私の部屋に、女の子がいた。
ある日、学校から帰って来ると、その子はいた。
私が自分の部屋のドアを開けると、その女の子はポッキーをポリポリ食べながら、私のお気に入りのふわふわクッションに座って、何か書いていた。
「あ~、おかえり~」
その子はこちらを振り返りながら、ペンを持たない方の手で食べかけのポッキーを振った。
「だれ、あんた?」
私は、自分の部屋に誰か知らない子がいたこともびっくりしたけど、その子の顔が自分と同じ事にもっとびっくりした。
その子は答えた。
「あなたの中のあなたよ。」
私は聞いた。「何の用?」
その子は答えた。
「あなたの悩みの相談に来たの。あなたが呼んだのよ。」
言われてみれば、悩みという程ではないが、悩みがあった。
ぼんやりしたもの。
なんとなくの不安。
でも、こんな女の子に登場してほしいとは思っていなかった。
でも、まぁいいか。
私はバッグを机に置くと、とりあえず一緒に座った。
「ポッキーでも食べたら?」
その子は言った。
「ありがとう、でもそれは私のおやつよ。」
私は3本まとめて取ると、少し当てつけのように音を立てて食べた。
その子はそんなことは気にとめる様子もなく、絵を描いている。
「なんの絵?」
私が聞くと、こちらを見ないで答えた。
「マリアの受胎告知。興味あるでしょ?」
「…とても興味ない」
私は絵には興味がないし、特に宗教的題材の絵に関心はなかった。
その子はポッキーを割合規則正しいペースで食べながら、黙々と絵を書き続けた。
絵はかなり仕上がって来ていた。
落ち着いた深い色合いが、多彩な表情を見せ始めた。
それは、絵はわからない私でも、すごい綺麗、と思った。
自分と同じ見た目の女の子が、そんな絵を描いているのは、不思議な気分だった。
だいぶ時間が経った。
その子は細部にこだわって色合いを調整していた。
私はじれったくなって来て、言った。
「悩みの相談に乗ってくれるんでしょ?私の悩み、わかるの?」
「わかるよ。答えはこの絵の中にあるの」
「どこが?」
私は絵をよーく見てみたけど、わからなかった。
その子はペンを片付け始めながら言った。
「あなたの悩みはなんとなくの不安よね。過ぎていく時間に焦りを感じるのよね。」
「うん、まぁ、そんな感じ…」
「時間をね、切り取ったらいいと思うの。絵ってね、瞬間を冷凍しちゃうみたいに、その時間と情景を永遠に閉じ込められるの。重要な瞬間も、重要じゃない瞬間も、そうできるの。」
「少し意味がわからない…」
私は時間を切り取る意味も意義もやり方もわからなかった。
その子は言った。
「時間は切り取る意思を持つと、なんでもない瞬間がなんでもあるものになって、あなたの中に積み重なるわ。積み重なる事自体に意味はないけど、きっと今より楽しくなるわよ。切り取ることは、ありがとうを言うことよ。マリアの受胎告知は特別な瞬間か特別じゃない瞬間かは、人によって違うかもしれないけど、切り取られた事で一人で歩みを始めることができたの」
私はお経を聞いてるような気分で、なんとなくわからなかったけど、気にとめなかった小さなシーンを大切にしてね、と言ってるのかな、と勝手に考えて、とりあえずポッキーを口に運んだ。
「うんうん、わかんないけど、わかった」
私は適当に答えて、でもなんか友達が増えたようで楽しくなって来た。
「もう帰るね。相談終わり。あなたの中に戻るよ。」
私が、えっ、と言う顔をするかしないかのうちに、その子はキラキラした砂のようになって、ポッキーの箱に吸い込まれた。
ポッキーの箱には、2、3本のポッキーが残っていたけど、もしかしたらさっきより1本増えたかもしれなかった。
これを食べたらあの子は私に戻るのかな。
なんだか夢の中みたい。
私は最後のポッキーをポリポリ食べながら、またあの子と話したくなったら、なにか悩むのも悪くないな、と、思った。
(おわり)