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旅行記、世相独言

ここ掘れ!ワンワン 王家の谷 - ルクソール -  (異文化体験41 五千年の時空を超える旅2)

2014年04月04日 23時39分39秒 | 異文化体験_アフリカ
(写真はクリックで拡大します)

ここ掘れ、ワンワン。王家の谷 -ルクソール- 2008.12.20

 「鯖腹減る(サバハラヘル)=おはよう!」と教えるのは独身現地ガイドのモハメッド氏。本当はサバーヒルヘールらしい。
 ナイル西岸の王家の谷に向かう道中、サトウキビ畑が広がる。エジプト人の砂糖消費量は何と32kg/年・人、お菓子の甘さは中途半端じゃない。

 西岸入口のメムノンの巨像。アメンホテプⅢ世の坐像だが、坐像の後ろにあるはずの彼の葬祭殿は後の王たちの石材として破壊されて、お気の毒と言わざるを得ない。

            
(左)ナイル西岸 王家の谷入口の「メムノンの巨像」お気の毒!     (右)巨像の辺りから見た王家の谷方面 

 バスはカーナボン卿の家や早稲田ハウスを右手に見ながら王家の谷の奥深くに入っていく。
ビジターセンターは我々の血税も入って鹿島建設が建てたもの。電動カートに乗り換えて墳墓の近くまで行くが、その距離わずか数百メートル。今は冬場だからわずかと言えるが、40℃以上になるともいう夏場のことを想像すると納得。

            
(左)ビジターセンターで電動カートに乗り換え                 (右)カートに乗って王家の谷の奥へ

 王家の谷は、新王国の時代(今から3500年ほど前)の多くのファラオが眠っている。3つのお墓に入れる入場券で、ラムセスⅠ、Ⅳ、Ⅸ世の墓に入る。撮影禁止である。王家の谷自身ビデオ撮影は全面禁止である。しかし、これもおかしな話で、デジカメには動画撮影機能がある。デジカメOKでビデオ×という論理はいずれ見直されるだろう。
 王墓には古代エジプト人が信仰する太陽神ラーを中心とする宇宙の営みや生活様式が極彩色で描かれている。ご興味のある方は、岩波新書:古代エジプト人の世界―壁画とヒエログリフを読む―(村治笙子著、仁田三夫写真)の購読をお奨めする。

            
(左)ラムセスⅠ世王墓壁画(上記図書より)          (右)今日の入場券(上:3墳墓、中:ツタンカーメン、下:女王葬祭殿)

 KV62、これがトゥトアンクアムン(ツタンカーメン)王の墓である。別途入場料2000円が必要。王墓の入口に案内板がある。カメラすら持って入れない。散々、TVで見た王墓であるが、実際入ってみると意外と小さい。
 今もツタンカーメンのミイラが王墓内前室に温湿度調節されたガラスケース内に安置され、玄室にお棺も置かれている。これだけのスペースに、あの数々の副葬品が所狭しと置かれていたのだ。

 
  
(左)王家の谷とKV62(右下)入口                       (中、右)ツタンカーメンの墓発見時の記録写真

 ところで、KV64を目下探索中なのがザキ博士。ツタンカーメンの墓の前には休息所があり、多くの見物人が休息を取っているが、何と墓と休息所の間に新たな墳墓があるのではないかと掘削が始まっている。ツタンカーメンの妻の墓があるはずとのこと。
 まさに、「ここ掘れ、ワンワン」ではないが、何せまだ遺跡の70%が砂の中とのこと。第2のツタンカーメン級が待ち焦がれる。

  ツタンカーメンの妻の墓? ザキ博士が目下発掘中、入口はどこ?
 


 王家の谷を回り込んだ所にあるのが、ハトシェプスト女王葬祭殿。夫トトメスⅡ世の死後、わが子Ⅲ世の摂政となり、更に自らファラオとなったエジプト初の女王の葬祭殿は、3層のテラスからなる素晴らしい建築物である。女王の誕生や古代プントとの交易等がレリーフに描かれている。

  ハトシェプスト女王葬祭殿全景

 1997年11月、この葬祭殿でテロ事件が発生し日本人10名を含む外国人観光客58名が死亡する事態が発生。以後、観光警察を設置して観光立国を目指すエジプトは主要な観光地には多くの警官を配置している。この葬祭殿にも銃を持った警官が多数いる。
 
              
(左) 葬祭殿前の広場(1997年 日本人10名を含む58名がここで射殺された)   (右)葬祭殿下のホルス像 

 葬祭殿の端のレリーフを撮影していると、立ち入り禁止の縄張りの中にいる警官が手招きしている。写真を撮ってやろうということらしい。ご親切に、さすが観光警察!と感心してカメラを渡すと縄張りの中に入れと言う。いいのかな?と思いつつ、言うとおりにすると結構いいカメラアングルで葬祭殿背景に撮影してくれる。雰囲気的にどうもこれは小遣い稼ぎだな!と気づいたが、まさにその通り。おおっぴらには言えないので、ジェスチャーで1$くれ!と言う。

                    
(左)この観光警察官、仕事の合間の小遣い稼ぎ!! (中)立入り禁止域で警察官が撮影 (右)祭殿内部 色彩も鮮やかに。

 今はテロとは程遠い平和な観光地となっていいことだが、有事に彼らは本当に大丈夫?


いざ、ルクソールへ。不安な旅立ち - ルクソール - (異文化体験41 五千年の時空を超える旅01)

2014年04月01日 15時27分18秒 | 異文化体験_アフリカ
 異文化体験41は、2008年12月に旅したエジプト「5000年の時空を超える旅」を全12回に分けて掲載します。
 テレビ番組や写真で見聞きした古代エジプトの人類遺産、現実に目のあたりにするとそのスケール感で圧倒され、知らず知らず異次元の世界に引き込まれます。どうぞご期待下さい。(写真等は、クリックで拡大しますので参考にして下さい。)

              
(右)クラブツーリズムの添乗員氏から受け取った8日間の旅の記録です。ほぼこの線に沿ってブログを掲載します。


いざ、ルクソールへ。不安な旅立ち - ルクソール - 2008.12.19

 念願のエジプトへの出発である。今回は母親の介護の関係でクラブツーリズムの24名からなるツアーに初めて単独参加の旅である。

 3年ぶりの海外渡航で、出入国カードが不要など手続きにも変化が見られる。昨年来の米国サブプライム問題に端を発した世界同時不況でドル安が続いており、この日の為替レートは「買い」で1ドル=92.63円。ちなみにエジプト通貨はエジプト・ポンド。1$=5.5E£で、1E£=16.8円くらいのレートである。

                      
(左)久々の海外旅行、日本の出入国カードが不要に。写真はエジプトビザ。    (右)エジプト航空機 

 ほとんどが日本人客のエジプト航空MS963便は、関西国際空港を14時10分に離陸し、ルクソールまで14時間30分ほどの長いフライトである。イスラム圏の飛行機のため、機内でのアルコール・サービスはない。
 機材はかなり古いAB340。座席は少しガタついており、背袋は破れたまま、我々のスパンのモニターは故障していて映らず(映画も見られず)、おまけにCAが機内中央の収納戸扉を開けたとたん扉が外れて落ちるというハプニングまであり、無事にルクソールに着いてくれることをひたすら祈る次第である。

                      
(左)エジプト・アラブ共和国国旗                     (右)Coat_of_arms_of_Egypt(国章)

 通称エジプト。正式名称エジプト・アラブ共和国。人口は約8000万人、スエズ運河を擁し、地中海、紅海、リビア砂漠等に囲まれたアフリカ大陸の要の位置にある国である。

                    
(左)エジプト国内の主要な歴史遺跡(Wクリックで拡大)             (右)ヒエログリフ        

 飛行機は中央アジアの国々の上空を飛んで、21時50分に無事ルクソールに到着。963便はルクソール経由カイロ行きだが、ほとんどのツアー客がここで降りる。

 ホテルは、ルクソール市内のIBEROTEL LUXOR。早速シャワーを浴びるも、ありがちなことだが排水がうまく機能しない。メンテナンス要員がやってきて、何とか滞留する湯を流して、どうだ、これでと言わんばかりのジェスチャーだが、根本的な対策は何もしていない。まあ、いいか。今晩と明日の晩だけの宿泊だから。

  ←今日と明日の宿舎「イベロテル ルクソール」

 エジプト航空の機内誌に掲載されていた文化庁のザキ博士の記事によると、現時点で発掘されている古代エジプトの遺跡はおよそ30%。70%はまだ依然砂の下に埋もれたままのようである。今回の旅で30%の1割程度を体験することになるのだろうが、大いに楽しみである。
 

 さあ、明日からは5000年の時空を超えた世界が待っているのだ!