上州の「寅」(47)
「そんな風にユキはの君の屋台へ居着いたのか。
そこまでのいきさつはわかった。
でもさ。金髪になった理由はいままでの説明じゃわからない」
カラリとメロンソーダーを寅がかき回す。
「この島にはユキの母親の生家がある。
ここは母親の故郷。
でもユキが産まれたのは別の場所。ここから遠く離れた鹿児島県」
「鹿児島?」
「さいしょに巣箱を設置した鹿児島の山を覚えているだろ。
あそこからすこし先のちいさな町でユキは生まれた」
「あ・・・」
「みつばちの旅は、ユキが生まれた土地のちかくからはじまったのさ」
「スタートがユキが生まれた土地のちかく。
2ヵ所目が母親の生家があるこの島。なにか意図的なものを感じるな」
「離婚した母親は3歳のユキをつれてこの島へ戻ってきた。
ユキは父親の顔をよく覚えていないそうだ。
そのくらいだから自分が生まれて育った場所もほとんど記憶に残ってない。
巣箱を設置しながらユキは、自分が生まれ育った土地の空気を
ぞんぶんに吸ってきた」
「ここへ来たということは、ユキは家へ帰る気持ちになったということか?」
「話はそんな簡単じゃない。
あの子はまだそんな気持ちになっていない」
「矛盾してないか?。じゃ、どうして俺たちはこの島へ来たんだ」
「なにもない。みつばちのふたつめの基点をつくるためさ。
それ以外に何が有るというの。
寅ちゃんは養蜂以外に、なにか気になることでもあるのかい?」
「気になるさ。ユキの家族が此処に居るんだろ!」
「居るけどどうにもならないさ。あたちたちにはなにもできない。
家族のことは家族にしか解決できない。
見守るしかないのさ。ユキ自身のこれからの決断を」
「ユキがその気になるまでこの旅をつづけるという意味か?」
「養蜂の旅がいつ終わるかは誰にもわからない。
寅ちゃんが居て、ユキが居て、わたしがいるかぎりこの旅はつづく。
いやなら降りてもいいんだよ。
あんたには学業がある。
大学へ戻り、もういちど死んだ気で勉強すれば卒業できるかもしれない。
運が良ければその先でデザイナーになれる可能性もある」
「いまさらよく言うよ。
可能性ゼロだと最初に言い切ったのは、君じゃないか」
「わたしじゃないよ。可能性ゼロだと言ったのは大前田氏だ。
大学のあんたの成績を調べたらしい。
その結果。卒業どころか、デザイナーの才能も赤信号だった。らしい。
ユキと鹿児島へ行くのが決まった日。
もうひとりの相棒は、寅ちゃんがいいとわたしから大前田氏にお願いした」
「やっぱりそうか。そんなことだろうと思った。
俺のことはいい。話をユキちゃんのことにもどそう。
離婚して母一人、子ひとりの状態で小豆島へ帰って来たことはわかった。
そのさきで何が有ったんだ?。
ユキが金髪に染めるようになった決定的な事件がおきたんだろう」
「へぇぇ・・・
肉体労働者のくせに、たまには頭も使うんだ。
生まれ育った島へ戻って来たけど、シングルマザーの子育ては楽じゃない。
経済的には恵まれなかった。
でも貧しかったけど10歳になるまでは楽しかった、とユキは言っていた」
(48)へつづく