですねぇ。
 旅路も。あなたのアイヌ民族に関する説明も」


 なるほど。行く手に札幌のビルの街並みが見えてきた。
 
(84)へつづく


北へふたり旅(82) 札幌へ⑦

2020-03-08 17:26:16 | 現代小説
北へふたり旅(82)

 
 「遠いですねぇ。札幌は・・・」


 乗車から1時間半が過ぎた。
北斗は、噴火湾の最深部にむかって北上している。
みぎの車窓に山。左の車窓にあいかわらずの海がある。


 妻が車窓の景色に飽きてきた。
北海道はとにかく広い。おなじ景色ばかりがつづいていく。
最初のうちは風景に歓声をあげていたが、それにも飽きてきた。


 内浦湾の最奥・長万部(おしゃまんべ)で北斗が、函館本線と別れる。
函館本線は内陸部へむかいニセコ連峰をこえ小樽へむかう。
長万部を出た北斗は、ここから3回、進路を変える。
室蘭本線に乗り換えた北斗が、ホタテ養殖で有名な噴火湾を南下していく。


 室蘭がちかづいてくると海の様子が変化する。内海から外洋にかわるからだ。
車窓から見えるのは津軽海峡ではなく、外洋の太平洋。
つまり、海のむこうはアメリカということになる。


 2回目の進路変更は東室蘭を過ぎてから。
こんどは太平洋に沿い、苫小牧をめざして東へすすむ
苫小牧からようやく内陸部へむかう。ここで3度目の進路変更。
千歳をめざして北上していく。
こんどこそ札幌をめざし、一直線の北上がはじまる。


 すすめばすすむほど車窓に原野があらわれる。
手つかずの原野と原生林があらわれる車窓に、妻がうんざりしてきた。
 
 「内地ならどんな土地でも、人工物がある。
 それなのに此処はほとんど手つかずの大地ばかり。
 広すぎるせいかしら・・・それとも人の数が少なすぎるせいかしら」


 「両方だ。たぶん」


 「陽が暮れたら住めませんね。こんなとこ」


 妻がため息といっしょに吐き捨てる。


 「出たね。君の専売特許が」


 「なにもない辺鄙なところに住んで、なにが楽しいの。
 日が暮れたらネオンもない、真っ暗闇でしょ。
 ご近所さんはキタキツネかエゾシカ、ヒグマじゃ楽しくありません」


 「しかたないさ。内地と事情が違うんだ、ここは。
 長いこと自然の恵みに感謝する民族が住んでいたからね。
 北方先住民族のアイヌは、狩猟と漁業と採集で食料を得てきた。
 農耕文化の内地とは、暮らし方に根本的な違いがある」


 「農地を必要としない生き方が有ったというの?。ここには・・・」


 「そうさ。
 アイヌの人はいまでも薪や食べ物を手に入れるため森に入るとき、
 森の神に、挨拶の祈りを捧げる。
 野草やきのこを見つけたときは、すべてを取らず、必要なだけを採種する。
 集めたきのこは目の粗いかごに入れる。
 歩くたび、胞子が森に散らばるように配慮する」


 「素敵な配慮です。
 自然を改造して生きるのではなく、共生できる生き方です。
 そういえばアイヌの儀式・熊送り(イヨマンテ)は熊の霊を、
 天に差し戻す祭りです。
 熊も鹿も鮭も狐も鳥も、天上の神国では、人間のように着物を着ている。
 家を建てて神語を話し生息している。
 下界へ遊びに来る時だけ、熊は我々の見るあのような姿に変装する。
 狐や鹿や鮭なども、それぞれあのように変装して人間界へやって来る。
 人間へ装束(肉のこと)をみやげに授けて、霊だけが天の国へ帰っていく。
 と、金田一京助が書いていたのを思い出しました」


 (83)へつづく


北へふたり旅(81) 札幌へ⑥

2020-03-04 14:44:11 | 現代小説
北へふたり旅(81) 

 
 アイルトンとジェニファーと駅の待合所で別れた。
かれらの乗る列車は我々の1時間後。
後続のスーパー北斗に乗り洞爺湖へ行き、内陸部で札幌へ向かうという。
運が良ければまた会えるかもしれません、と手を振って別れた。


 ホームにはすでに特急列車が待機していた。
函館発10時05分のスーパー北斗7号。
札幌までの318㎞を、およそ3時間40分前後で走る。
 
 およそには意味がある。
もっとも速いスーパー北斗2号は、3時間29分で走り抜ける。
しかしスーパー北斗17号は、3時間56分もかかる。
所要時間に27分の差が出る。
単線区間での行き違いや、車両の違いによってこの差が生まれる。
乗車するスーパ北斗7号は平均値の3時間41分で札幌へ着く。


 「車両に使われている色が、内地よりすこし派手だ」


 「北欧風ですって。
 JR北海道はデンマーク国鉄と提携しているそうです」


 従来の普通車よりすこし座席幅がひろい。背もたれもたかい。
上下に調節できる枕がついている。
座席の肩にチケットホルダーがついている。
ここへ切符を挟んでおけば昼寝していても車掌に起こされることはない。


 
 スーパー北斗は函館本線・室蘭本線・千歳線を経由しながら札幌まで行く。
内浦湾をぐるりと半周し、太平洋を見ながら苫小牧まで海のふちを行く。
したがってA席はずっと山側。海が観たければD席がいい。
「海が見たかったなぁ・・・」窓際のA席に座った妻が不満を口にする。


 「あら・・・」車窓左側に沼が見えてきた。


 「大沼公園かしら」


 「小沼だよ」


 「大沼じゃないの?」


 「大沼はそのうち、車窓右側に見えてくる」


 「なんだ小沼ですか。つまんない」


 「そういうな。大沼と小沼はつながっている。
 大沼という地名はアイヌ語の「ポロト」からついた。
 「ポロ」は大いなるという意味で、「ト」は湖沼や水たまりを指す。
 蝦夷地を「北海道」と命名した幕末の探検家、松浦武四郎がくわしく書いている。
 彼が大沼にやってきたのは弘化2年(1845)。
 2丁ばかり下ると沼の端に出る。ここに小川があり石橋がかかっている。
 その石橋を渡ると茶屋が一軒あり、ここが大沼。沼の周囲は約8里。
 湾伝いに行けば10里はある。と書いている」


 「そういえば北海道は、読みにくい地名がおおいわね」


 「アイヌ語が語源だからね。
 これから行く札幌は、市内を流れる豊平川を「(サト(乾く)ポロ(大きい)
 ペッ(川))」と呼んだことに由来している」


 「他には?」


 「北海道は読みにくい地名の宝庫だ。
 富良野と書いて「ふらの」と読む。
 「北の国から」の舞台になった場所だから、ほとんどの人がよめる。
 増毛は「ましけ」と読む。
 アイヌ語の「マシュケ(カモメの多いところ)」が名前の由来。
 毛を増やす「増毛(ぞうもう)」とは関係ない」


 「面白いわね。まだ有るの?」


 「難易度はどんどんあがる。
 クイズを出そう。これは読めるかな?」


 メモ用紙に足寄と書く。


 「あしより・・・普通過ぎるわ。そんなはずありませんね」


 「ヒントは松山千春の出身地」


 「あ・・・あしょろ」


 「正解。つぎはこれ」


 知方学と書く。


 「そのまま読めば、ちほうがく・・・違うでしょ。
 う~ん。読めません。駄目です。頭が痛くなってきました」


 「ちぽまない、と読む。
 アイヌ語のチプオマナイ(河口に魚がたくさん集まる川)
 というのが語源」


 (82)へつづく