素浪人旅日記

2009年3月31日に35年の教師生活を終え、無職の身となって歩む毎日の中で、心に浮かぶさまざまなことを綴っていきたい。

浜島の海には台風の余波が

2014年07月11日 | 日記
昨夜、志摩市沖を通過したようだが、影響はあまりなかった。朝から浜島にあるかかりつけの歯科医院へ父親を連れて行った。治療の間に付近を散策した。海にはまだ台風の余波があり、白波をたてて浜や堤防に打ち寄せていた。こんな浜島の海を見るのは小学生の頃以来である。
当時は墓参りのため、盆をはさんで1週間余り浜島の祖父母の家に泊まっていた。土用波や台風の余波の波が押し寄せる海岸でよく遊んだ。太平洋に開けている海の豪快さは印象深かった。
台風が近づいてきた時に賢島から巡航船で浜島に行った時のことも波を見ていて思いだした。
木の葉ように船が揺れ、波の谷間に沈んだ時の様子は今でも鮮明に覚えている。
自然の力を目の当たりにした時、人間の非力さをつくづく感じる。貴重な経験だったと思う。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

志摩への道、雨、風ともさほど強くなかった

2014年07月10日 | 日記
国道163号から見る木津川の水位はあまり高くなくホッとした。雲の様子を見ても大雨の恐れはなさそうなのでいつもの名阪国道、伊勢自動車道を使わずに、伊賀街道(163号)で津に出て、国道23号、南勢バイパスで帰った。
津周辺は雨、伊勢は風がそれぞれ強かったが一時的で走行に問題はなかった。
時間は30分ほど余分にかかるが、ガソリンはいつもの半分以下で済んだし、高速料金もいらないので経済的であった。Hさんのアドバイスのおかげである。台風の山は今夜あたりになりそうだがこの様子だと雨戸をしめなくてもよさそうである。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

台風8号はどう動く?明日は志摩の実家へ

2014年07月09日 | 日記
 明日、明後日と磯部行きである。最近、実家へ帰るとなると雪や大雨などの予報が出ることが多い。今回は台風」である。台風発生のニュースを見た時「ヤレヤレ」と思った。ただ、当初の予想よりは速度が鈍っているのでましな状況になりつつある。ただ、梅雨前線とのからみで油断はできない。

 今日、ジムで「西名阪の加太峠越えがこわいな」という話をしていたら、バイク好きでツーリングを善くしている人が「163号をそののまま走り、上野から津まで抜けてみたらどうですか」と話してくれた。昔の伊賀街道にあたる道だそうだ。今まで頭になかった道なので帰宅して地図を調べた。伊賀一の宮⇒関⇒津という三角形の二辺を結ぶ他の一辺となるので魅力的なルート。これなら南勢バイパスを使って高速なしで帰ることができる。これから志摩に行く回数も増えるかもしれないので試しておく値打ちはある。

 ただ、天候次第では無理はできない。何と言っても大切なことは安全第一である。すべて台風8号の動きによる。

 午前中はアジサイの花をすべて摘んだ。この作業が終わると夏が来るという感じがする。アジサイの木は年々大きくなるので全部の花を摘むのは結構骨が折れる。飢えたやぶ蚊と戦いながらの作業でもある。いろいろ試したが古くからある渦巻き型の蚊取り線香が一番良い。

 セミの鳴き声を聞いたという人もいた。目覚めの音が鳥の声からセミの鳴き声に代わる日も近い。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

エアコン初除湿運転の日となる

2014年07月08日 | 日記
 今日まではエアコンを使わずにしのげたが、今日のむしむしした暑さは忍耐の限度を超えた。夕食時、エアコンのドライを初めてかけた。季節外れの進路を取りそうな台風8号がもたらしている湿った空気のせいである。まとわりつくような暑さである。無謀にもこの暑さの中でどれくらい走ることができるか寝屋川公園往復の新10㎞コースを走ってみた。1時間走った所で「これ以上は無理!」と体が言ってきた。ちょうど8kmぐらいの地点である。そこからはクールダウンしながら歩いたが、蒸し暑さのためなかなか体温が下がらなかった。家でシャワーで思いっきり冷やした。体重は朝よりも1.5kgほど減っていた。

 余禄の視写、去年の6,7,8月に書けなかったものが多くある。それらを書けばパーフェクトになるので、今年の7,8月はダブルで書いていこうと一念発起した。2年連用日記を見ている感じで違った面白味がある。おかげで漢字を書く力の衰えは防いでいるように思う。メールを使い出してから漢字が書けなくなったという声をよく聞く。変換機能を使えば、選ぶだけの作業になるので確かに書く力は落ちる。今日は《閻魔》という字に苦労した。《閻》には、書く時私が苦労する2つの文字が入っている。門と臼である。形がとりにくいので嫌いである。字はバランスだと思うようになったきて、以前よりはましになっていると思うが《閻》だけはなんともひどい形である。お世話になるまでにもっとましに書けるようにしておこう。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

マットレスを替える

2014年07月07日 | 日記
 毎夜の体圧に耐えてきたマットレスも弾力性がなくなりせんべい状態でついに寿命となった。通販で頼んだ「極厚高反発マットレス」なるものが昨日届いた。ダブルサイズのものをコンパクトにする圧縮梱包のすごさに驚く。どうやってここまでにしたのか現場を見たいと思った。

 体が沈まず、脊柱の自然な形をキープできるというのが売りである。確かに今まで使ってきたものに比べると下から押し返してくる感じがある。初めて歩いた時バランスを崩しそうになった。トランポリンの上を歩く感じとよく似てる。体が沈みこまず自然な姿勢を保つことはまちがいない。

 しかしである。人間の感覚とは不思議なもので長年慣れ親しんできたマットレスの感触というものをきっちりと記憶しているのである。楽な姿勢をキープしていることはわかるが、下から押し上げてくるような感触がどうもなじめず、熟睡できないのである。

 人間は寝ている間に4回ほど夢を見るが、覚えているのは最後の1回だけで残りは忘れているという。そんなものかと思っていたが、今回新しいマットレスのおかげで「夢の三本立て」を体験することができた。

 眠りが浅く、1時間おきぐらいに覚醒するのでそのつど夢の記憶があるのである。こういう時は楽しい夢は見ないものである。「嫌な夢を見たなあ」と目覚め、時計を見る「エッ!まだ1時」としっくりこない感触の中、「何であんな夢見たんだろう」と思いつつ浅い眠りに入るり、次の夢を見るという繰り返しで朝を迎える。結構、消耗するのである。

 肌になじむ、肌を許す、肌が合わない、肌触り、肌寒いというような表現があるが、肌感覚というものをあらためて認識した。靴でもそうだがしっくりくるにはある程度の時間が必要である。もう少しの我慢である。できれば楽しい夢の三本立を見たいものである。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする