のほほんとしててもいいですか

ソプラノ歌手 佐藤容子のブログです。よろしくお願いいたします!

創作『壁の穴』

2009-01-18 | 『創作・短いお話』

ルミの部屋の壁に一ヵ所小さい穴が開いたのは、ルミが片目の視力を失った後だった。



去年の秋に、学校で、ふざけていた男子が持っていたペンが目に刺さった。



その2日後に、部屋の壁のちょうど目の高さくらいに小さな穴が開いた。



穴からは三日三晩、涙みたいな塩辛い水がぽとぽと垂れていた。



小さな穴が乾いた頃に残った片目で穴を覗いて見ると、ルミの心の中にある、悲しみと憎しみと喜びと幸せが見渡せた。



ルミは無くした片目と引き換えに『自分の心が見える小さな穴』を手に入れた。





まだ両目が見えた頃、自分の心の中なんて自分で良く分かっていると思っていた。




でも小さな穴を覗いて見ると、自分では気づかなかったいろんな感情が、突っつき合ったり、こんがらがったり、なだめあったり、あんなこと、こんなこと、していた。




ルミはふ~ん、って思った。



そして、ルミ自身のことをいろいろ知った。


そしたら、前より、ルミがルミらしくいるために何をしたらいいか少し分かって、気持ちが軽くなった。




片目は見えなくなったし、まだちょっと痛い。




だけど、壁に現れた小さな穴が一緒に泣いてくれて、新しい目をくれた。




ルミの名前は『ルミエール』って言うフランス語からついた、って言ってた。


『光』なんて、なんかかっこいい。


だから自分の名前は好きだった。



『光』は暗い場所こそとても役に立って、綺麗に見えるな、って、そう思った。



そう思ったら、少し元気が出た。





《おわり》





コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする