日田は大分県北西部、周囲を山に囲まれた典型的な盆地にある地方都市で、多くの清流が流れ込んでくることによって水に恵まれた「水郷」として、また、幕府直轄地のいわゆる「天領」として栄え、古い商家や土蔵を今なお残す豊後の小京都として、その名を全国に知らしめています。
豆田町はこの日田市市街地の北部、花月川沿いにある伝統的な商家が集まった地区です。南北に御幸通り、上町通りの2筋の通りがある。国の重要伝統的建造物群保存地区として選定されています。
この豆田町の北の端にはクンチョウ酒造の酒蔵があり、元禄15年(1702年)に建てられた一番古い蔵をはじめ、5棟の蔵がすべて建築当時の姿で残っている全国的にも大変珍しい酒蔵群を見学することもできます。
いっぽうの南の端には咸宜園跡があります。ここは幕末の全寮制の私塾で、「咸宜」とは「みなよろし」の意味で、武士だけでなく、身分も男女も分け隔てなく受け入れるということでこう名づけられたとのこと。
江戸時代の中でも日本最大級の私塾となり、80年間で、ここに学んだ入門者は約4,800人に及び、その中には高野長英や大村益次郎の名もあります。
ここの街並みは電柱が地中化され、軒を連ねる商店も景観に配慮した意匠になっています。この美しい景観を目当てに多くの観光客が集まるようになってきています。が…南北に亘る二つの通りはどうやら抜け道になっているようで、地元の車が無遠慮に走り抜けて行く危険な状態。多少の不便もあるだろうが、より多くの観光客を集めようと目論むなら、通行規制も考えた方がいいと思いますが…
- 訪問日:2011年9月27日
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