落合順平 作品集

現代小説の部屋。

上州の「寅」(47)旅はおわらない

2021-01-08 19:05:44 | 現代小説
上州の「寅」(47)

 
 「そんな風にユキはの君の屋台へ居着いたのか。
 そこまでのいきさつはわかった。
 でもさ。金髪になった理由はいままでの説明じゃわからない」


 カラリとメロンソーダーを寅がかき回す。


 「この島にはユキの母親の生家がある。
 ここは母親の故郷。
 でもユキが産まれたのは別の場所。ここから遠く離れた鹿児島県」


 「鹿児島?」


 「さいしょに巣箱を設置した鹿児島の山を覚えているだろ。
 あそこからすこし先のちいさな町でユキは生まれた」


 「あ・・・」


 「みつばちの旅は、ユキが生まれた土地のちかくからはじまったのさ」


 「スタートがユキが生まれた土地のちかく。
 2ヵ所目が母親の生家があるこの島。なにか意図的なものを感じるな」
 
 「離婚した母親は3歳のユキをつれてこの島へ戻ってきた。
 ユキは父親の顔をよく覚えていないそうだ。
 そのくらいだから自分が生まれて育った場所もほとんど記憶に残ってない。
 巣箱を設置しながらユキは、自分が生まれ育った土地の空気を
 ぞんぶんに吸ってきた」


 「ここへ来たということは、ユキは家へ帰る気持ちになったということか?」


 「話はそんな簡単じゃない。
 あの子はまだそんな気持ちになっていない」


 「矛盾してないか?。じゃ、どうして俺たちはこの島へ来たんだ」


 「なにもない。みつばちのふたつめの基点をつくるためさ。
 それ以外に何が有るというの。
 寅ちゃんは養蜂以外に、なにか気になることでもあるのかい?」


 「気になるさ。ユキの家族が此処に居るんだろ!」


 「居るけどどうにもならないさ。あたちたちにはなにもできない。
 家族のことは家族にしか解決できない。
 見守るしかないのさ。ユキ自身のこれからの決断を」


 「ユキがその気になるまでこの旅をつづけるという意味か?」


 「養蜂の旅がいつ終わるかは誰にもわからない。
 寅ちゃんが居て、ユキが居て、わたしがいるかぎりこの旅はつづく。
 いやなら降りてもいいんだよ。
 あんたには学業がある。
 大学へ戻り、もういちど死んだ気で勉強すれば卒業できるかもしれない。
 運が良ければその先でデザイナーになれる可能性もある」


 「いまさらよく言うよ。
 可能性ゼロだと最初に言い切ったのは、君じゃないか」


 「わたしじゃないよ。可能性ゼロだと言ったのは大前田氏だ。
 大学のあんたの成績を調べたらしい。
 その結果。卒業どころか、デザイナーの才能も赤信号だった。らしい。
 ユキと鹿児島へ行くのが決まった日。
 もうひとりの相棒は、寅ちゃんがいいとわたしから大前田氏にお願いした」


 「やっぱりそうか。そんなことだろうと思った。
 俺のことはいい。話をユキちゃんのことにもどそう。
 離婚して母一人、子ひとりの状態で小豆島へ帰って来たことはわかった。
 そのさきで何が有ったんだ?。
 ユキが金髪に染めるようになった決定的な事件がおきたんだろう」


 「へぇぇ・・・
 肉体労働者のくせに、たまには頭も使うんだ。
 生まれ育った島へ戻って来たけど、シングルマザーの子育ては楽じゃない。
 経済的には恵まれなかった。
 でも貧しかったけど10歳になるまでは楽しかった、とユキは言っていた」




 (48)へつづく


上州の「寅」(46)年齢不詳? 

2021-01-05 17:17:54 | 現代小説
上州の「寅」(46) 

 
 「おい。おまえ。名前は!」


 「ユキ」


 「その名前はさっき娘から聞いた。そうか。ユキというのは本名だな。
 住所は・・・生まれは何処だ。
 中学生を使うわけにはいかん。親に知らせる。親がいるだろ。
 電話番号と住所を言え。」


 「親はいません」


 「いないわけがないだろ。その歳で天涯孤独の独り身か!」
 
 「家出中です。親はいません」


 「ほら見ろ。やっぱり居るじゃないか。
 住所は何処だ。親の携帯番号を教えろ。すぐ連絡を取る」


 「知りません」


 「嘘を言うな。親の電話番号を知らないはずがないだろう」


 「忘れました」


 大前田氏の追及をユキがのらりくらり逃げていく。
収穫の無い展開に、やがて大前田氏の怒りが頂点へ達していく。
顔がみるみる赤くなる。


 「いい加減にしろ!」


 大きな声を出したとき。大前田氏が背後のざわざわに気がつく。
いつのまにか同業者の人だかりができている。


 「おいこら、おまえら。見世物じゃねぇぞ!。
 集まるんじゃねぇ。仕事の準備をしろ」


 「若頭。大きな声を出して子供をイジメちゃダメだぜ」


 「なんだって。いじめているわけじゃねぇ。
 俺はただこの女の子と紳士的に話をしているだけだ」
 
 「紳士的?。どうだかなぁ。
 わたしらにはとてもそんな風には見えませんが」


 「そうだそうだ。
 頭ごなしにポンポンいうな。怖がっているぞ。相手は子供だ」


 「そういえばそこのチャコだって、働きはじめたのは10歳のときだ。
 おれらは止めた。
 それなのに俺の娘は特別だって無理を押し通したのは若頭だ。たしか」
 
 「テキヤの親方だ。15歳以下をつかっちゃいけねぇのは知ってるはずだ。
 それなにチャコをこき使ってきたからな。このオヤジときたら」


 「看板娘のおかげで、ずいぶん儲けたはずだ若頭は。
 わしらも子供を使いたかったが、おかみに法律で禁止されている。
 おかみに訴えて出るか。
 理事の大前田氏が長年、15歳以下の女の子に仕事させてきましたと」


 「わかった、わかった。
 いったいおまえらはこの俺にどうしろというんだ」


 「その子にも事情があるだろう。
 いいじゃねぇか。年齢不詳ということで2~3日くらいは置いてやれよ」


 「家出中じゃ飯にも宿にもすぐ困る。面倒見てやれ」


 「あたしの口紅を貸してやる。
 真っ赤に塗れば3つや4つ、歳を誤魔化せる」


 「そいつはいい考えだ。あたしのサングラスも貸してあげる。
 これであと3歳はあがるだろ」
 
 「おまえら。本気でこの金髪の家出娘をかくまうつもりか!」
 
 「ここにはまともな奴もいるが、家出同然で商売しているやつもいる。
 いいじゃねぇか。テキヤだ。いろんな奴がごちゃごちゃ居ても。
 ねえちゃん。14歳で金髪にするとはいい根性だ。
 チャコに面倒を見てもらえ。
 融通の利かねぇこの頑固なオヤジより、よっぽど頼りになるぞ」


 「悪かったな。融通の利かねぇ頑固オヤジで!」
 
 こいつらときたら・・・と大前田氏がたちあがる。


 「ユキと言ったな。
 親の住所と電話番号を思いだしたら、チャコへ言え。
 あとで俺が電話して、うまくいっておくから心配するな。
 安心して働け。お前は今日から16歳だ。
 断っておくが最初は見習いだぞ。
 仕事ができる様になったらそれなりの時給をちゃんと払う。
 ここにいるこいつら全員が証人だ。みんなに感謝しろ。
 じゃあな。頑張れよ」


 (47)へつづく


上州の「寅」(45)14歳の金髪 

2021-01-03 15:15:55 | 現代小説
上州の「寅」(45)

 
 「はじめてユキと出会ったのはいまから半年前。
 場所はさぬき高松まつり。
 開店準備していた出店の前へ、はでな金髪の女の子があらわれた。
 金髪?。そのわりに年が若すぎるな。
 見た瞬間、そんな風に感じた。もしかしたら中学生かな?
 チラリと横目で見たけど、その子はそのまま通り過ぎていった」


 「さぬき高松まつり?、何それ?」


 「3日間で58万人をあつめる香川県最大のおまつり。
 学校は夏休み。だから若い女の子が金髪で通っても別に不思議じゃない」


 「でも中学生で金髪はまずいだろ」


 「そうでもないさ。
 夏休みの間だけ金髪や茶髪にそめる女の子はたくさんいる。
 2学期がはじまるまえ黒髪へ戻しておけば、どうってことないからね」


 「そんなものか?」


 「そんなものさ。
 すこししたらまた、金髪の女の子がもどって来た。
 わたしの店の前で立ち止まった。2度目だ。
 さすがにこんどは顔を上げ、その子の顔をまじまじ正面から見つめた」


 「その子がユキか」


 「その子もわたしを見つめてきた。
 いや・・・視線がちがっていた。
 そのこが見つめていたのは、鉄板の上の焼きそば。
 食べるかと聞いたら、その子はコクンとちいさくうなずいた」
 
 「冷やかしじゃないのか?」


 「露天商を長年していると、本能的に客と冷やかしを見抜ける。
 ユキの目はわたしの焼きそばを欲しがっていた。
 しかし金はなさそうだ。
 欲しいとうなずいたけど顔は迷っていた。
 いいからおいでと手招きしたら、子猫のように店の中へはいってきた」


 「食い物で釣ったのか、中学生を」


 「うん。焼きそばで簡単に釣れた。金髪の中学美人が」


 「美人だったのか?。その頃のユキは?」


 「14歳の肌だ。つるつるでピカピカさ。
 健康そうな肌が私の目には、とてつもなくまぶしかった」


 「君だって18だろ。同じだろ」


 「不規則な生活していると女の肌は荒れるんだ。
 ユキの肌には勝てなかったさ」


 「そんなもんか」


 「そんなもんさ」


 「ユキちゃんはなぜ君とコンビを組んで露店の仕事をするようになったんだ」
 
 「一宿一飯の恩義ってやつかな。
 そのまま子猫のようにユキがわたしの屋台へ居ついた。
 なにもしなくてもいいというのにユキのやつ、わたしの仕事を手伝った」


 「問題ないのか。中学生が働いて?」


 「ユキが働き始めて1時間後。
 うわさを聞いた大前田氏(チャコの義父)がやって来た。
 ※15歳以下を働かせているのかと、えらい剣幕で、飛び込んできた」
 
 ※中学生は基本的にアルバイトできない
労働基準法では雇う側のルールとして、満15歳になってから
最初の3月31日が終了するまで雇ってはいけない、と書いてある。
正社員として働くのがダメというだけではなく、契約社員であっても
アルバイトでもあってもダメということになっている。


(46)へつづく


上州の「寅」(44)メロンソーダ

2021-01-01 17:02:18 | 現代小説
上州の「寅」(44)メロンソーダ


 喫茶店で寅が頼むのは、いつも決まってメロンソーダー。
メロンソーダー以外、頼んだことがない。


 母といっしょに初めてカフェへ寄ったとき。
寅の目にいきなり、涼しそうな緑の飲み物が飛び込んできた。
なんだろう?。
サイダーのような液体に、鮮やかな色がついている。


 「ママ。シュワシュワしている、あの緑が呑みたい」


 「ダメ。あれは身体によくない炭酸飲料です。
 それにあの緑色は人工甘味料のかたまり。
 どちらもこどもの体によくありません。他のものを頼みなさい」


 「身体によくないの?」


 「炭酸飲料に子供にひつような栄養ははいっていません。
 炭酸は骨を溶かすのよ」


 「骨が溶けるの?。でもあの人は呑んでるよ」


 「大人は良いの」


 「大人になれば呑めるのか。いつになれば呑めるの。ぼくは」


 「親から独立した時。
 お給料をもらい、ちゃんと生活できたとき。それまでは駄目です」


 「自分のお金で呑むならいいの?」


 「そういう考え方もあります」


 「じゃ僕は貯めたお年玉を使って呑む。それならいいでしょ」


 「あなたが働いたお金じゃないでしょ。好意でもらったものは問題外です。
 我慢しなさい」


 「我慢できない!」


 「妙にこだわりますねあなたも。体に良くないのよ。
 それでも呑みたいの?」


 「呑みたい!」


 「石の橋を叩いても渡らないくせに・・・。
 こういうときだけ自己主張しますねぇ、あなたって子は。
 負けました。しかたありません。いいでしょ。何事も経験です。
 こんかいだけ許可しましょう」


 メロンソーダを呑むたび、根負けした母を思い出す。
「こら。寅。聞いてのか。ひとの話を!」
いきなりチャコの怒鳴り声で、寅の意識が現実へ引き戻された。


 ここはホームセンター脇にたっているちいさな喫茶店。
巣箱をつくるための買い物を済ませた後、小豆島のさいしょの休日を
寅は、チャコと2人で過ごしている。


 (あれ?。チャコが目の前にいる。
 なんでチャコと2人でお茶してんだ?。こんなところで俺は・・・)
 
 クスクス笑う声が聞こえてきた。寅があわてて周りを見渡す。
店内にいるのは5~6人。
チャコの怒鳴り声がまわりの好奇の目を集めたようだ。


 「あれれ・・・まわりはいったいぼくらを、どんな風に見ているのかな?」


 「なに。いきなり?」


 「デート中の若いカップル。仲の良い兄妹。
 いったいどんな風に観られているのかな・・・」


 「どちらも外れ。
 どうしたのさ。人が説明しているのに聞きもせずぼう~とうわの空で。
 失礼にもほどがあります」
 
 「説明?。なんだっけ・・・いったいなんの話していたんだ?。俺たちは」


 「いまさらとぼけないで。
 あたしの話をまったく聞いていなかったんだね。あんたって人は」


 「だから何の話だ?」


 「ユキが金髪になったいきさつ」


 「あ・・・」


 寅がようやくすべてを思い出した。


(45)へつづく

 あけましておめでとうございます。
コロナにはじまり、コロナに暮れた2020年。
目に見えない敵とのたたかいはあたらしい章へ突入しました。


 でも人は病にぜったい負けません。
なんどもたちあがり、命ある限り、前へむかってすすみます。
暮れに体調を崩しましたが、こんかいもまたここへ戻って来ることが出来ました。
やはり健康はありがたい。


 2021年も体調に気を配りながら、ひきつづき創作に励みたいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。


 2021年。元旦 落合順平