長崎本線、佐世保線が電化される前は、485系電車特急「かもめ」「みどり」ではなく、キハ58系急行でした。DMH17系列で過度に統一されていた国鉄形気動車、同機関を搭載すれば併結も可能であり、そこで長崎県の私鉄「島原鉄道」もキハ20同形を製造し、起点諫早から急行に併結され、遙か博多まで入線していました。
その名残で、島原鉄道は当時まだ多くのキハ20同形を保有していました。最初は、キハ2003(写真)。国鉄急行色に近いですが、三本ヒゲのような赤線が入り、「島鉄急行色」とされます。
続いて、奥にはキハ2006が(写真)。ブロックパターンのツートンです。この塗色の正式名称を、私は知りません。
洗浄線には、朱色一色の、所謂「首都圏色」に塗られた、キハ2008が停まります(写真)。
その奥には、同じくブロックパターンのキハ2018が停まります(写真)。
後にこれらの車両が、一気に廃車される事態が生じてしましました。それは、後に投稿することになりますが、何故そうなったか、是非思いを巡らせてみて下さい。本当に断腸の思い、残念でした。
それでは、次回をお楽しみに。