のほほんとしててもいいですか

ソプラノ歌手 佐藤容子のブログです。よろしくお願いいたします!

パガニーニ

2011-03-09 | 『音楽のはなし』
最近ヴァイオリンの音色がお気に入りの友達がパガニーニについて教えて、と言った。

「すごいバイオリニストで作曲家でもあるよー」と答えたら、それくらいはわかるからもっと詳しく…、ということで、またもや調べてみました。

ニコロ・パガニーニは、1782年10月27日生まれ。58歳まで生きました。

イタリアのヴァイオリニスト、ヴィオラ奏者、ギタリスト、作曲家。

パガニーニがヴァイオリンを始めたのは5歳からで13歳には完成していたと言われる。
あまりの上手さに、「パガニーニは、悪魔に魂を売り渡した」と噂された。

少年時代から病弱で、『毒素を抜くため』に下剤を飲む。
後に梅毒で水銀療法とアヘンの投与の治療をした。
水銀中毒が進行して次第にヴァイオリンを弾くことができなくなり、1834年に引退する。
1840年に水銀中毒で死去。


パガニーニは病弱だったために痩せていて浅黒かったようです。

猛特訓の末に左手が柔軟になっていた事が彼の超絶技巧を可能にしたと言われている。
これは、マルファン症候群によるものという説があり、悪魔的とまで言われた演奏技術は、マルファン症候群特有の指の長さや、関節のなめらかな動きがもたらしたものではないかと考えられている。

恋愛と賭博を好み、ナポレオン1世の妹のエリーズ・ボナパルトとポーリーヌ・ボナパルトと関係した。
賭博では、演奏会の前日にヴァイオリンを博打に大負けしてとられたことがある。


演奏会にて、弾いている最中にヴァイオリンの弦が切れていき、最後にはG弦しか残らないも、それ一本で曲を弾ききったと言う逸話もあるが、パガニーニ本人がパフォーマンスの一環として、伸ばして鋭くした爪で演奏中に弦をわざと切っていたと言われている。

高い評価や人気を得るに連れ、演奏会のチケット代は高額になった。
やがて偽造チケットも多く出回ったため、自ら会場の入口に立ちチケットをチェックしたとも言われる。
けっこうけちだったようです。


パガニーニが演奏するのに使用したヴァイオリンは、「カノン」が有名である。
賭博でヴァイオリンを賭け、それを取られてしまうということがあったが、1802年にリヴロンという商売人がパガニーニに、演奏会で自身が所有する上記のグァリネリのバイオリンを使用してほしいことを申し出た。
パガニーニはそれを承諾し、演奏会でそのヴァイオリンを使用したところ演奏会は予想以上の成功を収めた。
リヴロンは感激し貸したヴァイオリンを「一生使用する」ことを条件に譲渡した。
以後パガニーニはこの楽器を音の大きさから「カノン」と命名し、愛用した。

「カノン」はパガニーニの遺言で「他人に譲渡、貸与、演奏をしない」ことを条件に故郷ジェノヴァ市に寄贈した。
現在はパガニーニの遺言を無視する形で貸与と演奏がされている。


リストは初恋に破れ沈んでいた20歳の時にパガニーニの演奏を聞いて「僕はピアノのパガニーニになる!」と奮起し超絶技巧を磨いたという逸話もある。


パガニーニは作曲家としても活躍しヴァイオリン曲を残したが、極めて速いパッセージのダブルストップ・左手のピチカート・フラジョレット奏法など、どれも高度な技術を必要とする難曲として知られている。

パガニーニ自身は技術が他人に知られるのを好まなかったため、生前はほとんど自作を出版せず自分で楽譜の管理をしていた。
その徹底ぶりは凄まじいもので、自らの演奏会の伴奏を担当するオーケストラにすらパート譜を配るのは演奏会の数日前か数時間前で、配ったパート譜はすべて回収したというほどである。
しかも、オーケストラの練習ではパガニーニ自身はソロを弾かなかったため、楽団員ですら本番に初めてパガニーニ本人の弾くソロ・パートを聞くことができたという。
その背景として、この時代は、著作権などがまだ十分に確立しておらず、出版している作品ですら当たり前のように盗作が横行していた為、執拗に作品管理に執着するようになったとする説もある。

このようにパガニーニ自身が楽譜を一切外に公開しなかったことに加えて、死の直前に楽譜をほとんど焼却処分してしまった上、彼の死後に残っていた楽譜も遺族がほぼ売却したため楽譜が散逸してしまい、大部分の作品は廃絶してしまった。


現存している譜面は、彼の演奏を聴いた作曲家らが譜面に書き起こしたものがほとんどだと言われている。
また、同じ理由から弟子をカミッロ・シヴォリ一人しかとらず、そのシヴォリにも自分の持つ技術を十分には伝えなかったため、演奏の流派としてはパガニーニ一代で途絶えることとなってしまった。

パガニーニは、1800年から1805年にかけて表立った活動をやめ、ギターの作品を数多く作曲している。
これは、フィレンツェの女性ギター奏者を愛人としていたためといわれている。



主要作品:24の奇想曲 Op.1 (無伴奏ヴァイオリン独奏曲)



出展:Wiki




わたしはラ・カンパネラがすきです~

リストのラ・カンパネラの方が有名かなー

パガニーニのものがもとになっているんですけどね…

ラ・カンパネラは、小学校のときに気に入っていたカセットテープ4曲入りのうちの1曲でした。

ほかに、サラサーテの「チゴイネルワイゼン」や、サン=サーンスがサラサーテに贈った「序奏とロンドカプリチオーソ」などが入っていて、それらはいまでもお気に入りの曲です。


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2011-03-09 | 『ちびひよ』


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