のほほんとしててもいいですか

ソプラノ歌手 佐藤容子のブログです。よろしくお願いいたします!

創作:月とモリオール

2009-07-12 | 『創作・短いお話』



その小さな小さな島は、深い夜の中で黄色く黄色く光っていた。


その島には誰もいなかった。


小さな小さなモリオール以外は。


モリオールは生まれた時から一人ぼっちで、自分はたぶん月から生まれたと思った。


毎晩、暗い夜空にこぼれ落ちそうなくらいに大きく座る月くらいしか、この小さな孤島での話し相手はいなかった。

もちろん月は何も答えたりしないので、モリオールが語りかけるのみだった。


今夜も、月の真正面に赤いペンキが少し剥げた小さな木のイスを置いた。


いつもそうしているように、イスを置いた周りに生えている草を丁寧に抜いた。


ほとんど儀式とも言えるような準備は終わった。


モリオールは、ほっと小さなため息をつくと、少し疲れた右肩をクルクルとまわした。


小さな赤いイスはモリオールのおしりを吸い寄せるように、モリオールを座らせた。

モリオールは月に話しかける。


今日1日モリオールに起きた悲しい気持ち、うれしい気持ち。


月は大きな体でゆったりとそれらの話を受け止め、ゴックリと飲み込む。


月は優しい。

モリオールが岩場の影で飼っていたシシネズミのガリガリが嵐で飛ばされて死んでしまった時も、月はその悲しすぎる話を、たっぷり時間をかけてモグモグモグモグ噛んでから、ゴックリ飲み込んだ。


モリオールは月に心から感謝していた。


もし月がそうやってモリオールの話を飲み込んでくれなかったら、モリオールは気持ちを切り替えて明日に向かうことは決してできなかった。


月はモリオールの話になにか答えることはなかったが、いつも語るモリオールの目を柔らかくみつめ、安心のゆるい光を敷き広げた。


ある晩、その暗い夜空に月はいなかった。


こんなことは初めてだったし、モリオールはひどく慌てた。


夜空中を捜し廻って、やっぱり月がいないことがわかったモリオールは、大きな池が7つ出きるほど泣き続けた。


今日はどうしたらいいのか?


誰がモリオールの今日1日の話を聞いてくれて、そのおかげで慰められたり、元気をもらったりさせてくれるのか?


そしてこのまま毎日月がいなくなったら…。


そう考えたら、また泣き続け、大きな池は11個にまで増えた。

そんなとき、ふんわり盛られた猫柳の上に黄緑色の手紙が置いてあることに気付いた。

モリオールは涙を拭うと、手紙を開いてみた。


手紙は月からのものだった。


「モリオールへ。

突然だけど、わたしは夜空から去らなくてはなりません。

今まで毎日、モリオールの楽しかったこと、悲しかったこと、話を聞かせてくれてありがとう。

わたしも、どの話も飲み込もうとがんばったから、かなり太ったよ。

わたしはまた夜空に戻れるかは分からない。

でもモリオールが悲しむべきことではないよ。

モリオールはもう誰かに話を全部聞いてもらわなくても明日が迎えられるくらい大きくなったということでもあるんだよ。

それでももし、不安になったり悲しくなったりする夜が来たら、気持ちを落ち着けて、今までしていたのと
同じように夜空に向かって話すんだ。

人はいつでも大切なものが離れて行ってしまう時を持っている。

でもね、それは時が成長した証なんだ。

だから悲しいことではない。

がんばるんだよ、モリオール。」


モリオールは手紙を読んだけど、たぶん半分くらいしかよく解らなかった。


でも、モリオールが前とは違うらしいことはわかった。


意味もなく元気が湧いて来たので、がんばろうと思った。


ペンキの少し剥げた赤いイスを片付けると、シシネズミに餌をやらなきゃ、と思った。


小さな水色のプラスチックのバケツと細長い竹槍を準備すると、崖桃を取りに裏山へ向かった。


コメント
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